バツイチですが、クールな御曹司に熱情愛で満たされてます!?
第一章




第一章 私の大切な場所


 梅雨明け間近のじめじめした日が続く週末。

 私は『グランドオクト東京』のロビーにあるカフェラウンジで、アイスティーを飲みながら午後のひと時を過ごしていた。

 オリジナルブレンドの紅茶はここでしか飲めず、今日みたいな日はアイスティーで決まりだ。ミントが浮かんでいるおかげですっきりとして美味しい。夏季限定のマスカット味のマカロンとの相性もばっちりだ。

 はぁ……癒される。

 高級感のあふれる空間で、ゆっくり過ごす。しがない会社員である私、佐久間伊都の休日の贅沢な過ごし方。三年前にここの紅茶にはまってから、月に何度かここでゆっくり過ごすのが私の楽しみのひとつだ。

 持ち帰り用の茶葉をスタッフの人に用意してもらう間、席に座ってぼーっとすることを楽しむ。日々営業職として忙しくしている私にとっては、なにも考えずに過ごすのは最高の贅沢だ。
 
 来るたびに思うのだが、ホテルにはさまざまな人が行き交っている。家族連れやカップルや夫婦、友人同士、そんな人たちを眺めつつ過ごすのが好きだった。

 私の前のテーブルには、高齢の男性と幼稚園児くらいの男の子が座っていた。ふたりでケーキを半分こしている姿が微笑ましい。
 
私もおばあちゃんっ子だったな……。

 
小さな時に祖母にかわいがってもらったあったかい日々を思い出しながら、彼らを眺める。

 すると私の視線に気が付いた男の子が手を振ってきたので、私も振り返す。見ているだけで胸がキュンとなる無邪気な笑みが尊い。

 かわいいなぁ。

 私に背中を向けていた高齢の男性も男の子の様子を見て振り向いた、お互いに笑顔で会釈した。

 その時、男性のスマートフォンが鳴り始めた。通話はラウンジの外に出てするのがマナーだ。

 ただ子どもを置いて外に出ていくわけにいかないのか、困った様子だ。ここで私のおせっかいが発動してしまう。

「あの、もしよろしければ私が一緒に待っていますよ」

 いきなり声をかけて驚いたようだ。

「いやしかし……ご迷惑でないですか?」

「いいえ。もう少しここにいるつもりですから、遠慮しないでください」

 ラウンジの外からもこの席はよく見えるから、安心だろう。

「僕、お姉ちゃんと待ってるよ」

「わかった。電話が終わったらすぐに戻ってくるからね。すみませんが少しの間よろしくお願いします」

 男の子の言葉が後押しになり、男性は電話のために席を外す。私は男の子に「隣に座ってもいい?」と許可を得て横に座った。隣の男の子はにっこりと笑いながら私を見あげている。

 かわいい。ちょっとした人助けのつもりだったけれど、私のほうが癒されている。

 待っている間、彼が通っている幼稚園の話や好きなアニメの話を聞いていると、電話を終えた男性がこちらに向かってきた。

 それを見た男の子が立ち上がろうとして、手が飲んでいたオレンジジュースに当たってしまった。そして見事にひっくりかえって私にかかってしまう。かなりの量のジュースが白いスカートに染み込んでいく。

「ご、ごめんなさい」

 それまで楽しそうにしていたのに、目に涙がみるみるたまる。

「大丈夫だよ、泣かないで。しっかり謝れて偉いね」

 泣きそうになっている男の子を慌てて宥めていると、男性とスタッフがこちらにやってきた。

「すみません、大丈夫ですか?」

「はい、心配ありませんから」

 白いスカートをはいていたせいで汚れが目立つが、ケガもしていないので問題ない。クリーニングすれば大丈夫だろう。

「こちらをお使いください」

 スタッフの人に手渡されたおしぼりを使ったら、少しは汚れがましになった。

「クリーニング代はこちらに請求してください」

 男性が名刺を差し出そうとした瞬間、背後から声がかかる。

「その必要はございません。クリーニングはこちらで責任を持ってさせていただきますので」
 
 振り返ると、ホテルのスタッフが立っていた。ネームを見るとゼネラルマネージャーと書いてある。

 見上げるほどの長身は、黒いスーツに包まれている。ホテルスタッフの制服ではない。ゼネラルマネージャーとあるけれど、まとっている静謐なオーラからもっと立場が上の人に見える。
 
少し長めの前髪はサイドに流して清潔感がある。形のいい目にスーッと通った鼻筋。男らしく見とれるほど整った顔。接客中だからか柔和な雰囲気をまとっていて、話しかけやすい。

 思わずジッと観察してしまったけれど、責任者である彼がここに来たということは、他のお客様の迷惑になってしまっているのかもしれない。
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