バツイチですが、クールな御曹司に熱情愛で満たされてます!?
彼はノートパソコンから視線を私たちに向けた。
「どうぞ」
「グランドオクトホテルの担当者から連絡があり、ぜひうちにお願いしたいとのことです。週末にアポイントが取れたので契約の締結を行います」
うれしそうに報告する大野君が眩しい。
本当に頑張っていたものね。
「大野、本当によくやったな。その契約は私も同席しよう。今後の相手とのコミュニケーションは大切だからな」
「はい、よろしくお願いします」
大野君が勢いよく頭を下げた。本当によかったと実感していた。それなのに……。
「それから佐久間はもうこの件から外れてくれていい。あとは俺がやる」
「え……」
デジャブかと思う状況に、一瞬思考が停止した。
私がぼーっとしているうちに、大野君が良介に意見する。
「でもこの契約が取れたのは佐久間さんのおかげなんですよ。今さらこの案件から外れるなんて」
大野君が必死に抗議してくれたが、良介は気にもしていない。
「大口の案件なんだ。しかるべき者が担当するのが筋だろう」
またなの……また同じことが繰り返されるの?
過去のことが思い浮かんできて、今どうするべきなのかわからない。
「それなら俺が外れます」
大野君の言葉でやっと私は我に返った。
「それはダメだよ。私はいいから」
なんとか笑ってみせた。今の私にできる精いっぱいのことだ。
「話が終わったならふたりとも業務に戻りなさい。あぁ、佐久間は後で君が持っている資料をこちらに渡して」
「……承知しました」
これ以上大野君の前で、良介とやり取りしたくない。
まだなにか言いたそうにしている大野君の背中を押して、リフレッシュブースに向かう。
社員がひと息つくための場所で、ちょっとしたテーブルと椅子。それからお菓子や飲み物の自動販売機が置いてある。
「なに飲む?」
自動販売機の前に立ち、後ろにいる大野君を振り向く。
「俺、悔しいです! どうして佐久間さんがこの案件を外れるんですか?」
「落ち着いて、とりあえずコーヒーでいい?」
悔しそうな表情のまま、彼は頷いた。
私は二本コーヒーを買うと、ブースにある椅子に座るように大野君を促す。
彼の隣に座って、缶コーヒーを渡す。
大人しく受け取った彼がひと口飲んだのを見て、私も缶を開けた。
さてどうやって大野君を納得させればいいのだろうか。
私が彼の立場なら、同じように憤り抗議するだろう。本来ならこんな一方的なやり方が許されるはずない。
けれど良介は私に対してずっとこういう態度をとってきた。きっと今でもそれが当たり前だと思っているのだろう。
抗議するべきだというのもわかる。でもここで騒ぎを大きくしたら、私と良介の過去がみんなに知られてしまう。
知られたら仕方がないと思うが、できれは言いたくない。
「大野君の気持ちはうれしいけど、他の仕事が忙しいからちょうどよかったの。私の状況を把握してそうしてくれたのかもしれない」
できれば大野君の中にある良介の印象を悪くしたくない。これからも一緒に仕事をしていくのだ。先ほども良介は、大野君は褒めていた。前の会社でほかの社員とはトラブルなくやっていた。
ここで私が波風を立てれば、課全体の雰囲気が悪くなってしまうかもしれない。
「でも……だったら他の仕事を別の人に頼めばいいじゃないですか?」
彼はそれでも食い下がる。ここまで言ってくれてうれしい。
「ありがとう。でも他の人に迷惑がかかっちゃうから」
大野君が悔しそうにしている。
彼が私よりも良介のやり方に怒ってくれているおかげで、冷静でいられた。
「私のことでそんなに怒ってくれてありがとう。それよりも大野君、私がいなくても平気なの? 大口の案件だからミスはできるだけ少なくね」
「えっ! それは……あの、その」
目を泳がせはじめた。これまでまとっていた強張った空気が少し緩んだ。
「こっちは心配しないでいいから。大野君こそしっかりね。大変な時にはもちろん手伝うから相談してね」
私が彼の腕をポンとたたくと、まだなにか言いたそうにしていたけれど我慢したようだ。
「しっかり、頑張ります」
なんとか気持ちを切り替えた彼を見てホッとした。彼が席に戻ったのを確認して、私はそっとフロアを抜け出した。
一歩廊下に出た時点で、目頭が熱くなる。これまで抑えていた悲しみや怒りの感情がふつふつと湧きあがって、涙としてあふれ出しそうだ。
なんとかトイレの個室に駆けこんだ。その瞬間私は口元に手を当てて、漏れそうな嗚咽をなんとか堪えた。
「……っう……う」
ただ流れる涙は止められなかった。
悔しい、悔しい!
