五人の竜神に愛されて~私が光の女神だなんて、聞いてない!?

5.私を守ってくる青山君

「神崎、おはよう」
「青山君、おはよう。ありがとうね、家の前まで来てもらっちゃって」
「俺がそうしたいから、そうしてるんだよ。気にしないで」
私の中に光の女神様の魂が宿っているという衝撃の事実が発覚した翌朝。
青山君は私の家にまで、私を迎えに来てくれた。
青山君がインターホンを鳴らしたとき、出たのがお母さんだったから大変だった。
二人とも青山君をインターホン越しにべた褒めしたせいで、青山君に笑われてしまったのだ。
「面白いお父さんとお母さんだね」
「全然面白くないよ。本当に恥ずかしい……」
「神崎の知らない一面が見れて、俺は嬉しいけどなぁ」
「神崎家、ね。私は面白くもなんともない、ただの普通の女の子だもん」
青山君に少しだけいじられて、私は少しだけ頬を膨らませていた。
お父さんもお母さんも、私が青山君みたいな男の子と一緒にいるのに驚いて、あんなに過剰に反応しちゃったみたい。
まぁ、その気持ちも多少は分かってしまう。
今隣を歩いているのも、私なんかが隣を歩いていいのかって思って、なんか申し訳なくなってくる。
学校までの通学路。当然、そこにはこれから学校に向かう生徒たちが多くいて、青山君の存在に気づかないはずがなかった。
青山君を見た後、私の方に視線を向けて首を傾げている人が結構いる。
やっぱり、青山君の隣を私なんかが歩くなんてダメなのかもしれない。
「あの子なに?」
「なんで青山君の隣歩いてるの?」
私がしばらく青山君の隣を歩いていると、そんな声が聞こえてきた。
『パレット』のメンバーで、人気者の青山君の隣を私みたいなのが歩いていると、そんなことを言われるのも当然だよね。
そんなことを考えているけど、私はその言葉に気づかないフリをした。
そんな言葉を言われても仕方がないと思ったからだ。
でも、そんな私と反するように、不意に隣を歩いていた青山君がぴたりと足を止めた。
「青山君?」
「今何か言ったの、君?」
少し冷たくなった青山君の声。
青山君はさっき私のことを見て陰口を叩いていた女の子に視線を向けて、その子に話しかけていた。
「え、は、はい」
「なんで神崎が俺の隣歩いてるか、気になるの?」
背の高い青山君から少し圧を受けながら、詰められた女の子は目を泳がせていた。それでも、よほど言いたかったのか、その女の子は少し間を取ってから顔を上げた。
「はいっ。だって、青山君には、もっとキラキラしてる子とかの方がーー」
「俺が神崎と一緒にいたいの。これからも、ずっとね」
「え、それって……」
青山君はあえて声色をいつもの優しいものにして、その女の子にそんな言葉を突きつけていた。
青山君と私達が一緒にいることを気にしていた周りにいる人たちも、その言葉を聞いてざわっと少し騒ぎになってしまっていた。
青山君はそんな騒ぎを気にすることなく、私の元に戻ってくると優しい笑みを浮かべていた。
「いこっか、神崎」
いつも通り過ぎる顔は、特別に何かしたと思っていないみたいで、恥ずかしくなっているのは私だけみたいだった。
「あ、青山君。変な勘違いされちゃうよ?!」
「勘違いされるの、神崎は嫌?」
まるで、全て分かっていたみたいな優しい表情を向けられて、私は青山君の考えが少しだけ分かってしまった。
……勘違いされるって分かっていて、やってくれたんだ。
私が青山君の隣を歩くのを気にしてるって、どこかで気づいて。
「その聞き方はずるいよ……」
「遅刻するよ、神崎」
青山君はそう言うと、私の手を引いて歩き出した。
青山君に手を引かれる私を見て、騒ぎはまた少しだけ大きくなってしまった。
当然、今の状態でそんなことをしたらどうなるのか、青山君が分かっていないはずがない。
このままじゃ、私が本当に彼女だって思われちゃうよ?!
そんな私の考えは青山君に伝わっているのか分からないけど、恥ずかしがる私を見て、少しだけ青山君は嬉しそうだった気がした。

「手を繋いで登校したってことは、昨日から付き合ったの?」
「まず初めに事実確認でしょ、雪ちゃん」
私が登校して席に着くなり、私の膝の上に乗ってきた雪ちゃんは、いきなりそんな言葉を口にしてきた。
多分、青山君に手を引かれながら登校したことが原因だろう。
学校の人に見られて、その噂がすぐに広まったのかな?
