五人の竜神に愛されて~私が光の女神だなんて、聞いてない!?

9.裏切者?!

「失礼しました」
俺は先生から生徒会への推薦用紙をもらって、職員室を後にした。
うちの学校には生徒会への推薦制度というものがある。
できればそれを使って、神崎を生徒会に入れたいと思っている。
理由はいくつかあるけど、やっぱり、神崎と一緒にいるためには生徒会に入ってもらうのがいいと思ったからだ。
神崎が今の状況に慣れるまでは、生徒会に顔を出さないでいいと言われているけど、いつまでもそれに甘えるわけにはいかない。
生徒会をやめるのも考えたけど、神崎のためにも学校の敷地内に結界を張る必要があるし、その許可を得るためには生徒会にいた方が都合がいい。
それに、五竜が近くにいれば、光の女神を狙う裏切り者も手を出しづらくなるだろうし。
「やっぱり、神崎の危険を減らすためにも、早く契約した方が……」
そこまで考えたところで、俺は契約をするためにしなければならないことを思い出して、頬を掻いた。
体が熱くなっていくのを感じて、俺は少し照れくさくなっていたのだ。
「……神崎、他の五竜と契約の約束なんかしてないよな?」
喫茶店で軽い感じで琉火と契約するかもしれないと聞いた時は驚いた。気づかないうちに、神崎のことを取られていたのかと思った。
まぁ、別に神崎が俺の物って訳ではないんだけど。
それでも、他の五竜をけん制することを目的に、クラスメイトの前で手を繋いだりしたんだけど、少しやり過ぎたかもしれない。
まさか、クラスであんなに大事になるとは思わなかった。
学校に着くなり色々聞かれた時には驚いたけど、あれでクラスの男子たちもけん制できたと思えば、悪くはないか。
いや、付き合ってもいないのにそこまでするのは、さすがに独占欲高すぎるか?
というのも、琉火も陽月も神崎のことを名前呼びしていたことが、ずっと気になっているからだと思う。
……なんで俺よりも先に、あの二人が神崎のことを名前で呼んでんだよ。
俺はずっと挨拶しかできなかったのに、どんどん距離詰めてきやがって。
いや、俺がしっかりしてないからか。
もっと神崎に見てもらえるように、色々と頑張んないとだよな。
そんなことを考えていると、すぐに教室に着いてしまった。
頭の中を整理するには短過ぎた時間だけど、あんまり神崎を待たせるわけにもいかない。
そう思った俺は、頭の中の整理をここで一度中断することにした。
「神崎、お待た……神崎?」
しかし、教室の扉を開けてみると、そこには神崎の姿はなかった。
鞄もなければ、初めからそこにいなかったかのように、不自然に位置を整えられている机と椅子があるだけだった。
先に帰った?
いや、神崎が俺に何も言わずに先に帰ることなんてないはずだ。
「ん? シャーペン?」
神崎の席の近く、女子が使うにはシンプルなシャーペンが落ちていた。
確か、前に冬野から誕生日の時に貰ったって言っていたやつだ。
普段はふざけているけど、プレゼントとかはちゃんと選んでくれるんだって喜んでいて、俺にも見せてくれたシャーペン。
大切に使うんだと言っていたはずなのに、神崎がこれを落して帰るか?
