バツイチですが、クールな御曹司に熱情愛で満たされてます!?
フロアに到着した時には、みんな席を立ち、部長のもとに集まっていた。どうやらすでに新しい課長が到着しているようだ。
部長が新しい課長を紹介している。私は邪魔にならないように静かに人だかりの後ろに立った。
しかし立った場所が背の高い大野君の後ろなので、肝心の人物が見えない。気にはなるが仕方ないのでそのまま部長の話を聞く。
「私の方からは以上だ。では谷口課長、簡単な自己紹介を」
部長の言葉に衝撃が走る。
待って……今、谷口って。衝撃で心臓がドキンと音を立てた。
でもそんなに珍しい名前でもないし。考えすぎだとすぐに自分に言い聞かせる。
しかしそれが考えすぎではないのは即座に判明した。
「谷口良介です――」
……ガタン。
その名前に驚いた私は、膝から頽れそうになったが、かろうじて近くにあった椅子に掴まって耐えた。
前にいた大野君が気が付いて「大丈夫ですか?」と小さな声で尋ねてくれた。
「大丈夫。ちょっと貧血なのかも……外暑かったし」
心配かけないように、笑顔を浮かべてみせた。しかし心臓はドキドキと嫌な音を立てている。
間違いない……あの人だ。
どんどん速くなっていく脈拍、額に拭ったはずの汗がまた吹き出してきた。
二年経っても声を聞けばわかる。元夫婦なのだからあたりまえだ。
そう、新しい上司としてやってきたのは元夫の谷口良介だった。
新課長の挨拶が終わり、みんながそれぞれ自分の仕事に戻った。
私もみんなと同じように仕事に取り組んでいるように見えるだろうが、心の中は「なぜ、どうして」の嵐だ。
先ほどからパソコンの前に座っているけれど、午前中にヒアリングした顧客の情報すら更新できないでいる。
まさかあの人のもとで、また働くことになるなんて。
過去の嫌な記憶がフラッシュバックする。
私は我慢できずに思わずその場で額に手を当ててうつむいた。胸がひりひりと痛む。ここまでになるのは久しぶりだ。
どうして……今さら良介がここに……。
二年前、その頃の私は妄信的に彼を信じていた。
彼の言い分は正しく、なにを言われても妻として彼を支えるべきだと思っていた。
でも、彼はだんだん私を踏みにじるような行為をするようになった。そして私は彼に非難される自分を責める毎日だった。
どんどんみじめになっていく。それでも私は彼を妄信していた。
上司だった彼との結婚生活。
私生活だけでなく職場でも彼の支配のもと働いていた。
彼の仕事を手伝い、自分のやった仕事はすべて彼の成績として報告された。
もちろん会社に対する私の評価はがくんと落ちる。
それでも「妻は夫を支えるものだ」という彼の呪いの言葉を信じていた。私はずっと正しいことをしていると思っていた。
だんだんと彼との生活にストレスを感じるようになっても、良介の表の顔しか知らない周囲の人は私の訴えを信じてくれなかった。
妻とは、家族とはなんだろう。悶々と悩んでいる間に彼はほかの女性と日々を過ごすようになっていた。人として妻として裏切られた私は耐えきれなくなり、彼との離婚を決行した。
声を聞いただけで、嫌な記憶が蘇ってくるのに、これから一緒に働けるのだろうか。
やっと今の生活に満足してきたところなのに。
決して彼に未練があるわけではない。けれど当時を思い出すと苦しくなるのだ。
「佐久間さん。課長が面談室に来てほしいって」
集中力もなくぼーっと画面を眺めていた私に、大野君が声をかけた。
「……えっ?」
「みんなと順番に面談するみたいですよ。さっき言っていたんですけど」
「ごめん、聞き漏らしていたみたい」
「佐久間さんにしては珍しいですね」
大野君が不思議そうに、首を傾げた。
「気を付けるね。呼びに来てくれてありがとう」
私はあいまいにごまかしながら、面談室に向かう。
ここで拒否できればいいのだけれど、仕事だからもちろんそんなことはできない。
ノックをしようと扉に手を伸ばした。その時自分の手が震えているのに気が付く。
グーとパーを繰り返して体の強張りをなんとかほぐし、深呼吸をしてからノックをした。
「どうぞ」
中から聞こえてきた声に、昔の記憶と一緒に暗い感情が引きずり出されそうになる。
私はそれをなんとか抑え込んで、深呼吸をしてからドアを開けた。
正面に座るのは、まぎれもない元夫。
「ひさしぶりだね」
にっこりと微笑む彼。その余裕のある態度から、私がここで働いていることは把握していたのだとわかる。堂々と私の前に現れたのは、二年前の離婚は彼にとってはなんのダメージもなかったのだと理解できた。