「付き合ってないからね。そもそも、あれは手を繋いでいたとかじゃなくて、手を引かれただけだってば」
「雪~、違いがよく分んなぁい」
「雪ちゃん、考えるつもりないでしょ?」
私は小さい子みたいな言い方をしていた雪ちゃんの頬を少し突いて、ぐりぐりとしてやった。
「さすがに私じゃ不釣り合い過ぎるよ、雪ちゃんも分かってるでしょ?」
「青山君は満更じゃなさそうだよ? ほら、青山君見てごらんよ。みんなに質問攻めされてるけど、嫌な顔はしてないよ」
そう言われて、青山君の席の方に視線を向けると、青山君はクラスのみんなから質問攻めをされていた。
男女問わず人気物の青山君。
当然、クラス中の視線も一気に集まってしまう。
みんなに色々聞かれていい気がするわけがないはずなのに、雪ちゃんの言った通り、青山君がそんな嫌な顔をしているようには見えなかった。
困ってはいるみたいだけど、嫌な顔はしていない。
「……青山君は優しいからさ」
「なるほど。優しくはぐらかされれば、みんなは花音の方に来るわけだね」
「え?」
何のことだろうと思って小首を傾げていると、青山君の方にいたクラスメイトたちの顔が、一気に私の方に振り向いてきた。
そして、その勢いのまま私の席の方にやってきてーー
「ゆ、雪ちゃん!」
「ちょっ、私を盾代わりにしないでよ!」
私は雪ちゃんシールドを駆使しながら、私と青山君の関係について誤解が生まれないように説明した。
さすがに見かねて、青山君も私の席の方にやってきて、結局二人で誤解を解くハメになったんだけどね。
でも、結局誤解は解けなくて、私と青山君は秘密で付き合っているという認識になってしまった。
「どうやって、付き合ったの?!」
「他の『パレット』のメンバーとも仲いいの?!」
「色々教えてよぉ!」
そして、私はクラスの女の子たちから憧れの視線を向けられることになってしまった。
普通、一日でこんなに人生変わる?
そんなことを本気で考えるくらい、私には憧れの視線が向けられてしまっていた。

「はぁ……疲れた」
授業の合間の休み時間。
休み時間の度に青山君との関係とか、どうすればモテるようになるかとか色々と聞かれて、私は少しへとへとになっていた。
私は少し外の空気を吸いに、自販機が設置されている校舎の外で休むことにした。
校舎に何個か自動販売機が設置されているんだけど、私は少し遠くの自動販売機に向かうことにした。
遠い分、人も少ないし少し休めると思ったからだ。
しかし、そこに向かうと、そこにはすでに見知った顔がいた。
「あっ」
「ん? あ、花音ちゃん。こんにちは」
「こ、こんにちは」
私が向かった自販機の所に、『パレット』のメンバーの浅黄君がいた。
ぼーとした感じで、自販機に寄りかかりながらストローでいちごみるくを飲んでいた。
『俺以外の五竜のことは、あんまり信用しない方がいい』
青山君の言葉を思い出して、私は少しだけ警戒してしまった。
どうしよう。
これって、逃げたりした方がいいのかな?
でも、ここで変に距離を取るのも、浅黄君を疑ってるって思われちゃう?
「あれ? ジュース買いに来たんじゃないの?」
「う、うん。そうなんだ」
さすがに、ここで逃げ出すのは浅黄君にも失礼だよね。
私がそう言うと、浅黄君は寄りかかっていた自動販売機から少し離れて、私がジュースを買う様子を見つめていた。
な、なんだろう?
視線を感じながらコーヒー牛乳を買うと、浅黄君が小さく声を漏らした。
「へー、花音ちゃんはコーヒー牛乳派か」
「え?」
少しだけ緊張していたこともあって、思いもしなかった言葉を言われて、私は少しだけ間の抜けたような声を出してしまっていた。
「この自販機のいちごみるく、おいしいから今度飲んでみてよ。あっ、それともこれ一口飲む?」
浅黄君はそう言うと、自分が飲んでいるいちごみるくをこちらに渡そうとしてきた。
一瞬、その味が気になってしまったけど、これ受け取ったら間接キスってことになるよね?!
