五人の竜神に愛されて~私が光の女神だなんて、聞いてない!?

6.五龍の考え

『じゃあ、保険の先生呼んでくるから』
保健室につくと、そこには保険の先生がいなかった。
青山君は私を保健室のベッドまで運ぶと、私を保健室に残して職員室に向かって行った。
すっかり落ち着いてはいるんだけど、ゆっくりさせてもらえるのなら少しだけ休んでから教室に戻ってもいいかもしれない。
そんなことを思いながら青山君の帰りを待っていると、すぐに保健室のドアが開かれた。
そこに立っていたのは、保健室の先生でもなくて、青山君でもなくてーー
「神崎か。昨日ぶりだな」
「緑川先輩?」
制服姿の緑川先輩が立っていた。
私をじっと見ている緑川先輩を前にして、私は青山君の言葉を思いだした。
『俺以外の五竜のことは、あんまり信用しない方がいい』
なんでここに緑川先輩が?
少しだけ警戒して緑川先輩を見ていたんだけど、ふとここがどこだったのかを思い出した。
「もしかして、緑川先輩も体調不良ですか?」
ここが何もないような空き教室なら警戒した方がいいだろうけど、ここは保健室。
保健室に来たってことは、多分理由は私と同じはず。
そんな確信があってそう言うと、緑川先輩は小さくため息を吐いた後に言葉を続けた。
「授業中に外を見たら、神崎が青山に運ばれていたから、心配で様子を見に来たんだ」
「え? 私ですか?でも、なんで?」
「俺も五竜だから神崎の体調は気になる。青山君から俺たちのことを少しは聞いているだろ?」
「あ、なるほど」
そう言われて、青山君が五竜は光の女神の護衛をしてくれるって言っていたことを思い出した。
「体調不良くらいなら、俺が直してやってもいいんだが……見たところ、『魔力酔い』か」
「『魔力酔い』?」
私は初めて聞く単語を前に小首を傾げていた。
車酔いとか船酔いは聞いたことあるけど、魔力酔いなんて言葉聞いたことがない。
「魔力に当てられて、体の中にある魔力が活性化状態になってるな」
「そんな状態なんですか?でも、何で見ただけで分かったんです?」
「俺は『回復』に特化した竜神だ。そのくらいはすぐに分かる」
緑川先輩は当たり前のこと言うみたいに、そう言った。
そういえば、昨日自己紹介されたときに、緑川先輩は回復が得意って言っていたっけ?
「魔力で干渉する俺の術では治せんな」
「ど、どうすれば治るんですか?」
「乗り物酔いと同じだ。時間が経てば治るさ」
「あ、そうなんですね」
淡々と話すよう口調で言われて、自分が何も知らないことを再確認させられてしまった。
緑川先輩は近くにあった椅子に腰かけると、時計をちらりと確認していた。
もしかしたら、青山君が来るまで私のことを守ってくれるのかなと思うと同時に、今の自分が少しだけ情けなくなってくる。
「なんだか、申しわけないです。私、青山君にずっと迷惑かけっぱなし」
あやかしに気をつけてって言われたのに、自分からあやかしに遭遇してしまうし、なんだか色々とツイてないかも。
「それだけの魔力が活性化状態になれば、誰でもそうなる。それに、環境が急に変われば、上手くいかないものだ。気にすることはない」
「……」
「まぁ、今後の対応策は考える必要があるけどな……ん? なんだ?」
もっと何か言われるのかと思ったんだけど、もしかしてフォローしてくれてる?
私は思いもしなかった言葉をもらって、目をぱちくりとさせていた。
「もしかして、慰めてくれてます?」
「もしかしなくても、そのつもりだが。なんだ?」
「……いえ、緑川先輩って優しいんだなって」
「五竜の一人として、当然のことだ。特別優しいわけではない」
緑川先輩はそう言うと、少しだけ恥ずかしそうに私から視線を外してしまった。
青山君は他の五竜に気をつけてくれて言っていたけど、陽月君も緑川先輩もいい人なんじゃないかな?
そんなことを思って、私は少しだけ笑みを零してしまっていた。
緑川先輩はそんな私に釣られるように笑みを漏らした後、短く息を吐いてから言葉を続けた。
「……神崎、光の女神の力を手放したいとは思わないか?」
「力を手放す?」
そんなことができるの?
