お嬢様は“いけないコト”がしたい
私のその言葉に幸治君の瞳は揺れ始めた。



「そうですね・・・。
両親が初めて出会った場所は、ここでした。
父が喫茶店の手伝いをしていた時、たまたま母がその店に入ってきたらしいです。」



「その後にフランス料理のレストランで再会して、でもお互いに気持ちは伝えることなくそれぞれの相手と結婚をして。」



「そうですね・・・。」



「そして色々とありお互いに結婚した相手がいなくなった後、また再会をした。
フランス料理のお店ではあるけれど、当時とは違うレストランで。」



「はい・・・。」



「そんなに再会することなんてあるんだね、凄いよね?」



「普通はそんなこと起きませんよね。」



それには笑いながら頷いた。
そして静かに笑いながら、私のことを真剣な顔で見下ろしてくる幸治君のことを見詰める。



「幸治君がお父さんから教わった醤油ラーメンも、下のごきょうだい達の未来をしっかりと支えてきた。
たった2年弱だったけど、私もそれは見てきた。」



瞳を揺らしながらも真剣な顔で幸治君は私のことを見詰めてくる。



「常連さん達に何を言われても、エゴみたいなモノを押し付けられそうになっても、それでもこの場所から“中華料理屋 安部”を動かすことがなかったのは、ご両親の為でもある。
この場所に幸せを詰め込もうとしたご両親の為。」



幸治君が小さく何度も頷いているのを見て、私も静かに笑う。



「ご両親が出会ったこと、再会して再婚をしたこと、そして幸せな未来を想いながら開いた“中華料理屋 安部”。
それらをめちゃくちゃなモノにしなかったのも幸治君が頑張ったからだと思う。」



「それらまでめちゃくちゃになってしまったら、子ども達はもっとめちゃくちゃになります。
子ども達からしてみたら親達の利益の為でもあるエゴを押し付けられて家族になったので、子どもの心はもっとめちゃくちゃになる。
離婚や再婚でめちゃくちゃになっていた心をあれ以上めちゃくちゃにはさせたくありませんでした。」



「うん、頑張ったよね、幸治君。
たまたま1番上の子どもとして生まれていたから、みんなのことを想って凄く頑張ってたよね。
だから常連さん達はみんな、幸治君のことが大好きだった。」



「・・・そうですね。
常連さん達のお陰でどうにか稼いでいました。」



「うん、醤油ラーメンも勿論美味しいけど、それ以上に幸治君のことを心配している気持ちもあった。
だって、当時中学生だった幸治君がお父さんに厳しく怒られながらも、毎日厨房に立っていたって言ってたもん。
それで高校生になったら早朝の新聞配達を続けながらこのお店も継いで。
他の常連さん達には詳しいことは話してないみたいだったけど、常連さんだもん、みんな何かと察してはいたよ。」



「そうですよね、だからエゴみたいなやつを沢山押し付けようとしてくれました。」



「うん、そんな場面も何度も見てきた。
でも幸治君、エゴを押し付けられるのは大嫌いだからね?」



「そうですね。
まあ・・・常連さんのはエゴではないですけどね。
常連さん側に利益があるかは微妙な所でしたし、常連さんからしてみたら俺の方にそんな事情があるとは知らず、俺や俺の家族に精神的な損失を与える可能性があるとも思っていなかったと思いますし。」



「そうだね、エゴとも違うのかな。
じゃあ、ワガママかな?」



「ワガママですか?」



「みんな頑張っている幸治君に少しでも幸せになって貰いたいって、幸治君の為に自分が出来ることをしたいって、そういうワガママを押し付けていたのかな?」



「そうかもしれないですね。
エゴよりはワガママの方がしっくりきますね。」



「でも幸治君、常連さん達からのそういうワガママを1度も受け入れたことがないからね。」



「そうですね、みなさんこちらの事情を知らない状態でのワガママでしたので、どのワガママも俺にとっては違って。
でも・・・」



幸治君が急に楽しそうに笑い出した。



「ある常連さんのワガママだけは受け入れちゃいました。
あそこまでのワガママだと気持ち良すぎて。
俺の幸せなんて1ミリくらいしか考えていなくて、ほぼ全ては自分の為だけのワガママで。
そんなワガママには逆に面白すぎて頷いちゃいましたよ。」
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