「いや、私はいいよ!」
「そっかそっか。花音ちゃん、葵君の彼女だもんね。僕の飲みかけは飲めないよね」
浅黄君は小さく笑みを浮かべながら、そんなことを言ってきた。
浅黄君は私達が一緒に登下校することを知っているはずなので、からかっているのだろう。
「か、彼女じゃないってば! 付き合ってないし、私達」
「僕のクラスでも、結構その話でもちきりだよ?」
「ほ、他のクラスでもそういう感じなんだ」
『パレット』のメンバーに彼女ができた。
そんな噂が立てば、学年関係なく噂が広まるんじゃないかと思ってはいたけど、本当に結構噂になっているみたい。
うぅ、変に注目されなければいいけど。
「うん。『青山君に可愛い彼女ができた!』ってね。『可愛い彼女』って、花音ちゃんのことでしょ?」
「可愛くはないけど……うん、多分その噂は私、かな?」
なんか手を引かれていたところもがっつり見られていたみたいだし、青山君もそんな目を向けてくる女の子達を煽ってたから、こうなるのも仕方がないのかもしれない。
でも、まだ私の名前は上がってないみたいだ。
そこはまだ良かったのかもしれない。
「可愛い彼女って言われて、僕は真っ先に花音ちゃんのことって思ったけど?」
「か、からかわないでよ」
「からかっているつもりなんてないんだけどなぁ」
きょとんと当たり前のことを言うみたいにそんなことを言われて、私は恥ずかしくなって顔を熱くさせてしまっていた。
青山君も浅黄君も、女の子にさらっと可愛いって言うんだもん。からかってなかったら、絶対におかしい。
ジュースを買ったし、そのまま離れようとも思ったんだけど、不思議ともう少しだけ話すのもいいかなって思って、私は自動販売機に背中を預けるようにして寄り掛かった。
「クラスで質問攻めにでもあった?」
「うん。青山君人気者だからね」
「なるほどねぇ。それで、人を避けてここに来たわけだ」
浅黄君は少し考える素振りをすると、見事に私がここに来た理由を言い当てた。
ただジュースを飲みたいだけなら、もっと校舎に近い自動販売機に行けばいいし、ここまで来る必要はない。
でも、それは浅黄君も同じはずだよね?
「浅黄君はどうして、ここに?」
「陽月でいいよ。僕もたまには静かな所を求めてね」
少しだけ遠くを見るような浅黄君の反応を受けて、私は目をぱちくりとさせてしまっていた。
陽月君は人懐っこいイメージがあったから、静かな所を求めるという言葉があんまりしっくりこなかったから。
「意外だった?」
「うん、少し意外かも」
「でしょ? よく言われるんだ」
陽月君は少しだけ肩の力を抜いたような笑みを浮かべた後、静かにいちごみるくを飲んでいた。
私もそれに倣うように、隣でコーヒー牛乳を飲んで少しだけ静かに過ごすことにした。
「陽月君は私に契約がどうこうって、言わないんだね」
それでも、無言の間が少しだけ気になって、私はそんなことを聞いていた。
「うーん、まぁ、僕はそこまで契約にこだわりはないんだよねぇ」
昨日赤司君にいきなりお願いされた契約について。
何か竜神さんにとって大事なことなんだと思うけど、結局それがなんのかまだ分かってなかった。
多分、青山君はいきなり色々話したら、私がパンクしちゃうって気を遣ってくれているんだと思う。
……せっかく浅黄君と話しているんだし、少しだけ聞いてみようかな。
「契約って、するとどうなるの?」
「あれ? 葵君から聞いてないの?」
「うん。昨日一気に聞かされて疲れちゃってるから、気を遣ってくれたんだと思う」
「なるほど、葵君らしいかな」
陽月君は少し考える素振りをした後、いちごみるくを一口飲んでから、ゆっくりと口を開いた。
「分かりやすく言うと、花音ちゃんの中にある魔力を共有できるって感じかな。莫大な魔力があるから、契約された竜神は花音ちゃんの魔力の半分を好きにできるって感じ」
「膨大な魔力? そんなに私の中に魔力があるの?」
「うん。僕たちと比べ物にならないくらいね」
「……そんなにあるんだ。えっと、赤司君はその魔力が欲しいから、あんなに契約して欲しがってるの?」
「そうだね。光の女神様の魔力があれば、他の五竜の中で飛びぬけた力を持つことになるから」
そう言われて、ようやく赤司君があんなに食いついてきた理由が分かった。
あれ? 確かに、五人の中で一番強くなるのは分かったけど、なんでそこまでして強くなりたいんだろ?
五人の中で一番強くなると、何かあるのかな?
「僕はこのまま今の生活が送れれば、それでいいと思うんだけどね」
陽月君は少し遠くを見ながら、手元にあったいちごミルクを飲みながらそんなことを言っていた。
陽月君は、五人の中で一番強くなりたいわけじゃないんだ。
ていうことは、五竜みんなが特別力を求めているって訳でもないのかな?
そんなことを考えて陽月君の横顔を見ていると、私の視線に気づいた陽月君が私を見て小さく笑った。
「でも、僕と契約してくれたら、何かあった時に誰よりも早く花音ちゃんを守ってあげることもできるからさ、迷ってるなら僕と契約するのもいいかもよ?」
「うん。でも、正直まだよく分らないかも」
「まぁ、特に急ぐことでもないでしょ。花音ちゃんもまだ契約できないみたいだし」
陽月君はそう言うと、飲み終えたいちごミルクの紙パックをゴミ箱に捨てて、私に小さく手を振った。
「じゃあね、また今度ゆっくりお話ししようよ、花音ちゃん」
そんな言葉を残して去った陽月君が最後に見せた笑顔は、普段よく見るいつもの笑顔だったような気がした。
静かな場所を求めてここに来た陽月君。
もしかして、何か考え事でもしたかったのかな?
そんなことを考えながら、私は残っていたコーヒー牛乳をストローで啜っていた。

「神崎」
「青山君?」
私がジュースを飲み終えて教室に帰ると、少し慌てた感じの青山君が私の所にやってきた。
なんだろと首を傾げていると、青山君は私の姿を見て胸をなでおろす。
「何かあったのかと思ったけど、なんともなかったみたいだね」
「うん。少し飲み物を買いに行ってただけだよ」
「そっか、それならよかった」
青山君の頬には、なにか薄っすらと汗のような物を感じた。
もしかして、結構心配かけてしまったのだろうか?
青山君は、そんなことを考えている私の耳元に顔を近づけると、そっと周りに聞こえないくらいの声量で言葉を口にした。
「あやかし、学校に出ることもあるから気をつけてね」
「そ、そうなんだ。ごめん、もう少し気をつけるようにするね」
「できるだけ、俺と離れないで欲しいかな」
「う、うん」
至近距離で青山君に見つめられながら、優しい笑顔を向けられてしまって、私はバレないようにどきどきとしてしまっていた。
守るとか、離れないでとか本当の騎士みたい。
胸の奥の方をぽわっとさせながら、青山君を見つめていると、青山君は私を見て小首を傾げていた。
「神崎?」
次の瞬間、急に真剣な顔になった青山君に腕を引かれて、私はそのまま青山君の胸の中に押し付けられてしまった。
「わっ」
「とっ、大丈夫か。神崎?」
あれ? 今ってもしかして、青山君に抱き寄せられてる?
な、何が起きてるの?!
突然の事態にあわあわとしていると、私の隣を男の子がすごい勢いで走り去っていった。
もしかして、私が男子とぶつかりそうになったのを助けてくれたの?