私は今でも思い出して嫌な気持ちになっているのに。
部長が新しい課長を紹介している。私は邪魔にならないように静かに人だかりの後ろに立った。
しかし立った場所が背の高い大野君の後ろなので、肝心の人物が見えない。気にはなるが仕方ないのでそのまま部長の話を聞く。
「私の方からは以上だ。では谷口課長、簡単な自己紹介を」
部長の言葉に衝撃が走る。
待って……今、谷口って。衝撃で心臓がドキンと音を立てた。
でもそんなに珍しい名前でもないし。考えすぎだとすぐに自分に言い聞かせる。
しかしそれが考えすぎではないのは即座に判明した。
「谷口良介です――」
……ガタン。
その名前に驚いた私は、膝から頽れそうになったが、かろうじて近くにあった椅子に掴まって耐えた。
前にいた大野君が気が付いて「大丈夫ですか?」と小さな声で尋ねてくれた。
「大丈夫。ちょっと貧血なのかも……外暑かったし」
心配かけないように、笑顔を浮かべてみせた。しかし心臓はドキドキと嫌な音を立てている。
間違いない……あの人だ。
どんどん速くなっていく脈拍、額に拭ったはずの汗がまた吹き出してきた。
二年経っても声を聞けばわかる。元夫婦なのだからあたりまえだ。
そう、新しい上司としてやってきたのは元夫の谷口良介だった。
新課長の挨拶が終わり、みんながそれぞれ自分の仕事に戻った。
私もみんなと同じように仕事に取り組んでいるように見えるだろうが、心の中は「なぜ、どうして」の嵐だ。
先ほどからパソコンの前に座っているけれど、午前中にヒアリングした顧客の情報すら更新できないでいる。
まさかあの人のもとで、また働くことになるなんて。
過去の嫌な記憶がフラッシュバックする。
私は我慢できずに思わずその場で額に手を当ててうつむいた。胸がひりひりと痛む。ここまでになるのは久しぶりだ。
どうして……今さら良介がここに……。
二年前、その頃の私は妄信的に彼を信じていた。
彼の言い分は正しく、なにを言われても妻として彼を支えるべきだと思っていた。
でも、彼はだんだん私を踏みにじるような行為をするようになった。そして私は彼に非難される自分を責める毎日だった。
どんどんみじめになっていく。それでも私は彼を妄信していた。
上司だった彼との結婚生活。
私生活だけでなく職場でも彼の支配のもと働いていた。
彼の仕事を手伝い、自分のやった仕事はすべて彼の成績として報告された。
もちろん会社に対する私の評価はがくんと落ちる。
それでも「妻は夫を支えるものだ」という彼の呪いの言葉を信じていた。私はずっと正しいことをしていると思っていた。
だんだんと彼との生活にストレスを感じるようになっても、良介の表の顔しか知らない周囲の人は私の訴えを信じてくれなかった。
妻とは、家族とはなんだろう。悶々と悩んでいる間に彼はほかの女性と日々を過ごすようになっていた。人として妻として裏切られた私は耐えきれなくなり、彼との離婚を決行した。
声を聞いただけで、嫌な記憶が蘇ってくるのに、これから一緒に働けるのだろうか。
やっと今の生活に満足してきたところなのに。
決して彼に未練があるわけではない。けれど当時を思い出すと苦しくなるのだ。
「佐久間さん。課長が面談室に来てほしいって」
集中力もなくぼーっと画面を眺めていた私に、大野君が声をかけた。
「……えっ?」
「みんなと順番に面談するみたいですよ。さっき言っていたんですけど」
「ごめん、聞き漏らしていたみたい」
「佐久間さんにしては珍しいですね」
大野君が不思議そうに、首を傾げた。
「気を付けるね。呼びに来てくれてありがとう」
私はあいまいにごまかしながら、面談室に向かう。
ここで拒否できればいいのだけれど、仕事だからもちろんそんなことはできない。
ノックをしようと扉に手を伸ばした。その時自分の手が震えているのに気が付く。
グーとパーを繰り返して体の強張りをなんとかほぐし、深呼吸をしてからノックをした。
「どうぞ」
中から聞こえてきた声に、昔の記憶と一緒に暗い感情が引きずり出されそうになる。
私はそれをなんとか抑え込んで、深呼吸をしてからドアを開けた。
正面に座るのは、まぎれもない元夫。
「ひさしぶりだね」
にっこりと微笑む彼。その余裕のある態度から、私がここで働いていることは把握していたのだとわかる。堂々と私の前に現れたのは、二年前の離婚は彼にとってはなんのダメージもなかったのだと理解できた。
私は今でも思い出して嫌な気持ちになっているのに。