「もしかし、攫われた?」
あってはならない最悪な事態。
それが頭をよぎった俺は、すぐに教室を飛び出した。

「ん? あ、あれ?」
「目が覚めたか、花音」
目を覚ますと、そこは知らない場所だった。
見たことのない神社の中にいた私は、上手く力が入らない状態で、赤司君の背中に体を預けておんぶされていた。
「赤司君?」
なんで赤司君におんぶされているんだろうと思ったところで、ふと教室での出来事を思い出した。
そうだ。確か、赤司君に何かをされて魔力酔いの状態にさせられたんだった。
あれ? 前に魔力酔いになったときよりも今の方が酷いかも。
前は青山君に肩を抱かれながらだけど、歩くことはできた。それなのに、今は上手く体を動かすことも難しい。
「あんまり暴れるなよ。無駄な抵抗はやめとけ。どうせ、今日はもう体動かないから」
そんなことを断言されてしまい、私は素直に体を動かすのをやめることにした。
多分、赤司君が言うのなら、本当に体は動けないんだと思う。
私は抵抗することを諦めて、大人しく辺りを見渡してみた。
その景色に見覚えは全くなくて、ここがどこなのかまるで分らない。
そんな場所に気を失わせてまで、私を連れてきた理由。それは深く考えることなく、すぐに分かってしまった。
青山君から聞いていた言葉の通りだとすれば、私がこの先どうなるのかも簡単に想像できた。
でも、その前に確認をしなくちゃいけない。
赤司君はそんなことをする人間じゃないって、心の中で強く否定する自分がいるから。
「……もしかして、赤司君なの? 光の女神様を殺した竜神さんって」
「俺じゃない。まぁ、今の状況じゃ勘違いするよな。安心してくれ、花音に手を出したりはしない」
背中越しで顔は見えないのに、その言葉は嘘を言っているようには思えなかった。
だから、余計に訳が分からなくなってしまった。
光の女神様と同じ目に遭わせないのに、私をよく分からない所に連れてきた理由。
それが全く分からない。
「それじゃあ、私はこれからどうなるの?」
「もう一つの世界に一緒に来てもらう」
「もう一つの世界?」
その言葉を聞いて、以前に赤司君と二人で話した内容を思い出した。
『もう一つの世界。人間界じゃない方の世界がどうなってるか、考えたことあるか?』
『どうなってるか、ってどういうこと?』
『絶対的な力を持つ者がいない。そんな状況になったもう一つの世界について』
あの時は、なんだか様子が違う赤司君の言葉に戸惑ってしまって、上手く答えられなかった。
確か、光の女神様が人間のためにって世界を二つに分けたんだっけ?
その時に分けられた人間界じゃない方の世界。
これから、私はその世界に行くっていうの?
「な、なんで突然?」
「このままだと、葵と契約して花音はこの世界に残るだろ?そうなると、あっちの世界は今よりも酷いことになる」
「今よりも?」
赤司君の言葉が気になって、私は反射的に赤司君の背中に問いかけてしまっていた。
その言い方じゃ、まるでーー
「……今も酷いの?」
「酷いぞ。絶対的なトップがいなくなった世界だ。常に覇権争いで、世界は悲惨だよ」
赤司君はただ事実を淡々と述べるみたいに、そんな言葉を口にした。
多分、結構感情を抑えて言っているんだと思う。だけど、そんな感情が少しだけ滲み出ていた。
「俺はあっちの世界に家族がいる。最低だって思われるかもしれないけど、俺にとってはこの世界よりも、あっちの世界を優先したいんだ」
初めて聞かされた赤司君の出生。
勝手にこっちの世界の人だと思ってたけど、そうだよね。
竜神っていうくらいだから、元々は魔力がある世界にいるよね。
私はただ静かに赤司君の背中で、赤司君の言葉を聞いていた。
「俺の代で、人間界に光の女神様の力を宿した子が産まれるかもしれない。その情報を頼りに、俺だけがこっちの世界に送られたんだ」
「そんなことがあったんだ。……あっちの世界に行くって、少し行くだけとか、じゃないんだよね?」
「……しばらくは、花音をこっちの世界には返すことはできない」
まぁ、そうなるよね。
赤司君の話の通りだと、その世界で絶対的なトップになるまで帰れないとかそんな感じなんだと思う。
そうなると、赤司君がトップになるまで、私はこの世界に帰ってこれないってこと?
「自分勝手なのはわかってる。でも、花音のことは俺が一生守るから。生涯かけて幸せにすることだけは約束する」
「……赤司君」
当然、急に別の世界に連れていかれて、しばらく帰ってこれないっていうのは困る。
でも、赤司君だってどうしようもなくなっているんだってことは痛いほど分かる。
赤司君と話したことは少ししかないけど、赤司君がいたずらに本当に自分勝手な理由だけで、人を巻き込んだりしない人だってことは理解している。
本当はしたくなくても、家族のためにしなければならない使命。
そんなことを言われてしまったら、私は自分がどうすればいいのか分からなくなってしまう。
本当は契約だって青山君としたいと思ってるし、まだまだこの世界でやる残したことだってある。
それでも、これだけ本気で困っている人がいるなら、私はーー
「その未来は神崎が決めることだろ? 琉火が勝手に決めていいことじゃない」
そんなふうに揺らぎそうになってしまった私の心を引き留める言葉。
その言葉の方に顔だけ向けて見ると、そこには息を切らしている青山君の姿があった。
「……葵」
「青山君?!」
学校からの距離も分からないし、ここがどこだか分からないから、助けに来ることはない。
そんなことをどこかで考えていただけあって、青山君の姿を見た私は幻覚でも見たんじゃないかってくらい驚いていた。
どうやって、ここが分かったんだろうって思ったところで、ふと青山君の言っていた言葉を思い出した。
『でも、普段はピンクの方着けておいてね。そっちにはちょっと細工がしてあるからさ』
もしかして、青山君が言っていたミサンガにしてある細工って……。
そのことについて深く考えようとして、私はその考えを中断させてしまった。
いつも誰に対しても優しい笑みを向けている青山君が、見たこともないような怒りを抑え込んでいるような表情をしていたから。
「琉火。あれだけ釘は刺しておいたよな? 神崎に手を出したら、どうなるのか言ったはずだ」
「花音。少し待っててくれ……すぐに終わらせる」
赤司君はそう言うと、私を近くの木の根元に下ろして、青山君の方に向かって行った。
最後にこちらにちらりと向けた表情と言葉から、この先に起こる事態が想像できてしまって、私は少しだけ体を前に倒して言葉を叫んでいた。
「終わらせるって、どういうこと? 赤司君?!」
でも、私の言葉は届かなくて、赤司君はそのまま青山君の方に歩いていってしまった。
まだ上手く動けない私を見た青山君は、目つきを鋭くして赤司君を睨みつけていた。
「琉火、神崎に何をした?」
「魔力酔いになってるだけだ。手荒な真似はしたくなんだよ、これから一生守る抜く存在だからな」
「守り抜く? どういうことだ?」
「説明しても仕方がないだろ。俺は俺の使命がある。葵、お前を倒してでもやらなければならないことだ」
赤司君のその言葉がきっかけで、二人の空気が一段とピリついたものになった。
肌で感じるくらいに変わった空気を前にして、私は一瞬喉が詰まったようになってしまった。
「倒すって言っても、琉火は『攻撃』、俺は『防御』。琉火の攻撃が俺に通ると思ってるのか?」
「それって、逆も言えるよな」
赤司君はそう言うと、手のひらを青山君の方に勢いよく向けた。
空気が一瞬歪んだような何かを感じた次の瞬間、赤司君の手の先から赤い大きな炎のような物が生じて、青山君に襲い掛かろうとした。
「青山君!!」
このままじゃ、青山君が炎に焼かれちゃう!
でも、青山君はその炎が向かってきているのに全く引こうとしないで、炎に向かって手のひらを向けていた。
一瞬、青山君の手のひらに青い炎が見えたと思った次の瞬間、一気に溢れ出てきた青い炎が盾みたいに広がって、赤い炎を受け止めた。
「琉火、おまえ……」
「葵が俺の魔法を防ぐことぐらいは分かってるよ。根競べだな」
赤司君は独り言みたいにそう言うと、青山君に向けていた赤い炎の火力を一気に上げた。
周りの木々を焼き尽くすんじゃないかって勢いなのに、不思議とその炎は木々を焼くことはなかった。
熱すぎる熱を持っているはずなのに、その炎はただ青山君を焼くためだけの物みたいで、他の物を燃やすという考えを持っていない炎みたいだった。
「赤司君! 青山君が怪我しちゃうよ!やめて!」
私がどれだけ叫んでも、私の声は赤司君の耳には届かなかった。
その代わりに、より一層大きくなった赤い炎が青山君を襲っていた。
そんなに遠くにいないはずなのに、二人との間に凄い距離ができてしまった気がして、私は一方的に突き放されたような距離が悔しかった。
……私だって、魔力を使えるように練習して、同じところにいるはずなのに。
「これじゃあ、らちが明かねぇな」
赤司君は呆れるみたいな声を漏らすと、青山君に向かって攻撃していた炎の勢いを緩めた。
そのまま勢いを落としていった赤司君の炎は、青山君の体に届くことなくかき消されていって、無傷な状態の青山君の姿が見えて、私は少しだけほっとした。
「悪いけど、本気でいかせてもらうぜ」
赤司君はそう言うと、自分の首元に手を入れて何かを引きちぎった。
その手に持っていたのはペンダントのような物で、それを見た青山君は目を見開いていた。
「琉火、まさか……」
「竜神だろ、俺たち。それなら、竜神らしく戦おうぜ」
赤司君が意味ありげな言葉を漏らした次の瞬間、赤司君の体が赤い炎に包まれた。その炎はどんどんと大きくなっていって、森全体を覆うほど大きくなっていってーー
「きゃっ!」
「っ! 神崎!!」
逃げなきゃと思っているのに体が動かなくて、私はその場に倒れてしまった。
そうだった、今の私は自由に動くこともできないんだ。
その真っ赤な炎が私に届きそうになって、私は怖くて目を強くつぶってしまった。
だめっ! このままじゃ焼かれちゃう!
そんな覚悟をしたのに、私の体は熱くなるよりも先に宙に浮いていた。
あれ? 体が熱くない?
なんか凄い速度で風を切っているような感覚があって、どこかに飛ばされているみたいだった。
そして、不意にその感覚もなくなった。
な、何が起きてるの?
突然変な感覚に襲われて怖かったけど、私は覚悟を決めて恐る恐る目を開けてみた。
すると、そこにはさっきまでいた神社を上から見ているような光景が広がっていた。
「え?」
すごい高い所から神社を見下ろしているという状況。
少し下を見てみると、その高さに驚きを隠せなくなっていた。
「ふ、吹き飛ばされてどこかに乗っちゃったのかな、私」
「神崎、大丈夫?」
「青山君……あれ?どこにいるの?」
青山君の声が聞こえた気がして、辺りをきょろきょろとみてみたけど、青山君の姿は見えなかった。
こんな上空にいるっていう状況で、どこから聞こえてくる声なんだろ?
「下だよ、下」
「下?あ、青山君?!」
青山君に言われるがまま、私は自分の足元に視線を落とした。
そこにあったのは青くて綺麗なふかふかとした毛並みと、鋭い二本の角。そのまま視線を下の方に向けていくと、そこには大きくて長い胴体が尻尾の方まで続いていた。
昔話とかに出てくるような、アニメの中でしか見たことがない空想の生き物。
綺麗な青竜の上に、私は乗っていた。
「青山君、なの?」
「神崎、驚かせたよな。急にこんな姿になって怖がったりーー」
「わ、私、重くないかな?!」
「神崎?」
青山君が竜になっていることに驚いたけど、綺麗な姿とか立ち振る舞いから、いつものかっこいい青山君とそんなに変わらない。
むしろ、今さらになって竜神さんが神秘的な存在だったんだって、再確認したくらい。
だから、今は青山君が竜の姿でいるよりも、今の状況の方が大変な気がする。
だって、今、青山君の上に乗っているってことだよね?!