ああするしかなかったし、それでいいと思っている。でも心の中では割り切れない気持ちが暴れだしそうだ。
泣いたら気持ちが落ち着くかもしれない。そう思ったけれど私の中にできたわだかまりはそのまま胸の真ん中に居座り続けた。
またあの苦しんだ日々がやってくるのかもしれない。
でも私はあのころの自分とは違う。二年間努力をしてきた、きっと戦える。
涙を流しながら私は自分自身の中に渦巻く恐怖の感情をなんとか押さえつけてから、仕事に戻った。
「どうぞ」
「グランドオクトホテルの担当者から連絡があり、ぜひうちにお願いしたいとのことです。週末にアポイントが取れたので契約の締結を行います」
うれしそうに報告する大野君が眩しい。
本当に頑張っていたものね。
「大野、本当によくやったな。その契約は私も同席しよう。今後の相手とのコミュニケーションは大切だからな」
「はい、よろしくお願いします」
大野君が勢いよく頭を下げた。本当によかったと実感していた。それなのに……。
「それから佐久間はもうこの件から外れてくれていい。あとは俺がやる」
「え……」
デジャブかと思う状況に、一瞬思考が停止した。
私がぼーっとしているうちに、大野君が良介に意見する。
「でもこの契約が取れたのは佐久間さんのおかげなんですよ。今さらこの案件から外れるなんて」
大野君が必死に抗議してくれたが、良介は気にもしていない。
「大口の案件なんだ。しかるべき者が担当するのが筋だろう」
またなの……また同じことが繰り返されるの?
過去のことが思い浮かんできて、今どうするべきなのかわからない。
「それなら俺が外れます」
大野君の言葉でやっと私は我に返った。
「それはダメだよ。私はいいから」
なんとか笑ってみせた。今の私にできる精いっぱいのことだ。
「話が終わったならふたりとも業務に戻りなさい。あぁ、佐久間は後で君が持っている資料をこちらに渡して」
「……承知しました」
これ以上大野君の前で、良介とやり取りしたくない。
まだなにか言いたそうにしている大野君の背中を押して、リフレッシュブースに向かう。
社員がひと息つくための場所で、ちょっとしたテーブルと椅子。それからお菓子や飲み物の自動販売機が置いてある。
「なに飲む?」
自動販売機の前に立ち、後ろにいる大野君を振り向く。
「俺、悔しいです! どうして佐久間さんがこの案件を外れるんですか?」
「落ち着いて、とりあえずコーヒーでいい?」
悔しそうな表情のまま、彼は頷いた。
私は二本コーヒーを買うと、ブースにある椅子に座るように大野君を促す。
彼の隣に座って、缶コーヒーを渡す。
大人しく受け取った彼がひと口飲んだのを見て、私も缶を開けた。
さてどうやって大野君を納得させればいいのだろうか。
私が彼の立場なら、同じように憤り抗議するだろう。本来ならこんな一方的なやり方が許されるはずない。
けれど良介は私に対してずっとこういう態度をとってきた。きっと今でもそれが当たり前だと思っているのだろう。
抗議するべきだというのもわかる。でもここで騒ぎを大きくしたら、私と良介の過去がみんなに知られてしまう。
知られたら仕方がないと思うが、できれは言いたくない。
「大野君の気持ちはうれしいけど、他の仕事が忙しいからちょうどよかったの。私の状況を把握してそうしてくれたのかもしれない」
できれば大野君の中にある良介の印象を悪くしたくない。これからも一緒に仕事をしていくのだ。先ほども良介は、大野君は褒めていた。前の会社でほかの社員とはトラブルなくやっていた。
ここで私が波風を立てれば、課全体の雰囲気が悪くなってしまうかもしれない。
「でも……だったら他の仕事を別の人に頼めばいいじゃないですか?」
彼はそれでも食い下がる。ここまで言ってくれてうれしい。
「ありがとう。でも他の人に迷惑がかかっちゃうから」
大野君が悔しそうにしている。
彼が私よりも良介のやり方に怒ってくれているおかげで、冷静でいられた。
「私のことでそんなに怒ってくれてありがとう。それよりも大野君、私がいなくても平気なの? 大口の案件だからミスはできるだけ少なくね」
「えっ! それは……あの、その」
目を泳がせはじめた。これまでまとっていた強張った空気が少し緩んだ。
「こっちは心配しないでいいから。大野君こそしっかりね。大変な時にはもちろん手伝うから相談してね」
私が彼の腕をポンとたたくと、まだなにか言いたそうにしていたけれど我慢したようだ。
「しっかり、頑張ります」
なんとか気持ちを切り替えた彼を見てホッとした。彼が席に戻ったのを確認して、私はそっとフロアを抜け出した。
一歩廊下に出た時点で、目頭が熱くなる。これまで抑えていた悲しみや怒りの感情がふつふつと湧きあがって、涙としてあふれ出しそうだ。
なんとかトイレの個室に駆けこんだ。その瞬間私は口元に手を当てて、漏れそうな嗚咽をなんとか堪えた。
「……っう……う」
ただ流れる涙は止められなかった。
悔しい、悔しい!
ああするしかなかったし、それでいいと思っている。でも心の中では割り切れない気持ちが暴れだしそうだ。
泣いたら気持ちが落ち着くかもしれない。そう思ったけれど私の中にできたわだかまりはそのまま胸の真ん中に居座り続けた。
またあの苦しんだ日々がやってくるのかもしれない。
でも私はあのころの自分とは違う。二年間努力をしてきた、きっと戦える。
涙を流しながら私は自分自身の中に渦巻く恐怖の感情をなんとか押さえつけてから、仕事に戻った。