バツイチですが、クールな御曹司に熱情愛で満たされてます!?
「ご迷惑でなければぜひお着替えください。お客様の洋服はすでにクリーニング業者に出してしまいましたので」

「そう……ですか。わかりました」

 では覚悟を決めて、準備された洋服を着るしかない。

 似合うはずがないとわかっている洋服を着て、その姿で人前に出るのに気が引ける。

「はい。ではお着替えが済んだ頃に、またまいります」

 八神さんが去っていったので私は仕方なく着替えた。

 箱を開けて中からワンピースを取り出す。

「わぁ、素敵」

 肌触りのいい生地だ。白地に藍色の花がプリントされており、目にも涼しく今の時季にぴったりだ。ブランドのイメージからもっと華々しい雰囲気を予想していた私は、意外性に驚くとともに、選んだ人のセンスに感心する。

 ちゃんと私でも着られそうなものを選んでくれてる!

 私はさっそくちょっとうきうきしながらワンピースに袖を通した。

「かわいい~」

 さっきまでは分不相応だなんて思っていたのに、実際に身に着けると思わず感嘆の声をあげた。

 鏡の前でくるりと回ってみる。柔らかなスカートが軽やかに翻り、私の心も跳ねる。

 数分後チャイムが鳴り、私はすぐに扉を開けた。

 部屋入ってきた八神さんが、私の様子を確認してにっこりと微笑んだ。

「お着替えの方も問題がないようで安心しました」

「問題なんてまったくないです! すごくかわいくてありがとうございます」

「お客様に似合いそうだったので、手配させていただきました」

 彼の言葉に驚いた。

 一流のホテルマンとなると、顧客の要望に応えるためのセンスもそなわっているようだ。
「わざわざ選んでくださったんですか? すごく素敵で選んでくれた人のセンスが素晴らしいと思っていたんです」

 思わず興奮して、身に着けた時の感動を伝えてしまった。

「女性スタッフに任せた方がいいかと思ったのですが、時間がございませんでしたので。安心いたしました」

「先ほどは着るのを拒否してすみませんでした。こんなに素敵なら早く着るんだった。こういうのって……あの、怪我の功名っていうんですかね?」

「お詫びの品なのにそんな風に気を使ってもらって申し訳ないです」

 恐縮しながらも微笑む彼の柔らかい笑みに思わず惹きつけられる。うっかり胸をときめかせてしまって、そんな自分を慌てて現実に目を向けさせる。

「いえ、あの。ここまでよくしてもらったのでもう本当に大丈夫ですので。この洋服代もお支払いしますから。えーと」

 私はバッグを探して自分の名刺を差し出す。

「佐久間伊都と申します」

「ご丁寧にありがとうございます。私は八神恭弥(きょうや)です。こちらでマネージャーとして働いております」

 今考えてみたらそんな責任者が出てくるほどの騒動になっていたのだと、申し訳なさが募る。本来なら、その場でやりとりして終わりのはずなのに、こんな待遇までしてもらって……。

「あの、ご迷惑をおかけしました」

 改めて謝罪する。

 自分から子どもを見ておくと言ったのに、結果こういう事態を引き起こしてしまった。起こってしまった後だって、さっとあの場を辞すれば済んだ話だったのに。

「いえ佐久間様は、人助けをしただけです。本来ならば私どもがお客様のお手伝いをする立場にあるのに。お礼を申し上げます」

「そんな、とんでもないです」

 私は頭を左右に振って否定した。

 八神さんはテーブルに近付き、椅子を引いてこちら見る。

「お茶を用意させていただきました。どうぞおかけください」

 遠慮すべきなのかもしれないが、彼が押してきたワゴンには茶器とお菓子が用意されていた。すべて断るのもなんだか相手に失礼な気もするし、せっかくのお茶がダメになるのはもったいない。

 いろいろしてもらうのは、これで最後にしよう。これ以上は本当に過度な対応だ。

 お茶請けのパイと紅茶がテーブルに置かれた。紅茶は八神さんが手ずから淹れてくれたものだ。その所作も美しく洗練された動きに目が釘付けになった。

 テーブルに置かれたカップからは、柔らかな湯気と一緒にさわやかな香りが立ちのぼった。

「いただきます」

 はