五人の竜神に愛されて~私が光の女神だなんて、聞いてない!?

8.青山君とのデート

「面白いお父さんとお母さんだね」
「面白くなんてないよ……恥ずかしいし」
そして、翌日。私は日曜日に青山君と休日二人きりで出かけることになった。
それも、二日続けて家まで迎えに来てくれるという、特別扱いでもされているかのような対応。
当然、私があやかしに襲われないようにだって分かってるんだけど、お父さんとお母さんは勘違いしかしてなくて、今日も玄関先まで私たちのことを覗きに来るし、青山君に見つかって、笑われてしまった。
「神崎が変な男に狙われてないか心配なんだと思うよ。俺が変な男って思われてないか心配だけど」
「青山君が変な男なわけないでしょ。昨日も今日も『イケメンの彼氏が来た!』って、勝手に盛り上がってたよ」
「そう? それならよかった」
青山君はそう言うと、優しそうな笑みを私の方に向けてくれた。
なんだか、青山君が少し嬉しそうに見えたのは気のせいだよね?
そんな疑問が頭に浮かんだけど、当然聞けるはずがなかった。
そして、私たちは雑談を交えながら街中まで歩いていった。
「でも、青山君休みの日に私となんか出かけて良かったの?」
「ん? どういうこと?」
辺りを見渡すと、私たち以外の男女はカップルが多くて、手を繋いでいる男女の組み合わせが多かった。
そして、そんな彼氏持ちの女の子や、そうじゃない女の子たちからの視線は私たちに向けられていた。
というよりも、私じゃなくて青山君に向けられているんだけどね。
「ここって学校から近いから、学校の人に見られたら青山君勘違いされちゃうよ?」
「勘違い? あー……なるほど」
青山君は私の言葉を受けて、周囲に目を向けた。
そして、私の言葉の意味に気づいたのか、青山君は少しだけ照れたように口元を隠していた。
いや、照れてるわけじゃないよね。
私は青山君が変な勘違いをされないようにと思って、少しだけ青山君から離れようとした。
学校でも少しずつ勘違いされてきているのに、これ以上青山君に迷惑かけるわけにはいかないよね。
「……」
「あ、青山君?」
そう思って少しだけ距離を取ったんだけど、すぐにその距離を埋められてしまった。
見上げた先にいた青山君は、何かを企むようないつもと違う笑みを浮かべていて、青山君は声のボリュームを少し落として口を開いた。
「俺たちの右前にいるのに、クラスの前田と田中だよな?」
「え? あ、本当だ」
青山君に言われて気づいたけど、そこにいたのは同じクラスの前田さんと田中さんだった。
前はそんなに話す仲じゃなかったけど、最近は青山君とか『パレット』のこととか聞かれるようになった。
二人は少し隠れて私たちを見ていた。
「こっちのこと覗き見てるんだよな。……せっかくだし、勘違いさせてみようか」
「え? どういうこと?」
「嫌なら、手振りほどいていいから」
「え? え?」
私は何が何だか分からないまま、青山君にそっと手を握られてしまった。
びっくりして固まってしまいそうだったんだけど、青山君に手を引かれて私は一歩二歩と足を進ませていた。
ちらりと見た先にいた前田さんと田中さんは、口元を両手で押さえて漏れ出そうな声を必死に押さえていた。
そして、周囲から向けられているのは憧れの眼差し。
アイドルとかモデル顔負けの男の子の青山君に向けられていた視線は、いつの間にかそんな男の子とデートをしている私に対する憧れの視線となって向けられていた。
な、なんで私なんかがこんな視線を集めてるの?
「……なんか凄い見られている気がするんだけど」
「俺の方は、さっきとあんまり変わらないかな」
「うぅ、これ絶対すごい勘違いされちゃうよ」
「神崎が嫌なら、離してもいいよ」
私が顔を熱くしているのが面白いのか、青山君は私の顔を見つめながらそんなことを言ってきた。
これって、手を離さなかったら私は青山君のこと、悪くないって思ってるってことの返事になるんだよね?
青山君が私のことをどう思ってるのか、まだ正確に分かったわけではないけど、青山君が色んな女の子にこんなことをしているとは考えにくい。
雪ちゃんも言ってたけど、青山君は誰か特定の女子と仲良くしたりはしない。
ていうことは、もしかしてだけど、私も勘違いしちゃっていいのかな?
「手、離さないんだ」
私がそんなことを考えていると、青山君が優しい笑顔を私に向けてきた。
「……嫌なら、青山君から離して」
「嫌だったら、自分から手なんて握らないでしょ?」
私は青山君からツッコまれるような訳の分からないような言葉しか返せなくて、私の動揺は青山君に伝わってしまっていたと思う。
そして、どうすることもできなくなった私は、ただ静かに青山君の手を握り返すことしかできなかった。
「神崎、このお店だよ」
手を引かれ続けるのが恥ずかしくて、歩幅を合わせて歩こうとした矢先、手を引かれて足を止められてしまった。
私を止めるために手を引いたとき、必要以上に青山君の手の感触を感じてしまって、私はまた顔の熱を熱くしてしまっていた。
喫茶店に入ってもその熱は冷めなくて、私は店員さんが持ってきてくれた水を一気に飲み干してしまった。
少し落ち着いたかな?
そう思って正面に座る青山君の方を見てみると、青山君は何か意味ありげな笑みを浮かべていた。
「な、なに?」
「神崎、顔真っ赤」
うそ?! まだ私の顔赤いの?!
そう思って慌てて窓ガラスに映る私を見て、私はまた顔を熱くしてしまっていた。
なんか男の子を意識しているみたいな自分を見て、それが自分じゃないような気がして急に恥ずかしくなってきた。
「……青山君も、少し赤いよ」
「え? まじで?」
微かに血色が良くなっているくらいだったんだけど、私は自分だけが動揺しているのが悔しかったので、青山君にそんな指摘をしてみた。
すると、口元を隠した青山君の顔色も赤くなってきて、なんだか少しだけ緊張しているよう感じが伝わってきた気がした。
緊張? 一緒にいるの私だよ?
緊張してるわけがないはずなんだけど、なんだか本当に赤くなりそうな顔を隠す青山君を見て、私は密かにきゅんっときてしまっていた。
話の内容を変えないと、私もすぐに道連れにされる気がしたので、私は頑張って頭をフル回転させてみた。
「そ、そういえば、青山君も契約してくれって言ってこないんだね」
「契約? まぁ、まだ神崎契約とかできないし、されても困るんじゃない?」
なんとか話を変えようとしてみたけど、私と青山君の共通の話題っていると、どうしてもそんな話になってしまう。
休みの日にお出かけしてるときに話す話題ではない気がするけど、一度甘くなりかけた雰囲気が少し変わっただけ、よかったのかな?
「そうだけどさ。赤司君はそれでも言ってきたでしょ?」
「それは、まだ神崎が契約できないって知らなかったからじゃない?」
「まあ、そうなんだけどさ」
契約の話を出しても食いついてこないってことは、青山君も契約についてはそんなに前のめりではないのかな?
「じゃあ、契約できるようになったら、私って赤司君と契約するのかな?」
一番契約した層にしてるのって、赤司君だしね。
私が何気ない死にそう言うと、ブラックのままコーヒーを飲もうとしていた青山君が突然噴き出した。
「あ、青山君?」
「ごほっ、ごほっ……か、神崎、契約について誰かから聞いた?」
口元をおしぼりで押さえながら、青山君はしばらく咳き込んでいた。
何か手を貸そうかと思ったけど、青山君は手で制されながら、それよりもさっき私にした質問の方が気になってるみたいだった。
なんだろ?そんなに可笑しなこと言ったかな?
「陽月君から少しだけ聞いたよ。なんか私の魔力を半分くらい好きに使えるってやつでしょ?」
「いや、そうなんだけど……やけにざっくりだな」
「違うの?」
私はきょとんとしながら、ミルクとガムシロップを入れてかき混ぜ終えたアイスコーヒーをストローで啜っていた。
私がゆったりとアイスコーヒーを飲んでいると、青山君は少しジトっとした目を私に向けていた。
「契約の時って、キスをする必要があるんだけど、それは知ってる?」
「ごほっ、ごほっ! き、キス?!」
思いもしなかった返答を受けて、今度は私が咳き込む番になってしまった。
私が咳き込む様子を見て、青山君は少し安心するように溜息を吐くと、私の顔を覗き込んできた。
「分かった? 契約って簡単にできないんだよ」
「わ、分かった」
なんか書面で書くのかと思ってたけど、そんな肉体的な接触があるなんて知らなかった。
だって、まだファーストキスも済ませてないのに、急に契約のためにキスなんてできないよ。
「でも、契約をした方がいいっていう意見は、分からないこともない」
「え?」
「誰かを近くに置いとくだけで、神崎が命を落とすリスクは大きく下げられるからさ」
「そ、そうなんだ」
「いつか話そうと思ってたけど、契約をした竜神を側に置いておけば、五竜の中でも飛びぬけた力を持つ護衛を持つことになるからさ。信用できる竜神と契約できれば、それが一番いいと思う」
青山君はそう言うと、落ち着きを取り戻してコーヒーを飲みながら、そんなことを言っていた。
そういえば、そんな感じのことを赤司君も言ってたっけ?
赤司君曰く、他の五竜が何をしてきても倒せるだけの『攻撃』ができる竜神が良いって言ってた。
そうなると、やっぱり赤司君と契約することになるのかな?
そもそも、私に選ぶ権威があるのかっていう問題もあるけど、ファーストキスの相手くらいは選びたいなって思ったりもする。
「……まぁ、守るっていう観点で言うと、『防御』に特化した竜神がいいと思うけど」
「え?」
「俺なら、絶対に神崎のことは守るから」
「で、でも、それだとーー」
「あっ、ケーキきたよ、神崎」
「う、うん」
私は言いかけたことを聞くことができないまま、運ばれてきたケーキを食べることになった。
……それだと、青山君は私とキスしてもいいってことなの?
一度その話が終わった後、またそんな話をすることもできなくて、私は急に緊張して味がよく分らなくなったケーキを黙々と食べることになったのだった。

「そうだ、神崎。これ渡しておくね」
「ん? なにこれ?」
青山君とケーキを食べた帰り道。家まで送ってもらっている途中で、青山君がポケットから何かを取り出した。
小さくラッピングされているそれを受け取って、私は静かにそれをじっと見つめていた。
「開けてみて」
「うん、わかった」
青山君に言われてその袋を開けてみると、そこに入っていたのはピンクと白色の糸からなるミサンガだった。
いつも青山君がしていて、私にも貸してもらっているミサンガの色違い。
「……かわいい」
「本当? そう思ってもらえるならよかったよ。それ、神崎にあげるから」
「いいの? ありがとね、青山君」
「そのミサンガさ、魔力を抑える効果があるんだよ」
「え、そんな効果があるの?なんか凄いものなんだね」
「今俺が着けているのも、神崎に貸しているやつも同じような効果があるんだ」
「そうだったんだ。あっ、だから、ずっと着けていてって言ってたんだね」
誕生日を迎えた翌日、青山君にミサンガを着けるようにと言われてずっと着けていた。
青山君とお揃いの物をつけてるってこともあって、周りから色々と誤解されちゃうこともあったけど、外さないで本当によかった。
まさか、そんな魔法みたいなアイテムだったなんて。
「それを着けてれば、俺が貸した方は着けなくても平気だからさ」
「え、あ、うん。そうだよね」
元々、今貸してもらっているのは、青山君のなんだし返さないとだよね。
正直、少しの間だけ着けていただけなのに、なんだか少しだけ愛着が湧いていたりもした。
だから、私の手元から去っていくっていうのが少しだけ寂しい気持ちもある。
「……」
「神崎が欲しいなら、それもあげようか?」
「え? そ、そんな悪いよ」
私がミサンガとの別れを惜しむように青色のミサンガを見つめていたせいか、青山君がそんな提案をしてくれた。
「いや、何があるか分からないから、予備はあった方がいいよ」
「でも、それだと青山君の予備がないでしょ?」
「ん? いや、他にもあるし、また作ればいいからいいよ」
「え、これって青山君の手作りなの?!」
思いもしなかった言葉を受けて、私は驚いて目を見開いてしまっていた。
新しく貰ったピンクのミサンガと、今着けている青色のミサンガの両方をじっと見てみるけど、売っている物とほとんど変わらない
「すごい器用なんだね、青山君」
「そんな器用じゃないよ。慣れれば誰でも作れるしね」
「だ、だれでも」
青山君は謙遜してるけど、絶対に私は自分で作れる気がしなかった。
運動も勉強もできて、手先も器用。それって、非の打ち所がないって言うんじゃないかな?
私がしばらくの間感心してミサンガに魅入っていると、青山君は嬉しそうな笑みを浮かべていた。
「でも、普段はピンクの方着けておいてね。そっちにはちょっと細工がしてあるからさ」
「細工?」
「まぁ、今後のことを考えて、念のためにね」
青山君は少し含みのあるような言い方をして、小さく笑みを浮かべていた。
一体、どんな細工がしてあるのかと思ってじっと見てみるけど、青色とピンク色のミサンガの違いは、色が違うくらいしか分からなかった。
何が違うんだろ?
「一人だと着けづらいだろうし、着けてあげようか?」
「じゃあ、お願いしようかな」
家で一人で着けてもいいんだけど、あんまり手先が器用じゃない私は絶対に多分手こずる気がする。
だったら、青山君に今着けてもらった方がいいよね?
そんなことを考えて、お願いをしたんだけど、着けてもらっている間変な感じだった。
デートみたいなことをした後のせいか、なんか特別なプレゼントをもらっている気分。
もちろん、そんなことはないんだけど、指輪でも貰ったような気分になってしまっている。
な、何考えてるんだろ、私。
そして、私は青山君に青色のミサンガを外してもらって、代わりにピンク色のミサンガを着けてもらった。
色が変わったミサンガをじっと見つめてから、青山君の方にちらりと視線を向けると、青山君は優しい笑みを浮かべていた。
「うん、似合ってるよ。神崎」
「あ、ありがとう」
正面から見つめられて恥ずかしくなった私は、お礼の言葉を言いながら視線を伏せてしまった。
そこにちらりと映ったピンク色のミサンガを見て、私は静かに口元を緩めていた。

「青山君と花音って、なんで名前で呼び合わないの?」
「なんでって、なんで?」
「いや、付き合ってるカップルはそうしてる人が多いのに、不思議だなーと」
「まず付き合ってないんだよ、雪ちゃん」
翌日、青山君と一緒に登校して自分の席に座ると、雪ちゃんが私の膝の上に座るなりそんなことを言い始めた。
朝から雪ちゃんが当たり前みたいにそんなことを言ってきたので、私はすかさず訂正することにしたのだった。
「花音、今回の私はそう簡単に折れないよ」
「折れないも何も、事実を言ってるだけだもん」
私の膝の上に深く座り直した雪ちゃんは、どこか自信ありげな口調をしていた。
「日曜日、二人がデートしてたっていう目撃証言を入手しました」
雪ちゃんは、まるでトップシークレットを言うかのように、少しだけ声のボリュームを下げてそんな言葉を口にした。
ちらりと視線を向けた先には、私達の話を聞きたくてうずうずしているような、前田さんと田中さんの姿があった。
まぁ、そうだよね。クラスメイトの前で手を繋いでデートみたいなことしたら、気になるよね。
よく見てみると、他の女子たちも私たちの方に視線を向けている。
もしかしたら、一気に私に聞きにこようとしたのを、雪ちゃんが代表して聞くようにしてくれたのかもしれない。
私が大人数に囲まれることが好きじゃないことを知っているから、そんな役目を買って出てくれたのかな?
