お嬢様は“いけないコト”がしたい
「翔子さん。」



今度は私がナイフとフォークを置き、翔子さんを見詰める。



「私、この2ヶ月めちゃくちゃ頑張りました。」



「うん、そうだよね?
めちゃくちゃ頑張ってたね。」



「私、どうしても翔子さんに買って欲しい物があって。」



「私に?何だろう。
羽鳥さんでも買えない物を私が買えるかな?
いくらだろう?」



「なるべく高く買って欲しくて。
出来る限り高く。」



そう言って、私は鞄からプリントアウトした書類を取り出し翔子さんに見せた。



「ここの土地建物、出来るだけ高く買ってくれませんか?
私はその為に、その為だけに、永家不動産という場所でヒールの靴で、一刻も速くと思いながら翔てきました。」



翔子さんの目が鋭く、でも輝き出しながら私のことを見詰めてくる。
私が持ち上げている資料ではなく私のことを。



「ワガママなお嬢様だね。
今まで静かに1人で動き回ってたのに、最後にそんなお願いをしてくるなんて。」



そう言って楽しそうに笑っている。



それに笑い返しながら私は首を横に振る。



「今はお嬢様ではありませんから。
私は今、永家不動産の羽鳥一美です。
増田の名前が一切通用しない世界、増田ホールディングスの社長の1人である譲社長が送り出した世界、私はただの“永家不動産の羽鳥一美”ですから。
だからあと数日はワガママでも何でも言っちゃいます。」



そう言って、翔子さんに資料を手渡した。



幸治君のお父さんが相続したという、“中華料理屋 安部”から歩いて数分の所にある古いアパート。
古すぎるアパートなので場所の割に賃料も安く、なのに維持する為の費用は大きく掛かるというアパート。



永家不動産に出向になりすぐに私がまとめ始めた資料、それを今、このタイミングで翔子さんに渡した。



「いいね、やっぱり増田に戻したくなくなっちゃう。」



翔子さんは残念そうな顔をしながら大きく笑い、その資料を見ることなく大きく頷いてくれた。



「めちゃくちゃ高く買ってあげる。
だから永家のことも忘れないで。
もしも今後何かあった時、いつでも永家に来て。」



翔子さんが怖いくらい真剣な顔で見詰めてくるので、私は頷いた。
増田に何があっても永家に行くことはないだろうけれど、翔子さんが必死に伝えてくれた言葉だということは分かるから、頷いた。



「翔子さん、ごめんなさい。
そして、ありがとうございます。」



この2ヶ月間、私が好き勝手に動くことを許してくれていた翔子さん。
私に永家不動産に残ることを誘ってくれた翔子さん。
幸治君のお父さんが所有している物件を“めちゃくちゃ高く買う”と言ってくれた翔子さん。



そんな翔子さんに、“ごめんなさい”と“ありがとうございます”を伝えた。



幸治君の姿を思い浮かべながら、伝えた。
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