お嬢様は“いけないコト”がしたい
「靴屋さんも明日でいい・・・?」



とんかつ屋さんを幸治君と並んで出た後、お腹を擦りながら幸治君に聞いた。



「俺は全然大丈夫ですよ。
まさか羽鳥さんまでお代わりするとは思いませんでした。
羽鳥さんのお腹、ここから見てもヤバいですよ?
あ・・・妊娠しました?
お代わりもするし結婚もしてないのに妊娠もするし、お嬢様なのにめっちゃ“いけないコト”してるじゃないですか。」



「・・・これは妊娠じゃないから!
もう・・・っ」



とは言いながらも、妊婦さんのように私のお腹は膨らんでいて。
身体のラインが綺麗に出るはずのワンピースは、お腹が大きく膨らんでいるラインまで拾ってしまっている。



「お代わりまでしちゃった・・・。
お代わりのお金も本当に無料だったし、“いけないコト”をしちゃった。」



楽しそうに笑っている幸治君の横顔を見上げながら、私は幸治君にお礼を伝える。



「飲み物のお会計もとんかつのお会計も、ありがとう。」



でも・・・



「借金は大丈夫なの?」



お腹を擦り続けながら幸治君に聞くと、幸治君は苦笑いをしながら首を横に振った。



「ダメですね。」



「え・・・!?」



「マジでヤバい借金があって。」



「そうなの・・・?」



「でも、お金自体のヤバさではないのでお金については大丈夫です。」



「じゃあ何がヤバいの・・・?」



「煩くて面倒でヤバい人から借りた数十万で、俺はあの人から一生独占されることになりましたね。」



「職場のトップの人から借りたの?」



「借りたというか押し付けられたというか、言いくるめられたというか・・・。
利息なしで借りることになった数十万で、俺の人生は一生独占されることになりましたね。」



「それ、大丈夫なの・・・?
うちの顧問弁護士に相談する?」



「いや、大丈夫です。
煩くて面倒でヤバい人から借りたヤバい借金なんですけど、あんなに俺のことを好きでいられるとむしろ嬉しくもなってくるヤバい思考にもなりますね。
凄い人でもあるので、そんな人からあそこまで好かれる俺、結構凄い奴なんじゃないかって少しは自信がつきますね。」



一生独占されると言っている幸治君の横顔は確かに嬉しそうでもあって。
私が口を出していいことでもないのは分かった。



「その人、そんなに自信があって羨ましいな。」



「俺も。色々と“普通”の人ではないので、そんな風になったんでしょうね。」



「私とどっちが“普通”じゃない?」



「良い勝負ですけど、あの人の方が癖が強すぎますね。
まず、基本的に何も食べられないので。」



「何も食べられないって?」



「俺の料理と、昔からずっと好きだった女の子の料理しか食べられないんですよね。
その女の子は俺と中学の頃からの同級生で、9歳も年下のその女の子が高校生の時からあの人はどこをどう見ても大好きで。
本人は認めることなく他に彼女もいましたけどね。」



「それは凄いね・・・。
でも、9歳も年下の高校生の女の子を大好きとか、普通の大人だったら自分でも認められないんじゃない?」



さっき当時の気持ちに気付いた私が幸治君にそう言うと、幸治君はお腹を擦り続ける私のことを意地悪な顔で見下ろしてきた。



「羽鳥さんは認めまくってたじゃないですか、高校生だった俺のことを“大好き大好き”言ってましたし。」



「あれは・・・っ“中華料理屋 安部”のことが大好きっていう意味で・・・!!」



「はいはい、そうですね。」



「本当にそうだったんだよ!?」



「はいはい。」



大きく膨らんだお腹を擦りながら、楽しそうに笑っている幸治君の隣を歩き続ける。



幸治君と一緒に暮らす部屋へと向かって、歩き続ける。



胸もお腹もいっぱいだった。



はち切れるくらい、いっぱいだった。
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