「おい。ちゃんと神崎に謝りなよ」
青山君はそのまま教室の中を走っている男子を呼び止めて、少しだけ怒ったような声でその男の子を注意した。
普段優しい青山君がそんな声を出すとは思わなかったんだろう。走っていた男子はすぐに私の元に来るなり、手を合わせて深くお辞儀をした。
「ごめん! 大丈夫だったか?」
「うん、大丈夫。青山君が助けてくれたから」
クラス中の視線が私たちの方に集まっていたから、多分青山君が怒ったのが怖かったのかなと思ったけど、なんだかそれだけじゃない気がしてきた。
何だろうと考えるまでもなく、それはすぐに分かってしまって、私は一気に顔を熱くさせてしまった。
「青山君、その、みんな見てるよ?」
「ん、そうだね」
「その、抱き合ってるみたいに見られちゃうから……」
「え? あっ、ごめん」
青山君もようやくなんで視線を向けられているのか分かったみたいで、慌てて私を引き寄せていた手を放してくれた。
教室で青山君の胸に押し付けられてしまって、多分結構な誤解を生んでしまったと思う。
私と青山君の関係って、そんな感じじゃないのに……。
「あれ? 黄色の髪?」
私がどうやって誤解を解こうかと思っていると、青山君が私の服の裾に付いていた髪をそっと掴んだ。
そこにあったのは黄色の髪の毛。
「あっ、さっき陽月君に会って少し話してたんだ」
「『陽月君』? 神崎……陽月と何かあった?」
「何か? ちょっと、契約について聞いただけだよ?」
「そっか。まだ神崎に説明してなかったもんな」
青山君は少しだけ真剣に私の目をじっと見た後、小さく息を吐いてそんな言葉を口にした。
それからまた少しだけ真剣な表情になって、少しだけ声のトーンを落として言葉を続けた。
「それなら良いけど。俺の言葉忘れてないよね?」
「うん。あんまり過度に避けるのもあれかなって思って」
「そっか。……それならいいんだ」
青山君は小さく頷いた後、私の頭にぽんと優しく触れてから自分の席に戻っていった。
突然頭に触れられて、私はまた胸をどきどきとさせられてしまった。
そして、教室でそんなことをしていて、当然それが他の生徒たちにバレないはずがなくて、次の休み時間にまた私は質問攻めにあってしまうのだった。

午後の体育の時間。
校庭での男女合同のサッカーの授業中、他のチームが試合をしている所を私達は見ていた。
私が立って試合を見ていると、私のすぐ前にやってきた雪ちゃんは、私の腕を自分のお腹に持っていって、その位置で一息ついていた。
「それで、花音は青山君とどこまで進んでるの?」
「だから、進むも何も付き合ってないんだってば」
雪ちゃんが言っているのは、休み時間に青山君が私のことを助けてくれたことについて。
青山君が男の子と衝突しそうになっていた私を助けてくれたんだけど、傍から見たらハグしてるように見えてしまったらしい。
雪ちゃんは勝手に付き合ってるって勘違いしてるみたい。
「なんか甘い雰囲気漂ってたよ」
「そ、そんなの漂ってないよ」
どうやら、私を助けてくれた後の、少しのぎこちなさが誤解をさらに大きくしてしまったみたいだった。
「青山君があんなに女の子と接近してるのも初めて見たよ」
「それは……確かに、そうかも」
青山君は女子から人気が凄いあるから、女の子から青山君に接近するっているのはよくある。
けど、青山君から女の子に接近しているのは見たことがないかも。
「『パレット』のメンバーって、今までみんな彼女いなかったのにね」
「確かに、告白する人は多いって聞くけど、彼女がいるっていう噂は聞いたことないかも」
『パレット』の人気は凄くて、女の子の間では誰推しかという話をすることも結構ある。
そもそも、『パレット』が好きなこと自体は前提として会話が成り立つくらい、人気があるのだ。
「ん? 『今まで』? もしかして、誰か『パレット』のメンバーで彼女作ができた人がいるの?」
「……あのねー、青山君っていう子がねー、入学当初から気になってた可愛い女の子を彼女にしたって話題でーー花音、くるしいくるしいっ」
「だから、彼女じゃないってば」
私は雪ちゃんに抱きつかされていた手をきゅっと絞って、少しだけ雪ちゃんに仕返しをしてみた。
なんか話し方がおかしなと思っていたら、すぐふざけるんだから。
私は青山君が華麗なドリブルでサッカー部の男の子を置き去りにして、シュートを決めたのを見てから、そっと雪ちゃんから離れた。
今日も青山君は体育でも大活躍みたいだ。
「花音? どこ行くの?」
「ちょっと、水飲んでくる」
「すぐに帰ってきてよ? こう、お腹の上に花音の手がないと違和感が……」
「自分の手でも置いといてくださいー」
私はそう言うと、近くにある水飲み場まで向かうことにした。
学校内でもあやかしが出るって言っていたけど、少し水を飲むだけなら大丈夫だよね?
それでも、私は少しだけ急ぐように水飲み場に向かうことにした。
「あれ? 猫?」
水飲み場に向かう途中、私はこちらに背中を見せて、可愛い鳴き声をしている黒猫を見つけた。
外から入ってきちゃったのかな?