そう思って緑川先輩の方を見つめると、緑川先輩は真剣な目で私を見つめていた。
初めて聞くその可能性を前に、私はどう反応したらよいのか分からずにいた。
「あれ? 緑川先輩?」
私が言葉に困っていると、保健室の扉が開けられた。
そこには青山君と保険の先生の姿があった。
青山君は緑川先輩がいることに驚いているみたいで、目をぱちくりとさせていた。
「来たか、青山」
緑川先輩は青山君と先生を確認した後、椅子から立ち上がって保健室を後にしようとして、少しだけ私の方に振り返った。
「それじゃあ、また今度な神崎」
「はい、ありがとうございました」
私はさっきの緑川先輩の言葉に対する問いを呑み込んで、笑顔でそんな言葉を口にした。緑川先輩は私の表情を見て小さく笑みを浮かべてから、保健室を後にした。
何が起きたのか分かっていない青山君は、私達のやり取りを見て首を傾げていたみたいだった。
「青山君」
「神崎?」
私が手招きをすると、青山君は私のすぐ側まで来てくれたので、私は保険の先生に聞こえないように声のボリュームを落して口を開いた。
「私、魔力酔いってやつらしいよ。緑川先輩曰く、少し時間が経てば治るって」
「魔力酔い? あ、そういうことか」
青山君は何かに気づいたように、少しだけはっとしていた。
もしかしたら、何かしら思い当たる節があったのかもしれない。
「あと、保険の先生呼んできてくれてありがとうね」
「うん、どういたしまして」
青山君は私に優しく微笑んだ後、緑川先輩が出ていった廊下の方を見つめて何か考え事をしているみたいだった。
結局、青山君が最後に何を考えているのか分からないまま、私は保健室で一時間だけベッドを借りることにしたのだった。

「んっ……」
ぼうっとした頭で少しだけ目を開けると、そこには人影のような物が見えた。
私を見下ろすように立っている男の子の髪は黒くて、少しだけ冷たい目をしているみたいだった。
「黒羽、先輩?」
多分、この感じは黒羽先輩だ。
昨日、生徒会室では私に対して特に興味を持ってなさそうだったのに、今は心配そうに私のことを見守っているみたいだった。
あっ、冷たいんじゃなくて、本気で心配しているような瞳をしているんだ。
昨日の黒羽先輩の態度から、私は勝手に冷たいと思い違いをしていたみたいだった。
私が寝ぼけた頭で黒羽先輩の名前を呼ぶと、黒羽先輩は私の視線に気づいたのか、すぐに私から目を逸らした。
「……じゃあな」
私に背を向けて保健室を後にしようとする黒羽先輩に声をかけようとして、私はまたすぐに眠気に襲われてしまった。
何か言葉を返さないとと思う中で、徐々に意識が遠のいていく。
そんな私のことをちらりと見た後、黒羽先輩は独り言のように何かを呟いていた。
「もしも、何もかも嫌になったら俺の所に来い。そのときはーー」
あれ? 最後なんて言ったんだろ?
上手く言葉を聞き取れなくて、聞き返そうと思ったんだけど、私はそのまま睡魔に襲われてしまった。
なんか、今すごく悲しそうな目をしていた気がする。
そんなことを考えながら、私は再び眠りについてしまった。
「……さん、神崎さん」
「んっ、あれ? 先生?」
再び目を覚ますと、そこには保健室の先生の姿があった。
さっきまでのことを思い出して辺りをきょろきょろと見ても、黒羽先輩の姿は見えない。
「神崎さん、どうかしたの?」
「あの、黒羽先輩って保健室に来ましたか?」
「黒羽君? ううん、ずっと保健室にいたけど見てないかな」
「……そうですか」
どうやら、保健室の先生はずっとここにいたみたい。それでも見てないってことは、さっきまでいたと思っていた黒羽先輩の姿は夢?
なんか夢にしてはやけにはっきりとしていた気もするんだけど。
そういえば、黒羽先輩と何の話をしてたんだっけ?
何か大事な話をしていたような気がするんだけど、それをまるで思い出せない。
この感じ、本当に夢なのかな?
