お嬢様は“いけないコト”がしたい
20分後



「いえ、お代は本当に結構ですから。」



「あんな話まで知ったからには、支払いをしないなんていう選択肢俺にはないよね。」



「ここは私が払いますって!!
私に払わせてくださいって!!」



レジの所でお会計をどうするか、3人で長い時間揉めている。



そんなことをしていたら・・・



すぐそこの扉が開き鈴の音が響いた。



「・・・いらっしゃいませ!!」



幸治君が少しだけ慌てながらお客さんにそう言うと、一夜さんが腕時計を見下ろした。
一夜さんのその姿を見て私も腕時計を見下ろす。



来る前に聞いていた一夜さんの次のアポの時間、その時間が迫ってきていることにやっと気付く。



「一夜さん、お会計お願いしてもいいですか?」



「はい、勿論です。」



「幸治君、お会計一夜さんにお願いするから。
だから受け取って?
私にお金の重みを教えてくれたのは幸治君でしょ?
ラーメン2杯のお金、大切にして?」



「いや、でも俺・・・」



幸治君が何かを言おうとしたけれど、言葉を切った。



大きく揺れる瞳で私のことを見詰めている。



「何でもないです。
分かりました、お代頂きます。」



一夜さんの手からお金を受け取りお会計をしていく幸治君。



そんな幸治君の姿を最後によく見る。



これが最後だからよく見る。



“苦しい”と思いながら。



この胸から沸き出てくる“何か”を吐き出してしまいそうになりながら。



何度も何度も何度もその“何か”を飲み込む。



「安部さん、個人的に俺に連絡してよ。」



一夜さんが急にそんなことを言い出した。



「楽しく生きてみたくなったら、俺に個人的に連絡してよ。
好きな人に好きと伝えて楽しく生きたくなったら、俺に連絡して。
俺がどうにかするから。
そんな力が今の俺にはあるから。」



「いえ、結構です。
俺には“先生”がいるので。」



「先生?」



「先生が俺にはついているので。
好きな人に好きと伝えるどころか、何百万もするラーメンだろうがプレゼントだろうが買うことが出来る男にしてくれるそうです。」



「凄い先生だね、そんな発言をするなんて。
でも・・・騙されたりしていないかな?
大丈夫?」



「・・・微妙なところですけど、それでも俺は今楽しいです。」



幸治君が一夜さんに渡すお釣を眺めながら続ける。



「俺は今、ちゃんと楽しいです。
俺のことを好きになってくれた女の子のことを可哀想だなんて思わせないし、好きになった女の子には好きと伝えられるくらいの男にもなれてきてはいるので、俺は今ちゃんと楽しいです。」



幸治君が私のことを見ることなく、一夜さんにお釣りを渡しながら一夜さんのことだけを真っ直ぐと見た。



「俺の心配よりも自分の心配もした方がいいですよ。
婚約しているからといって何があるかなんて分かりませんからね。
結婚しても子どもが生まれてもそうです。
常にそういう危機感を持って生活をした方がいいですよ。」



「それは分かっているつもりだけどね。
俺の両親も離婚をして再婚までしているし。
同じ相手と結婚も離婚も再婚もして、子どもの自分からすると何をしているんだっていう気持ちだったけど。
離婚した後もマンションの隣同士で暮らして子育てをしていたくらいだったし。
でも、親には親の事情があるものだからね。」



「子どもの頃から出来た人間だったんですね。
少し前まで一般的な気持ちを持った子どもだった俺からすると、ちゃんと相談をして欲しかったとは思います。 親が勝手に選んで決めた答えを子ども達に押し付けるように理解させるのではなくて、子ども達の考えもちゃんと聞いたうえで親同士でよく話し合って欲しいなと。
それを俺は再婚することになった時に母親に伝えたので、この店は畳むことなく残されました。」



幸治君がそう言ってカウンター席がある方を眺めた。



「この店を畳みフランス料理のレストランに戻ることも考えている、それを視野に入れ始めていると両親が俺達に相談してくれました。
だからその時に俺はこの店を守れた。
だから俺は・・・」



幸治君がゆっくりと私のことを見た。



「下のきょうだい達の為に、下のきょうだいのことを想って生きていましたけど、ちゃんと楽しくもありました。
俺、ちゃんと楽しくもありましたから。」
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