バツイチですが、クールな御曹司に熱情愛で満たされてます!?
「いえ、あの本当に大丈夫ですので。大した服じゃありませんし。あの、私の服は大丈夫なので、この子のジュースをお願いできませんか? すべてこぼしてしまったんです。せっかく美味しいって飲んでいたのに」

 もしかしたら新しいジュースを飲んだら、少しは男の子の悲しい気持ちも癒されるかもしれない。

 子どもの悲しげな表情は胸が痛む。

「もちろんそれは、手配させていただきます。ですが、お客様をこのままお返しできません。こちらへお願いします」

 男性マネージャーは私をどこかに案内しようとしている。確かにここにずっといたら、他のお客様の迷惑になるだろう。私のようにゆったりとした時間を過ごすために来ている人もいるだろうし。

 あまり拒否するのも失礼になると思い、お言葉に甘えて彼についていくことした。

 ラウンジから出る時に男の子に手を振ると、彼もこちらに手を振ってくれた。その顔に笑顔が見えてホッとした。どうかあまり気にしないでほしい。

 そう思いながら、案内されるままついていく。


 案内されたのは、別棟の最上階にある特別広い部屋……多分スイートルームだろう。ベッドルームがふたつ、ダイニングやバーカウンターまである。
 
ふかふかの絨毯に足を取られそうになりながら、スタッフにバスルームに案内される。

「こちらでシャワーをお使いください。着替えは女性スタッフに届けさせますので」

 気遣いはうれしいけれど、少し大袈裟ではないだろうか。

「いえ。あの、そこまでしてもらわなくても大丈夫です。あの場で話をしていると他の人の迷惑になる手前、ここについてきちゃいましたが」

「それでは私が上司にしかられてしまいます。どうか助けると思ってこちらの申し出を受けてもらえませんか?」

 困ったような笑顔を向けられてしまうと、頑なに断る方が迷惑に思えてきた。でもさっき名札には【八神(やがみ)】という名前とともに、マネージャーって書いてあったはず。それなのに上司に叱られちゃうの?

 疑問に思うこともあるが、確かに少しべとついている腕を綺麗にしたい。この後、一軒寄るところがある。

「ではお言葉に甘えます」

 私の言葉に彼は、ホッとしたように微笑んだ。

 それを見てこれでよかったんだと思う。それにこんな素敵な部屋で過ごすなんてめったにないことだ。

「どうかゆっくりとお寛ぎください」

「はい、ありがとうございます」

 私が受け入れたことに安心したのか、八神さんは部屋を出ていった。

 初めてのスイートルームだから本当はあちこち見て回りたい気がするけれど、シャワーを借りるだけなのであまりのんびりしていられない。

 逆に迷惑になってしまったら申し訳ないもの。

 まっすぐに向かったシャワーブースには、有名ブランドのシャワージェルやシャンプーなどが置かれており、せっかくだから全部堪能したかったけれどこのあと予定もあるので軽くシャワーだけ浴びる。立派なバスタブに浸かってゆっくりしたい気持ちもあるが、それはまたいつか。

 ボーナスが出たらこのホテルで絶対ホカンスしよう!

 シャワーブースを出ると洋服が届いていた。箱に入っているが私でも知っている高級ブランドのものだ。

「なんでこんな高いものを」

 ちょっとした親切の見返りにもらっていいものではない。

 どうしたものかと迷っていると、部屋がノックされた。

「八神です、ご不便はございませんか?」

 どうしよう……八神さんにバスローブ姿を見せるわけにはいかない。かといって無視するわけにもいかず。

 私は苦肉の策でドアガードをしたまま少しだけ扉を開けて対応する。

「あの……用意していただいた洋服なんですが、私には分不相応みたいです。できれば着ていた洋服を戻してほしいんですが」

 まだ箱から出してもいないので、返品は可能なはず。

「お気に召しませんでしたか?」

 わずかに沈んだ声に、申し訳なさを感じる。

「いえ、違うんです。お気遣いは大変ありがたいんですが……私、あんな高級な服を着たことがなくて」

 すらっとした長身で顔が小さくて手足が長いモデルがこのブランドを着こなしているのを、雑誌で見た。

 それに比べて私は、身長百五十八センチ。忙しいとときどき食事を抜いてしまうせいか最近お肌の調子が悪い。おしゃれに興味がないわけではないけれど、二十八歳になった今、昔ほど美容に時間をかける時間はない。

 仕事を言い訳にしてはいけないと思いつつ、最低限の手入れしかできていない。唯一手をかけているのは、背中まであるストレートの黒髪。トリートメントとブラッシングだけはきちんとするようにしている。

 高級ブランドの洋服は、そんなちょっと女性としては残念な感じの私の身の丈に合っていない。自分で言うのは気が引けて言わなかった。
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