お嬢様は“いけないコト”がしたい
一夜さんのその言葉に私は思わず笑った。



「昔、常連さん達も同じことを言ってたよね?
“俺はラーメンには煩いんだ~”とか、“そんな俺が認めたラーメンだから間違いない”とかね?
男の人ってラーメンのことになると何で自信満々になるんだろうね?」



「そうですね、そんなことをよく言ってきていましたね。」



幸治君が昔のように静かに笑う。
当時高校生だった幸治君は、年齢の割には大人っぽい男の子だった。



それもそのはずで。



「俺は中学生の頃から、父にこの醤油ラーメンの修行をさせて貰っていました。」



「中学生の頃から・・・。」



私も知っているその話を一夜さんが繰り返すと、幸治君は真剣な顔で頷いた。



「両親はフランス料理の料理人でしたけど、母が再婚した父はフランス料理以上にラーメンに煩い人で。
“俺が作ったラーメンの方が絶対に旨い”という理由で、この店は中華料理屋になりました。」



「お父さん、本当はラーメン屋にしたかったんだけど、ラーメンがそこまで好きじゃないお母さんとの妥協案で中華料理屋になったんだよね?」



「そうですね。
開いた当時は結構人気もあって、家族仲はかなりめちゃくちゃでしたけど店の経営だけは好調で。
でも駅前が急に栄えだしてからは店の客がみるみる減っていって。」



「そんな時、お父さんの提案で醤油ラーメンを650円に設定した。」



「はい。・・・凄い覚えててくれていますね。
俺の中学時代、うちの家族のお金をどうにか稼いでくれていたのがその醤油ラーメンです。
フランス料理の料理人である父親が作った醤油ラーメン、それが俺達家族をどうにか生かしてくれていました。」



「中学生だった幸治君が新聞配達もしてたでしょ?」



「そうですね、それも貴重なお金でもありましたよ。
普通の人からしてみたら微々たる金額だと思いますけど。」



「それで醤油ラーメンの修行もして、凄く頑張ってたと思うよ?
ご両親から押し付けられるエゴではなくて、幸治君が自分で選んで自分が決めたことをご両親にしっかりと伝えて、それを納得して貰って、凄く頑張ってたと思う。」



「・・・なんですか今日、久しぶりだからですか?
やけに持ち上げてきますね。」



幸治君が困った顔で笑いながら一夜さんの方を見た。
私ではなく一夜さんの方を見た幸治君になんでか“苦しい”と思った。



そう思いながらも続ける。



「ご両親が子ども達の為にと、このお店を畳んでフランス料理のレストランに戻ることも視野に入れた時、中学2年生になる直前だった幸治君がこのお店を継ぐことを選んだ。
高校生になったら自分がこのお店を営み、ご両親だけではなく長男である自分も、下のきょうだい達が“普通”になれる為に必要なお金を稼ぐことに決めた。」



「はい・・・。」



「ご両親からは幸治君にも“普通”の子どもとして生活を送って欲しいと言われ、そんなエゴを押し付けられそうになったけど、幸治君はご両親としっかりと話し合って説得をした。」



「そうですね。
家族の仲だけではなく店まで上手くいかなくなり、下のきょうだい達の未来までめちゃくちゃにはさせないと強く思いました。
親のエゴで離婚し、親のエゴで再婚し、子ども達にそんなエゴを押し付けてきた結果、こんなにめちゃくちゃな全てになって。
“普通”以下どころか、めちゃくちゃになった全てになって。」



「うん。」



「めちゃくちゃになっていく全ての中、両親が苦労している姿も見ていましたからね。
再婚をしてこの店を開く時、ラーメン屋にするかどうかで揉めてもいましたけど楽しそうでもあった両親。
幸せな未来しか考えていなかった両親。
そんな2人が開いた店を俺はめちゃくちゃな中でなくしてしまいたくはないとも思いました。」



「ここの店舗、元々はお父さん方のおじいちゃんが営んでいた喫茶店だったしね。
ご両親が働いていたフランス料理のレストラン、そこで出会う前に2人は出会っていた。
この場所にあったおじいちゃんが営んでいた喫茶店、そこがご両親の出会いの場だったんだよね。
2人の原点であるこの場所に開いた中華料理屋、ご両親が幸せだけを詰め込んだつもりだった場所を、当時中学生だった幸治君が失いたくないとも思ったんだよね。」
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