「それで、どうかな? 一人で帰れそう?」
「はい、もう体も楽になったので授業に出れます」
「ふふっ、もう授業は終わっちゃったわよ」
「え? あれ?」
保健室の先生に笑みを向けられて、慌てて時計を確認すると、時刻はもう放課後の時間だった。
本当なら、少し寝てから授業に行くはずだったんだけど、完全に爆睡してたみたい。
「凄い寝てたんですね、私」
「本当は一時間前に起こそうと思ったんだけど、気持ちよさそうな顔してたから、そのままにしておいたの」
「ご、ご迷惑をおかけしました」
「いえいえ、そのための保健室ですから」
私は保健室の先生にお礼を言った後、服装を整えてから保健室を出た。
もうみんな帰っちゃったかなとか思いながら教室に向かうと、そこにはまだ少しだけ生徒が残っていた。
その中には雪ちゃんもいて、私を見つけるなり雪ちゃんは小走りで私の元にやって来た。
「花音! 無事だったか、なによりー」
「無事だったかって、少し保健室で寝てただけだよ?」
雪ちゃんはそのまま私に抱きつくと、顔を私の胸にぐりぐりと押し付けてきた。
少しふざけてる感じだけど、それでも私のことを心配してくれていたんだろうなぁ。
そんなことを考えながら、私は雪ちゃんの背中に手を回していた。
「そうなの? なんか青山君がすごい心配そうな顔してたから、重症なのかと思ったよ」
「重症って……重症なら保健室じゃなくて、病院に行ってるって。ただの貧血だよ」
「貧血? いや、青山君の顔見た感じだと、命の一つや二つ取られたって感じだったけど」
「そこまでな訳ないでしょ。ていうか、命は一つしかないよ、私」
私はいつもの調子でふざけてきた雪ちゃんの顔を両手でぶちゅっと潰して、嘘を言っている口を封じてみた。
多分、命の一つや二つって話は雪ちゃんが作った嘘だろうなと思った。
でも、多分全部が全部嘘ってことじゃない気もする。
ただの魔力酔いだったとしても、青山君なら本気で私のことを心配してくれそうな気がするし。
「あれ? そういえば、青山君は?」
「あっ、そうだった。ちょっと緑川先輩と話してくるから、花音が帰ってきたら教室で待っててくれって伝えるように言われていたんだ」
「青山君が緑川先輩の所に? なんだろ?」
「まぁ、生徒会のこととか色々あるんでしょ」
雪ちゃんは何でもないことを言うみたいにそんなことを言っていた。
確かに、あの二人は生徒会同士だから色々と話すこともあるかもしれない。
でも、それ以上のことを知っている私からすると、ただ生徒会の話しをしに行っただけには思ないんだよね。
「じゃあ、私は青山君が帰ってくる前に帰ろうかな。熱々な男女の間に入って火傷するのも嫌だし……いや、青山君の隣で恥じらっている花音を近くで見るのもいいのかな?」
「そんなんじゃないってば、もうっ。雪ちゃんは早く帰ってくださいー」
また私が雪ちゃんの口をむぎゅっとすると、雪ちゃんは私の手を振りほどくためにバタバタとした後、私に挨拶をしてから教室を後にした。
教室に残された私は、大人しく席に座って青山君の帰りを待つことにした。
雪ちゃん以外のクラスメイトもぞろぞろと帰りだして、気がつけば私は教室で一人になっていた。
青山君、まだかなぁ。
そんな感じで少し待っていると、教室のドアが突然開かれた。
「赤司、君?」
そこには青山君ではなくて、『パレット』のメンバーの赤司君の姿があった。
私の方に向けられている少し睨むような目つきを前に、私は昨日の出来事を思い出していた。
『じゃあ、俺と契約してくれ! 頼む!!』
昨日、いきなりそんなことを頼んできたり、少し乱雑な言葉遣いをしてきたりしたことを思い出して、私の中の警戒心がぐんっと高くなった。
「契約とかはまだできないよ。だから、赤司君の期待には応えられない」
「いや、それは葵から聞いてる。……なんか、すごい警戒されてないか俺」
私は少し棘があるような返答をしたのに、赤司君はそんなの関係なしって感じで、教室の中に入ってきてしまった。
そして、そのまま私の席の前に座ると、なんで警戒されているのか分かっていないみたいに首を傾げていた。
「なんでまだ教室に残ってんの?」
「……青山君待ってるの」
「葵か。すっかり、葵のこと信頼してんだな」
赤司君が少しだけ馬鹿にするみたいに笑ったのが気になって、私は思わず反応してしまった。
「どういう意味?」
「そのままの意味だろ。……あんまり信頼し過ぎるのも心配だ」
私が食い気味に反応を見せると、赤司君は少しだけ真剣な顔で私の顔を覗き込んできた。
威圧するような感じではなくて、本当に心配しているみたいな真剣さ。
そんな顔をされるとは思ってなかったので、私は少しだけ驚いていた。
「光の女神様の最後、聞いたか?」
赤司君は教室に誰もいないことを確認した後、少しだけ声のボリュームを落してそんなことを言ってきた。
光の女神様がどうなったか。
それは昨日、青山君から聞かされたことだった。
私が小さく頷くと、赤司君は少し安心したみたいに小さく息を吐いた。
「なるほどな。それなら、その対応も理解できる」
まるで独り言みたいにそんなことを言うと、赤司君は私のことを見つめながら言葉を続けた。