「最近甘い物食べちゃって、その……」
「え? 今気にするところそこなの?」
「お、重かったら、ごめんね?」
「……ふふっ、神崎って面白いね。ていうか、全然重いなんて思いもしなかったよ」
青山君は私の返答を聞いて少しポカンとした後、そんなことを言って笑っていた。
重くないっていう返答は嬉しいけど、なんか笑われてる。
「わ、笑わなくてもいいじゃん」
「いや、笑うよ。突然竜の上に乗せられたのに、その反応はさすがに笑う」
青山君は笑い声を堪えるようにしながら、しばらく笑い続けていた。
そんなに面白いことを言った自覚がなかった私は、ただ恥ずかしくなって顔を熱くさせてしまっていた。
「おっと、神崎が無事でよかったんだけど、まだ気は抜けないんだよね」
青山君は咳ばらいを一つすると、顔を少しだけ斜めの方に向けた。
私も青山君に釣られるように視線をそっちに向けると、そこには真っ赤な色をした竜の姿があった。
今の青山君と変わらないくらいの大きさで、私達の方に睨みを利かせている赤竜。
その姿を見て、私はそれが誰なのかすぐに分かった。
「あれって、もしかして、赤司君?」
「うん。琉火のやつ、結構本気みたいだね」
今の赤司君は真っ赤な炎が口から微かに漏れでていて、すぐにでも攻撃してきそうな雰囲気があった。
「神崎、琉火との戦いすぐに終わらせるから待ってて。一旦、神崎を安全な所にーー」
「まって、青山君! 赤司君、別に自分のために私を巻き込んだんじゃないんだよ! 家族のためって言ってた! 違う世界を平和にしたいから、私と契約したいんだって」
「違う世界の平和?」
青山君は私の言葉を聞いて、少し考えた後、何か思い当たる節があったのか、小さく声を漏らしていた。
それから、もう少しだけ考えた後、青山君は短くため息を一つ吐いてから言葉を続けた。
「でも、神崎を危険にさらしていい理由にはならない」
青山君は声のトーンを落とした声で、少しの怒りの感情と共にそんな言葉を口にした。
多分、青山君は私のことをすごい大事に考えていてくれている。
だから、私のために、本当は傷つけたくなくても、赤司君の相手をしようとしているんだと思う。
でも、だからこそ、私にだって思うところがある。
「そうかもしれないけど、それでも、私は青山君にも赤司君にも傷ついて欲しくないよ」
「そうは言っても、琉火のやつ本気だぞ」
目の前にいる赤司君は、すぐにでも私たちに襲い掛かってきそうなくらい、こっちを強く睨んでいた。
今の状態の青山君と赤司君が戦いなんてしたら、多分二人ともただでは済まない。
傷つけないようにって青山が手加減をしたら、青山君が大変なことになっちゃう。
そんな未来をもしも変えられるとしたら、そんな力があるとしたら、それは多分私の中にある力だけだと思う。
「……青山君、私と契約してくれないかな?」
「え、か、神崎?」
「私を、私たちを守るために、私と契約して欲しい」
私には赤司君を止めるような術はないけど、私の魔力を青山君に使ってもらえば、もしかしたら未来を変えられるかもしれない。
それなら、やるしかないと思った。
「いや、竜神と契約なんかしたら、神崎の体がもたないだろ? それにーー」
「私も青山君を守りたい。守られるだけの関係は嫌だよ」
「神崎……」
まだ私は魔力の使い方に慣れてないから、青山君は心配してくれているんだと思う。
でも、ここでその力を使わなかったら、私は一生後悔すると思う。
そんな気持ちが私の背中を押して、私は竜になった青山君のおでこを撫でて、そっとキスをした。
驚いている青山君の顔を見つめながら、私は握りしめた手のひらを胸に置いて、熱くなった顔をそのままに言葉を続けた。
「青山君、私と契約してください」