そんなことを思って、その優しさに微笑もうとしたところで、雪ちゃんがご機嫌に脚をぶらぶらとさせているのが分かった。
……優しさってことでいいんだよね?
話の続きを楽しみにしているような雪ちゃんの態度に、私は少し疑いを覚えたので、少しだけ感謝の気持ちを抑えることにした。
「あれは、デートじゃないんだよ。青山君とケーキを食べに行っただけだってば」
「休みの日に、男女二人で出かけたんでしょ?それって、デートじゃないの?」
うっ、それは私も思ってたことでもあるから、その意見をすぐに否定するのは難しい。
「花音―、だんまり?」
「で、デートはもっと特別な感情を持った二人がすることでしょ?」
「花音は青山君に特別な感情を抱いてないの?」
「……互いに、特別な感情を持ってる必要があると思う」
「青山君が特別な感情を持ってるとして、花音はどうなの?」
うぅ、本当に今日の雪ちゃんは普段よりも鋭い。
私が青山君のことをどう思っているのか。
それは、最近私も一人で考えることが多かった。
突然知らない力に目覚めちゃって、それにすら気づかない私を守ってくれて、優しくしてくれて、ずっとそばにいてくれて。
かっこいい姿にどきどきさせられ続けて、今後も青山君のことをそんな目で見続けてしまう気がする。
多分だけど、私は青山君に恋をしているんだと思う。
この感情はそれ以外に言い表せないくらい、まっすぐな物のような気がしたから。
「持ってない、と言えば嘘になっちゃう、かな」
「……そっか」
さっきまでふざけていたような雪ちゃんだったのに、私が正直に思ったことを言うと、雪ちゃんは少しだけ喜んでいるような気がした。
「雪ちゃん?」
「そんな子にプレゼント貰えて、よかったじゃん花音」
「う、うん」
私は雪ちゃんに言われて、昨日貰ったばかりのピンクと白のミサンガを指の先で撫でていた。
そっか、これって好きな人から貰ったプレゼントなんだ。
そう思うと、急にそのミサンガが特別な物な気がしてきて、私の口元は緩んでしまっていた。
「あれ? プレゼントのこと雪ちゃんに言ってないよね?」
「いや、普通に見えてるし、気づくよ。色違いのペアルックでしょ?」
「別に、ペアルックってわけじゃないけど。まぁ、結果的にそうなるのかな?」
本当は魔力を抑えるための物だから、私も青山君も同じ物を着けているだけなんだけど、結果的に色違いのペアルックみたいになってしまっている。
ただお揃いの物を持っているだけ。それなのに、私の中で少しだけその意味が変わってきている気がした。
「よかったね、花音」
「……うん」
雪ちゃんと話していく中で、私は青山君への気持ちに気づいてしまった。
いつか、この気持ちを青山君に伝えることがあるのかな?
そんなことを考えて青山君の方に視線を向けると、私と目があった青山君は優しい笑みを私に向けてくれていた。
……どうしよう、今まで以上にどきどきしてる。
今までよりも青山君を意識してしまって、私は顔を少しだけ熱くさせてしまっていた。

「花音」
「あれ? 赤司君」
青山君とケーキを食べに行った数日後、私は教室で職員室に行った青山君の帰りを待っていた。
職員室に行っただけだから、すぐ帰ってくるだろうなと思っていると、そこに現れたのは青山君ではなくて、赤司君だった。
「葵はどこ行った?」
「青山君なら職員室。多分、すぐに戻ってくると思うけど」
「ふーん。そっか」
あれ?いつもの赤司君と雰囲気が違う?