「葵も例外じゃないからな。あんまり気を許し過ぎるなよ?」
「青山君は、そんなことしないよ」
あやかしからも、それ以外のことからも守ってくれている青山君の優しさを馬鹿にされて、私は少しだけ涙ぐんだ瞳で強く赤司君のことを睨んでいた。
ずっと何も知らない私を守ってくれている青山君。その優しさを否定されたような気がして、私は席を立ってその場を去ろうとした。
「ま、待った!」
赤司君は私が席から離れようとすると、私の手首を掴んできた。
振り払おうとして振り返ると、赤司君は私の顔を見て、少しだけ慌てているみたいだった。
「あー……くそっ」
何かを言葉にしようとしているのか、赤司君は私の手首を掴んだまましばらく悩むと、頭をかいた後に私の手首から手を離した。
そして、立ち上がるなり私に頭を下げてきた。
「ごめん、色々と悪かった! あと昨日も悪かった! ちょっと色々と思うところがあって、急ぎ過ぎたんだ! 嫌な気持ちにさせたのなら、謝るから!」
「赤司君?」
本気で頭を下げてくる赤司君の態度を前に、私は怒っていた感情を少しだけ削がれてしまった。
こんなふうに謝るタイプじゃないと思っていたから、余計にそう思ったんだと思う。
「今日は少しだけ話をしたかっただけなんだ」
「お話?」
そういえば、私しかいないこの教室に入ってきたということは、何か私に用事があるということだ。
まだその用事についても聞いていないのに、勝手に話を切り上げるのは少し可哀想かもしれない。
それに、ここまで必死に頭を下げてる所を見せられてしまうと、無視するわけにもいかなくなってくる。
「……青山君が帰ってくるまでなら」
「そ、そうか。ありがとうな」
赤司君は少しだけ怯んだ後、無邪気な笑顔を私に向けてきた。
ワイルドで少し雑な所もあるはずなのに、こうして心の底から笑ったみたいな笑みを向けられると、なんだか少しだけ構ってもいいかなって思ってしまう。
私は自分の席に再び座って、ちらりと赤司君の方に視線を向けた。
「それで、話ってなに?」
「……神崎って、葵と契約するつもりなのか?」
さっきのやり取りがあったせいか、今の赤司君に昨日みたいな勢いはなくて、その口調は少し自信なさげなものだった。
そんなに怖く怒ったつもりはなかったんだけど、気を遣われたような反応をされてしまっている。
もしかして、そこまでガサツな人じゃないのかな?
私の中の赤司君の印象が少しだけ変えられていく。
「別に契約についてはまだ考えてないよ。まだ契約できるような状態でもないらしいしね」
「考えてないのか。……それなら、まだ俺にも可能性はあるか」
赤司君は私の言葉を受けて、独り言を言うかのように呟いていた。
何かを真剣に考えているみたいで、自分の世界に入り込んでしまっている。
「私からも質問していい?」
「ん? もちろん」
「なんで赤司君は、そんなに契約にこだわるの?」
他の五竜の人たちは、契約にそこまでこだわりがあるような感じはしなかった。
浅黄君は少し興味がある感じで、緑川先輩と黒羽先輩に至っては契約の話すらしなかった。
青山君にも契約して欲しいとは言われてないし、赤司君だけが契約について前のめり過ぎている。
赤司君は真剣な顔で私のことを見つめてから、口を開く。
「光の女神様が殺された。そんな歴史は絶対に繰り返しちゃダメなんだよ。光の女神様を守るためには、他の五竜たちよりも強い力が必要だ。他の竜に襲われた時、そいつを攻撃できる攻撃力がないと太刀打ちできないだろ?」
「私を守るために契約したいってこと? でも、赤司君からそんな素振りあんまり感じない、かも?」
私のことを守るのが目的というにしては、赤司君にそんなに守られていない気がする。
青山君みたいにずっと私のことを守ってくれてるわけじゃないし、契約した力で私を守るんだと言われても、いまいちピンとこない。
私がそんな言葉を口にすると、赤司君は不満そうに小さく息を吐いた。
「今は神崎のことを考えて、葵一人に任せているだけだ。昨日、神崎が帰った後に色々決めたんだよ」
「え? そうだったの?」
「多分、昨日の話し合いがなかったら、今頃神崎は『パレット』のメンバーを全員引き連れて学園生活を送ることになってたぞ」
赤司君に言われて、私はそんなもしもの学園生活を想像してしまった。
『パレット』のメンバーにお姫様扱いを受けながら、常にメンバーに囲まれての移動。
学園のアイドル集団を独り占めしてしまって、常に歓声を受け続ける生活。
……すっごい、疲れそう。
それに、ずっと胸がどきどきしそう。
「それは、少し……ううん、結構困るかも」
「だろ?」
「まぁ、それとは別の理由もあるけどな」
「別の理由?」
赤司君は少し暗くなった表情を見せてから、私に悲しそうな笑みを浮かべる。
「もう一つの世界。人間界じゃない方の世界がどうなってるか、考えたことあるか?」
「どうなってるか、ってどういうこと?」
「絶対的な力を持つ者がいない。そんな状況になったもう一つの世界について」
絶対的な力を持つ者。多分、それは光の女神様のことを言っているんだと思う。
その女神様がいなくなった世界。
魔力がある人間界って感じじゃないのかな?