「――承りました。光の女神様」
私の言葉と行動から、私の覚悟が伝わったのかもしれない。
青山君はそっと目を閉じると、そんな言葉を口にした。
そしてその瞬間、青山君の周囲に青い炎みたいなものが舞い上がった。そして、舞い上がった青い色の炎によって、周囲がきらきらと光り輝いた。
何が起きたのか分からないくらい一瞬のこと。
でも、それを見た赤司君は何が起きたのか分かったみたいで、見て分かるくらいに焦っている様子だった。
「葵っ、おまえっ!」
「悪いな。神崎にこれ以上無理はさせられないんだ」
青山君はそう言うと、口から唸るような青い炎を吐き出した。それが、赤司君の周囲を包み込んで一気に燃え上がった。
そして、その炎によって、赤司君は身動きが取れなくなってしまっていた。
「くそっ」
赤司君はやさぐれるように青い炎に向けて、真っ赤な炎を何度も何度もぶつけていた。
でも、その青い炎の壁を破ることはできなくて、赤司君はそれでも息を切らしながら、何度も何度も真っ赤な炎をぶつけていた。
青山君と私は、ただ赤司君が必死に青い炎をかき消そうとする様子を黙って見つめていた。
無理だと分かっていながら必死に立ち向かう姿は、赤司君が背負っている物の大きさを見せられているようで、私は少しだけ胸が苦しくなった。

「はぁ、もういいよ。殺してくれ、葵」
それから長時間真っ赤な炎を吐き続けた赤司君は魔力切れを起こして、人間の姿に戻って地面に倒れ込んでしまっていた。
人間の姿に戻った青山君におんぶしてもらって、赤司君の方に近づいていくと、赤司君は諦めたようにそんな言葉を口にした。
「あ、青山君、そんなことしちゃだめだからね!」
「……」
私の言葉に対して、青山君はただ静かに黙ってしまっていた。
後ろから顔を覗き込むと、その顔は何かの重圧と戦っているみたいで、頷かない青山君の反応が、私の言葉に対する返答をしているみたいだった。
「俺は他の五竜を出し抜いて、花音を危険な目に遭わせようとしたんだ。落とし前くらいつけさせてくれよ」
「琉火……」
赤司君の言葉を受けて、青山君は何か覚悟を決めたみたいに一歩二歩と赤司君に近づいていった。
このままじゃいけないと思った私は、二人が戦っている中で思いついたアイデアを口にしようとした。
でも、その前に赤司君からのお誘いをしっかりと断る方が先だよね。
「赤司君。私、ここじゃない世界には行けない。ごめんね」
「……謝るのはこっちだろ。悪かったな、花音」
本当に反省しているみたいな声色を前にして、私はさっき考えていたことを口にすることを決めた。
青山君と赤司君となら、多分私が想像する未来を実現できる気がしたから。
「でもね、赤司君に力を与えることはできるんじゃないかって思うの」
「神崎、それってどういうこと?」
「私が青山君と赤司君の両方と契約すれば、赤司君のいた世界も救えるんだよね?」
そう、赤司君は私を別の世界に連れて行くことが目的じゃない。
別の世界で絶対的なトップが欲しいから、私を連れて行こうとしたんだ。それなら、私が青山君くんとも、赤司君とも契約をすればいい。
青山君にはこっちの世界で、私に酷いことをしようとする存在から守ってもらって、赤司君には私の魔力を使って別の世界でトップになってもらう。
それなら、誰も傷つかないでみんな幸せになれる。
「神崎、それはさすがに……」
「二人の竜神と契約って、それは無理だろ」
魔力とか、今までの光の女神様のこととかを知っている二人は、私の言葉を聞いても納得をしていないみたいだった。
もしかしなくても、この選択は無帽過ぎるのかもしれない。
それでも、私は何も事情をしならないからこそ、私にしかできない選択があると思うし、みんなが幸せで終わる展開を本気で目指せるんだと思う。
