バツイチですが、クールな御曹司に熱情愛で満たされてます!?
 最初カフェラウンジで老年のお客様とトラブルを起こしたと聞いた時は、祖母からなにも奪えずに新しいターゲットでも探していたのかといぶかしんだが、ふたを開けてみればなんのこともない。親切心で人助けをした彼女が、一方的に被害を被っていた。

 彼女はどうもためらいもなく他人に手を貸す人のようだ。今回の一件からしても祖母にも純粋に手助けをしたのかもしれない。

 自分が想像していた佐久間伊都という人物像とはかけ離れている。それが余計に俺の興味をかき立てた。

 今のところ白とも黒とも判断がつかない。もう少し近付いて本性を判断するべきだ。

 そのための種はまいた。クリーニングを預かっているのだから彼女は引き取るために必ず接触してくる。その時に再度いろいろと探ればいい。

「ねぇ、恭弥ってばなにか悪いこと考えてないでしょうね?」

「いや、別に」

 鋭い指摘にとぼけてみせた。

 祖母は彼女を随分気に入っているようだから、俺が調べている事実は知られないようにした方がいい。

 いやしかしまさか〝お団子〟に負けるだなんてな。

「確かに、うまいけど」

 最後のひとつを頬張るとなぜか、彼女の顔が思い浮かんできて笑ってしまった。


* * *

 午前八時。

 セキュリティを解除して、まだ完全に冷房が効いていないオフィスに入る。

 フレックス勤務が認められているので、コアタイムの三時間近く前だとひとけもまばらだ。

「おはようございます」

 声をかけながら自分のデスクに座る。ノートパソコンに電源を入れるとバッグからマグボトルを取り出す。

 外は朝から太陽が照りつけていた。もしかしたらこのまま梅雨明けになるかもしれない。

 お気に入りの紅茶で渇いたのどを潤すと、やっとひと息つけた。

 朝はまず始めにパソコンで自分と上司や同僚の予定を確認する。その後は昨日の仕事終わりに届いたメールのチェックと返信だ。

 そこから今日のやるべきことの優先順位を立てて、ひとつずつこなしていくのが私の仕事のやり方だ。

「佐久間さん、今いいですか」

「はい、どうぞ」

 振り向くとそこには、後輩の(おお)()君が立っていた。私が途中入社した一年後に新卒で入社した彼は、最近大きな仕事を任されるようになった。

 それが少しプレッシャーになっているようだ。ここ最近、以前ほど覇気が感じられない。瞳に元気がなく、毎日なんとなくくたびれて見えた。客先ではしっかりとしているので大丈夫かと思っていたが、今日の様子を見るとなかなかに追い詰められてるように感じられる。

 彼のデスクを見ると資料が周りに高く積まれており、かなり早い時間に出社してきたのがわかる。その証拠に彼は朝の早い時間なのに疲れているように見えた。

「すみません。午後からの資料がまだできていなくて」

 差し出された資料を受け取る。

「そうなの? ちょっと見てみるね」

 ざっと確認したら八割程度の進捗だ。

「その上、夕方の資料も手つかずで」

 がっくりと肩を落としている。その様子から相当努力をした痕跡がうかがえる。

「もしかして、土日も出勤したの?」

 彼は力なく頷いた。申請すれば休日出勤も認められるが、ここまで疲れ切っていたら平日の仕事の効率が落ちるのではないだろうか。

「それって部長と同行するやつだよね?」

 疲れた顔で大野君がまたもや静かに頷く。

「わかった、午後一番の資料は私が確認がてら仕上げるから。それから夕方の提案用の資料は……このフォルダの中のフォーマットを使ってできるだけ簡潔に、いい?」

「はい……ありがとうございます」

 相変わらず声に力がないけれど、先の見通しが立ったので少しホッとしたように見える。

「こっちの仕事が終わったら手伝うからね。それまでできるところまで進めておいて」

「すみません、佐久間さんの仕事もあるのに」

 申し訳なさそうな表情に、同情する。仕事をしていると、時にこうやってうまくいかないことはよくある。

「大丈夫だよ。それよりももっと早くに気付いてあげられればよかったね。ごめん」

「いいえ。もう少し早く相談するべきでした。そちらの資料よろしくお願いします」

 私が頷くと彼は自席に戻っていった。

 早速資料をチェックしながら反省する。

 今、私が在籍する営業一課の課長が体調を崩して不在なのだ。

 決済は部長にお願いしているのだが、営業課は一課から四課まであり、各課につき営業事務も含め十名弱が在籍している。それら全体を見ているので、どうしても一課の細かい仕事の進捗の把握までは無理だろう。

 そこは一課の者がお互いが気を付けるしかない。とくに大野君のような入社してやっと一年たったくらいの人にはもっと気にかけるべきだったのに。
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