「赤司君。えっと、よく分らないけど、悲しい顔してる?」
「……」
「何か辛いのかな? 大丈夫?」
まだよく事情が分からないことばかりで、考えても分からないことが多い。
それでも、赤司君が悲しい顔をしていることだけは分かった。
いつもワイルドな赤司君がこんな顔をするくらいだもん。多分、相当なことだと思う。
だから、それだけでもなんとかしたいと思って、私はそんな言葉を口にしていた。
「……優しいんだな、神崎は」
私の言葉を受けた赤司君は、優しい笑みを浮かべていた。
少しだけ肩の力が取れたような笑顔。
そんな顔を向けられると思っていなかったので、私は少し驚いてしまっていた。
「優しい? 私が?」
「急に変な状況に巻き込まれてんのに、俺の心配なんてしてくれんのか」
「だ、だって、赤司君が辛そうだったから」
「だから、それが優しいって言ってんの」
いつも廊下とかで見るときと違って、今の赤司君は優しい顔つきをしていていた。
そんな知っている姿と違う表情を見せられて、なんだか私だけが知っている一面を見てしまったような気持ちになってしまった。
なんか、少しだけ変な感じがする。
優しい顔をした赤司君の手が私の頭を撫でようとしたとき、教室の扉が突然開かれた。
「神崎、もう戻って来てたんだ。あれ? 琉火?」
そこにいたのは意外そうな顔をしている青山君の姿だった。
それからすぐに、赤司君の手が私の頭に触れようとしていたことに気づいて、青山君の目つきが少しだけ変わった。
「琉火。何してんの?」
「なにって、お話だよ。お話」
「話をするだけなら、頭触ったりする意味はないよな?」
「……わかったよ、わかった」
赤司君は大きなため息を吐くと、音を立てて席から立ち上がって、教室のドアの方に向かって行った。
「じゃあまた今度な、『花音』」
「あ、うん。また今度、赤司君」
そして、笑顔で振り返った後にそんな言葉を残して、赤司君は教室を後にした。
青山君はそんな赤司君の後ろ姿を、少しだけ睨むように見ていた。
「青山君。今日は色々とありがとうね」
「ああ、全然大丈夫。気にしないで」
今日はずっと青山君に守ってもらっていたことを思い出して、青山君にお礼を言うと、青山君はいつもの優しい笑みを返してくれた。
「それよりも、待たせちゃったよね。帰ろうか、送ってくよ」
「全然待ってないよ。ありがとうね」
青山君は自分の席に置いてあったバッグを手に取ると、すぐに私の席の所にまでやってきてくれた。
また青山君と二人きりで帰るんだと思うと、意識しないようにと思っても、どきどきしてしまっていた。
これからも一緒に帰ることになるんだから、少しずつ慣れていかないと!
顔を赤くしないようにして顔を上げると、青山君の方が少し顔を赤くしていた。
「青山君?」
「神崎ってさ、明日何か予定とかある?」
「明日? 特に予定はないかな」
青山君はなんだか少し緊張しているような声をしていた。
「じゃあさ、俺の家に来れたりするかな?」
「……え?!」
青山君は少し照れるようにそんなことを言って、私の顔を見つめてきた。
学校で女子から人気のある『パレット』のメンバーの青山君。
そんな男の子に休日誘われるだけじゃなくて、お家にお呼ばれ?!
何この展開、夢とかじゃないよね?
< 7 / 11 >

この作品をシェア

pagetop