なんだかぎこちない気がするけど、前に赤司君とはお話しをしていて、赤司君に対する認識の誤解も解けている。
だから、以前よりも赤司君に対して警戒心がなくなっていた。
「何かお話?」
「葵が花音の特訓に付き合っているって聞いたから、どのくらい魔力を使えるようになったのか聞こうと思ってな」
赤司君はそんなことを言いながら教室に入ってくると、前みたいに私の前の席に腰かけた。
「それで、今どんな感じなんだ?」
「まだまだだよ。少しだけ魔力を体に通せるようになったって感じ」
「まぁ、慣れるまではそんなもんか」
赤司君はそう言うと、言いづらそうに視線をこちらから逸らした後、再び私を正面から見つめた。
「……なぁ、契約は葵とするのか?」
契約と言われて、私は喫茶店で青山君から聞かされた言葉を思い出した。
『契約の時って、キスをする必要があるんだけど、それは知ってる?』
どうやら、竜神との契約のためにはキスをする必要があるらしい。
つまり、契約のことを聞いてくるということは、誰とキスするのかを聞いていること同じ意味合いなのだ。
それなのに、赤司君はなんでこんなに照れずにそんなことを言えるんだろ。
まさか、知らないってことないよね?
「契約って、キスするらしいんだけど、赤司君は知ってたの?」
「当たり前だろ」
「そ、そうなんだ」
どうやら、赤司君は契約の仕方について知った上で、初対面の私に契約をしようと言ってきたみたい。
ていうことは、赤司君は私とキスできるってことなの?
初めて会った人とそんなことをするって、嫌だったりしないのかな?
それとも、経験豊富で今さらって感じなのかな?
「やっぱり、契約は葵とするのか?」
「分かんないよ」
契約のことについて聞かれているはずなのに、青山君とキスしたいのかと言われているような気がして、私は反射的に言葉を濁してしまっていた。
だって、キスをすることって相手の同意がいるわけだし、私だけの気持ちでどうにかできるものじゃない。
そんなことを考えて、赤司君の方を見たんだけど、赤司君はそんな回答じゃ納得してないようで、ただ静かに私の回答を待っていた。
「けど、私としては、青山君と契約したい、かも」
「……そっか」
それでも、今の私の気持ちくらいなら答えてあげた方がいいかなって思って、私はそんな返答をした。
出会った時から契約をして欲しいと言われていたわけだし、その気持ちに何も答えないのは失礼な気がしたから。
言葉に出してしまって、私は近い将来青山君とキスをするような未来を想像してしまった。
そのせいで心臓がどきどきしてしまって、顔が熱くなってしまっているのが分かった。
「あ、あれ?」
どきどきし過ぎたせいか、急に視界がぐらんぐらんとしてきた。
いや、これ、ただどきどきしているからじゃない気がする。
なにか、おかしい。
「なに、これ?」
「ただの魔力酔いだよ」
「魔力酔い? な、なんで急に?」
「この方法以外に、花音を気絶させる方法が思いつかなかったから。少しだけ我慢してくれ」
表情を全く変えていない赤司君は、私と違ってすごい余裕がありそうだった。
普通に椅子に座ってるのも辛くなった私は、椅子から転びそうになってしまった。
「っと」
でも、その体を何かに支えられて、私は転ぶことはなかった。
そして、私の意識はそのまま徐々に遠くなっていった。
なんで私だけ魔力酔いになってるの?
ていうか、今赤司君が私を気絶させるためにとか言ってなかった?
『俺以外の五竜のことは、あんまり信用しない方がいい』
突然思い出した青山君の言葉。
そういえば、光の女神様は五竜の内の誰かに殺されたって言っていたっけ。
うそ、まさか、青山君が言っていた五竜の内の誰かって赤司君のこと?!
「花音のことは、俺が死んでも守るから」
徐々に遠くなっていく意識の中で、そんな声が聞こえてきた気がした。
そして、何かに抱かれるみたいに、体を預けてしまった私はもう自分の足で立てなくなっていた。
「花音、ごめんな」
そんな言葉を最後に、私の意識は完全に途切れてしまったのだった。
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