お嬢様は“いけないコト”がしたい
久しぶりに見た幸治君の姿。
その姿を見て、吐き出しそうになる言葉がこの胸から一気に沸き出てきた。
でもそれら全てを飲み込み、私は扉の所から幸治君に笑い掛ける。



「美味しい醤油ラーメンを食べに来たんだけど、いいかな?」



「美味しいかは微妙なところですけど、値段の割には美味しいくらいの醤油ラーメンなら出せます!!」



「私にとってはここの醤油ラーメンは凄く美味しいから。」



「ありがとうございます。」



幸治君が昔たまに見せていた顔、少しだけ赤らめ照れたような顔で笑う。
その顔からなんでか目が離せなくて、なんでか胸がドキドキとしてきて。
こんなにもドキドキとしてきて・・・。



それを振り切るように“中華料理屋 安部”の中に足を踏み出した。



「醤油ラーメンを2つ。」



「2つ・・・?」



首を傾げた幸治君が、カウンター席に向かう私の後ろに視線を移した。
そして一瞬だけ固まり・・・



「いらっしゃいませ!!」



と、昔と変わらない声と笑顔で一夜さんにもそう言った。



「俺の父親が好きそうな店だな・・・。」



一夜さんは小さな声でそう言いながら店内を見渡していて、いつものカウンター席に座った私の隣に座った。



幸治君がいつも立っている場所の向かい側が私の定位置。



毎週末、私はこの場所で、幸治君が出してくれる醤油ラーメンを食べていた。



随分と長い時間を掛けて、1杯の醤油ラーメンを食べていた。



「醤油ラーメンがオススメなんだ?」



壁に貼られているメニューを眺めながら一夜さんが私に聞いてきて、そしたら・・・



「今時ラーメン1杯が650円って随分と安いな!!」



結構驚きながらそう言っていて、それには笑いながら頷いた。



「税込での値段ですからね?」



「羽鳥さんがこういうお店に来ていたのは意外です。
勉強で来ていたんですか?」



「勉強・・・もあるかもしれませんけど、醤油ラーメンも美味しいですし、それに・・・」



言葉を切った後、少しだけ悩んでから続けた。



「この場所で少し息抜きをさせて貰っていました。」



「お嬢様も大変ですからね。」



「流石は婚約者様、よくご存知で。」



「財閥のお嬢様にずっと片想いをしていたくらいなので、一般家庭出身の俺でもお嬢様の大変さは分かります。」



「一般家庭って・・・。
ご両親2人とも化粧品業界最大手の社長さんなので、一般家庭ではないですよ。」



「2人とも代表に成り上がっただけの家なので、一般家庭にも満たないような親2人ですけどね。
小さな商店街出身の2人なので。」



一夜さんと話しながら、途中から私は鞄を漁っていた。



「何か忘れ物ですか?」



「ハンカチが見当たらなくて・・・。
ナプキンがない所では膝の上にハンカチを広げているんですけど・・・。」



私がそう言い終わった瞬間・・・



「俺のでよければ使いますか?」



一夜さんがすぐにハンカチを差し出してくれた。
綺麗にアイロンがかけられたブランド物のハンカチを。
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