何をしてるんだろうと思って近づいてみると、不意にその猫がこちらに振り返った。
そこで、ようやく私は自分の行動が迂闊だったことに気がついた。
その猫の顔には、大きな目が一つあるだけで、他の顔のパーツが何もなかった。
一つ目小僧の猫バージョン。
「キシャアア!!」
「う、うそ?! あやかし?!」
そして、その性格は想像よりもすごく荒っぽかった。
私が距離を取ろうとするよりも早く、一気に距離を詰めてきた猫のあやかしはそのまま私に勢いよく襲い掛かってきた。
その猫の前足の鋭い爪が私を引掻こうとして伸びてきて、私の腕を引き裂くよりも先にーーその猫のあやかしは青い炎に包まれた。
「キシャアア!!」
「ふぅ……間に合ってよかった」
その猫のあやかしはそのまま一気に青い炎に包まれて、少しバタバタとした後にそのまま姿を消してしまった。
そして、青い炎もあやかしがいなくなったのに合わせるように消えていった。
「あ、青山君」
「神崎、あんまり俺から離れないでってーー」
「青山君!」
私は一気に押し寄せてきた不安とか恐怖の感情をどうしようもできなくなって、青山君に抱きついてしまっていた。
あれだけ色々注意してくれていたのに、猫だと思って自分からあやかしに近づくなんて、私は馬鹿だ。
そんな反省もあって、私が何も言えなくなっていると、青山君は優しく私の頭を撫でてくれていた。
「神崎、ごめん。怖かったよな」
ただ私を慰めるように、優しくしてくれる青山君を前にして、私は涙が零れそうになってしまった。
今の顔を見られないように、青山君の胸に顔を埋めていると、不思議と少しだけ安心するような気持になっていった。
「あ、あれ?」
「神崎?」
「ごめん、緊張から解放されたら、少しだけふらついちゃった」
急に気が抜けちゃって、私は少しだけ脚に力が入らなくなってしまった。青山君の体に掴まらせてもらって、少しだけ気持ちを落ち着かせると、徐々に足に力が戻ってきた。
「保健室行こうか、神崎」
「ううん。大丈夫。そんな大したことないよ」
「ダメだよ。貧血かもしれないし、少しだけ寝かせてもらおうよ」
青山君はそう言うと、私の肩を抱くようにしながら、保健室まで私を連れて行ってくれようとした。
確かに、少しだけ休んだ方が楽になるかもしれない。
そんなことを考えながらも、青山君との距離がすごく近くなっていることに今さらになって気がついた。
「あ、青山君。私今汗かいてるから」
「ん? そりゃあ、体育中だったしね」
「だから、その、少し汗臭くないか心配で」
「ふふっ」
少し前まで体育で私達のチームは試合をしていた。
ボールが飛んできたこともあって、いつもよりも激しく動いてしまって汗をかいた自覚があったので、私は少しだけ青山君から距離を取ろうとした。
しかし、青山君は私の言葉を聞いて小さく笑った後、私が作った距離を意図的に詰めてきた。
肩をさっきよりも強く抱かれてしまい、私はもっと近くなってしまった距離にどきどきとしてしまう。
「青山君?」
「大丈夫だよ、神崎いい匂いしかしないから」
「い、いい匂いって」
……絶対にそんなことあるわけない。
そんなことは分かりきっているのに、本気で言っているみたいな顔を向けられてしまって、私はどうすることもできなくなってしまった。
それに、また距離を取ろうとすると、もっと距離を詰められてしまう気がして、私はいよいよ何もできなくなってしまっていた。
どうしよう、なんか凄く恥ずかしい。
そんなことを考えながら、少しだけ鼻をすんすんと動かしてみると、何か柑橘系みたいな香りがしてきた。
その匂いの元を探ろうとしていると、不意に青山君と目が合ってしまった。
あぁ、この匂いは青山君の匂いなんだ。
「青山君、いい匂いするね」
「っ」
青山君が私に言ったみたいに言ってみると、青山君は私から顔を背けてしまった。
なんだか青山君の耳が赤いような気がして、顔を覗き込んでみると青山君の顔が微かに赤くなっていた。
「青山君?」
「……そんな直視されながら言われると、少し照れる」
私にいい匂いがすると言われただけで、青山君が顔を赤くするくらい照れてる?
なんだか可愛く思えてきて、その顔をしばらく覗いていると、青山君は誤魔化すようにしばらく黙り込んでしまった。
そんな姿にまた少しきゅんとなって、私は青山君の隣を歩いて保健室まで一緒に向かったのだった。
< 6 / 11 >

この作品をシェア

pagetop