「できるように頑張るよ、私。絶対に諦めない。それに、竜神さんの裏切り者は別にいるんでしょ? 『攻撃』と『防御』の両方の竜神さんと契約できたら、それって最強じゃない? 裏切り者なんかに絶対に負けないよ!」
多分、二人とも揺れていると思う。
本当はお互いに傷つけ合いたくないのに、互いの使命のために戦っているから。
青山君は私を守るという使命に、赤司君は家族のためという使命に縛られている。それなら、私の選んだ選択が一番良いってことを説得するしかない。
そのためには、まだ見えない未知の存在を共通の敵にするのがいいと思った。
「赤司君に酷いことをしたりはしない。だから、これから青山君と一緒に私を守ること。それで、今回の一件もチャラでどうかな? お返しは……私との契約ってことで」
私がそこまで言い切ると、赤司君は目をぱちくりとさせていた。
それから少しして、赤司君は自分の顔を隠すように手で覆いながら小さく震え出した。
「あ、赤司君?」
「くくっ、それ本気で言ってるのか、花音」
「ふふっ、神崎はそういう子だよね。竜神二人と契約……神崎、最近魔力の存在を知ったばっかなのに……」
二人は私の熱弁を聞いた後、小さく震えながら笑いを堪えるみたいにプルプルと震えていた。
「わ、笑わないでもいいでしょ」
私がそう言っても、二人はしばらくの間震えるみたいに笑っていて、私はしばらくの間ただ恥ずかしくなってしまった。
「……それで、どうかな?」
しばらく笑い合って、互いに余計な力が抜けたタイミングで尋ねると、赤司君は目元を手で拭ってから、がばっと上半身だけ立ち上がった。
「竜神だし、約束は守らないとな。もう約束しちゃもんな、一生守る抜くって」
赤司君は無理をしてそのまま体を起こすと、私たちの前で片膝を立てて頭を下げてきた。そして、心臓のあたりに握りこぶしを作ると、赤司君はそのまま言葉を続けた。
「赤竜、赤司琉火。この身に変えても、神崎花音を守ることを誓おう」
何かの儀式みたいにそのまま頭を下げてしばらく経った後、赤司君は顔を上げて無邪気な笑みを向けてきた。
「契約の件は、話半分に聞いておいてやるよ」
「わ、私は本気だからっ」
「はいよ。よろしく頼むぜ、女神様」
悪戯をする子供みたいな笑みを私に向けてきた赤司君の肩は、少し力が抜けたみたいだった。
そんな笑みを見ながら、私は青山君の背中にもう少しだけ体をくっ付けることにした。
「か、神崎?」
今日の私は結構頑張ったよね?
そんなことを考えて、少しだけ甘えるように、青山君に抱きついていた腕を少しだけ強くしてみた。
「ありがとうね、青山君」
赤司君に聞こえない様に、青山君の耳元で今回の一件に関するお礼を口にして、私はそのまま瞼を閉じたのだった。



「え、あれって、一時的な契約だったの?」
結局、あの後私は気を失ってしまったみたいだった。
青山君と契約をしたせいか、一気に体の中にあった魔力を使った反動か、私は結構無理をしていたみたいだ。
まぁ、竜神さんと契約をしたわけだし、そうなるのかなと思っていたんだけど、朝学校に行くときに家に迎えに来てくれた青山君に、衝撃の事実を突きつけられていた。
「本来の契約をできるほど、まだ神崎の魔力は安定してないしね。あれでも、結構無理した方だよ、本当に」
「仮契約で、あんなに魔力使うんだ」
未だに少し抜けきらない脱力感。
これが仮の状態ってことは、本当に契約したときはもっとこの脱力感って酷くなるのかな?
「それに、本当の契約だったら唇にキスしないと成立しないからね?」
「わ、分かってるよ」
青山君に言われて、私は慌てたみたいに視線を逸らしてしまった。
そうだよね。キスって言ったら、やっぱり唇だよね?
