お嬢様は“いけないコト”がしたい
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実際に吐き出したことにより身体は少し楽になってきた。
そしたら、幸治君がティッシュの箱を私に渡してきた。



それを見て、私は思い出す。
“中華料理屋 安部”のカウンターに置かれていたティッシュの箱を。



それを思い出しながら言葉を・・・気持ちを吐き出した。



「料理人は辞めちゃったんだね・・・。
もう“中華料理屋 安部”じゃなくなっちゃったんだね・・・。」



「辞めましたけど、俺は“中華料理屋 安部”の過去を持って今も生きています。
下のきょうだい達の為に、下のきょうだい達のことを想って生きてきた、“普通”以下の男だった過去を持って。」



幸治君が私の背中を優しく撫でながら続ける。



「あんなボロボロの中華屋の息子が女の子と仲良くなんて出来ませんから。
俺のことを好きになってくれた女の子が苦労するだけなので。
俺のことを好きになってくれた女の子が可哀想なだけなので。」



そんなことを言い出して・・・



「俺のことを好きになってくれた女の子が可哀想と言われないよう、俺は“中華料理屋 安部”を辞めました。
“普通”以下の男を辞めました。
あのままでは好きな人が店の扉を開けてくれるのを待っているだけの男でした。」



ティッシュで涙や鼻水、口元を拭いた後に幸治君に振り向いた。



「あのままでは好きな女の人にラーメン1杯ご馳走することもハンカチ1枚を渡すことも、駅まで送ることも出来ない男でした。」



幸治君がどこか懐かしそうな顔で私のことを見詰めてくる。
きっとグチャグチャになっているオバサンの私の顔を、見詰めてくる。



「いつか羽鳥さんがまた来てくれた時、それくらいは出来る男になりたかったです。
羽鳥さんに想いを伝えるとか、羽鳥さんとそういう“いけないコト”をするとか、そんなことまでは想像することも夢にも見ていなくて。
ただ、ラーメン1杯とハンカチ、駅まで送れるくらいの“普通”の男にはなりたかったです。」



それを聞き、私はまた涙が流れてきた。



「ごめんね・・・私、“あの時”・・・っ」



“最後”となるはずだったあの日の“あの時”のことを思い出し、私は幸治君に謝った。



ラーメン1杯もハンカチも駅まで送ることも幸治君にさせることをしなかった“あの時”のことを思い出しながら。



「全部須崎さんに持っていかれましたよね。」



幸治君が苦笑いをして、それから心配そうな顔になり私のことを見詰めた。



「こういうことを聞くのはアレですけど・・・須崎さんと何かがあったんですか?
俺のせいだったりしますかね・・・?
俺、まだガキだったので須崎さんにちょっとつっかかっていましたし。」
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