お嬢様は“いけないコト”がしたい
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29歳 3月下旬



「羽鳥さんが増田に戻る3月末日まであと数日だね。」



永家財閥の本家の次女、永家不動産の秘書として働く翔子さんに誘われ、定時後にディナーに2人で来た。



「はい、あと数日です。
2ヶ月間でしたけどお世話になりました。」



「羽鳥さんについては特に何のお世話もしてなくてこっちも申し訳ないくらいだったけどね。
譲から増田財閥の若い人達を頼まれた時、厳しくするよう言われたけどさ。
羽鳥さん、お金の重みをちゃんと知ってたどころか凄く働く人でビックリしたよ。
このままうちに残っちゃう?」



翔子さんがナイフとフォークを置き、鋭い目で私のことを見てきた。
その目は譲さんに・・・譲社長によく似ている目をしている。
譲社長と小学生の頃からの友達だという翔子さん、いずれこの人が女性で初めて永家のトップに立つことも可能性としてはあり得ると改めて思う。



「ほとんど寝ることもせず不動産の勉強をして、ヒールの靴で何処までも速く翔ていけるくらいの人だからさ、羽鳥さん。
2ヶ月目の今月、売買営業部門で売上げ上位に食い込んできた人を、私は簡単に手放せないんだけど。」



怖いくらい鋭い目で見詰められるけれど、私は笑いながら伝えた。



「私は増田財閥の本家を支える分家の女です。
このまま増田に戻ります。
でも翔子さんからそう言っていただけたことは凄く嬉しい、ありがとうございます。」



「増田に羽鳥さんみたいな女がいるとは思わなかった。
譲からはそんな話一言も聞いたことないし。
まあ・・・譲は増田に興味がないどころか潰したいくらいに増田を恨んでたからね。」



「はい・・・なのに、増田を整え始めていて。」



「うん、そうだろうね。
元気の為に増田を整え始めた。」



「元気君の為に?」



去年の7月、元気君は日本に帰って来た。
永家不動産に出向になる直前まで私は人事部にいたけれど、元気君の雇用契約書は人事部では管理されていない。
なのに総務部にいる元気君の姿を思い浮かべながら翔子さんを見詰める。



「元気、偉くなりたいみたいでさ。
増田で偉くなりたいんだって。」



「そうなんですね・・・。
元気君が、偉く・・・。」



「出来損ないの次男だから、お兄ちゃん頑張ってるんじゃない?」



翔子さんが凄く楽しそうに笑っていて、それから懐かしそうな顔で笑いながらどこか遠くを眺めた。



「きょうだいの為に頑張りたくなる気持ちは私も分かる。」



その言葉を聞き、私は今日も・・・“今も”幸治君の姿が浮かんできた。
下のきょうだい達の為にコツコツと頑張り続けていた幸治君の姿が。
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