ちらりとバレない様に青山君の唇に視線を向けると、その視線に気づいたように青山君の唇が優しく緩んだ。
「竜神二人と契約することが大変だって分かったでしょ?」
「そ、それでも、私頑張るから」
少しだけ青山君にからかうような目で見られちゃったけど、今さら目標を変えるなんてことはしない。
そんなことを考えて青山君を見つめると、青山君は優しい笑みを返してくれた。
そうだよ、私は一人じゃない。
「だから、力貸してね。青山君」
「神崎のためならいくらでも貸すよ」
青山君に優しく見つめられて、私は胸の奥の方をどきっとさせてしまっていた。
いつか、この気持ちも伝えられたらいいな。
「神崎、今度は……俺からするからね」
青山君はそう言うと、私の頬を優しく撫でてきた。
そんな長い指に誘われるように、私は青山君に上を向かされた。
少しだけ近づいてきた青山君の顔を前に、私はその先の未来を想像してそっと目を閉じようとしてーー
「よっ、花音、葵」
すぐに目を開けた。
私の視線の先にいたのは、呆気からんとした表情をしている赤司君の姿だった。
見つめ合うような状態の私たちを見て、赤司君はきょとんと首を傾げる。
「二人とも、なにしてんだ?」
「な、なんでもないっ」
慌ててすぐ近くまで近づいていた青山君との距離を離して、私たちは何事もなかったみたいに振舞ってみせた。
明らかに挙動不審な私たちだったのに、赤司君は本当に私たちが何をしていたのか分かんないみたいに、首を傾げていた。
「ていうか、こんなところで琉火こそ何してんだ?」
「何って、これから学校行くんだろ?その護衛だけど」
「え?」
話を誤魔化そうとして聞いた青山君の問いに対して、赤司君は当たり前みたいにそんな返答をしてきた。
予想外の返答が返ってきて私が目をぱちくりとさせていると、赤司君は私の反応を見て笑みを浮かべていた。
「言っただろ?花音のことを守るって」
赤司君はそう言うと、私の隣に並んできた。
青山君と赤司君に挟まれての登校。
どうしよう。この二人と登校なんて、通学路に入り込んだら、すごい視線を集めちゃう気がするんだけど。
「守ることにおいては俺の方が得意だし、琉火は神崎に呼ばれた時だけでいんじゃないか?護衛は俺一人でできるし」
「はぁ?! 馬鹿いえ、俺はもう花音を守ることを決めたんだよ!」
私を挟んでやり取りをする二人は、遠くで見てた時よりもずっと年相応に見えて、私はその距離の近さに少し嬉しくなっていた。
でも、横目で青山君を見ると、青山君は少しだけむくれているように見えて。
あれ?少し青山君が不機嫌気味?
「『花音』……」
「青山君?」
「なぁ、神崎。俺も『花音』って呼んでもいいか?」
「え?」
足を止めた青山くんは、私のことを正面から見つめるとそんなことを言ってきた。
微かに恥じらうように赤くなった顔で、まっすぐに見つめられてしまって、私は顔が徐々に熱くさせられていくのが分かった。
青山君、もしかして、赤司君が私のこと名前で呼ぶの、ずっと気にしてたのかな?
そう思うと一気に色んな感情が溢れてきそうで、私はそれがバレない様に視線を少しだけ逸らした。
「う、うん。そう呼んでもらえると、嬉しいかも」
私の返答を聞いて嬉しそうに口元を緩めた青山君は、小さな咳ばらいを一つした後、照れるように私の顔を見てきた。
「そ、そっか、えっと、花のーー」
「花音のクラスは今日の一限目なに?」
「琉火……おまえ、わざとか」
「ん? 何がだ?」
青山君の声は、何事もなかったかのように割り込んできた赤司君の声によって、かき消されてしまった。
それに対して青山君は不満そうで、私はそんな青山君の反応を見て、少しだけ笑ってしまっていた。
青山君と赤司君がこうして私の隣を歩いてくれる未来。
そんな理想的な未来の一歩目を踏み出したような気がしたから。
ずっとこんな未来が続くように、続けるために私は頑張っていくことを誓った。
みんなが幸せな未来。そんな理想的な未来を目指すために。
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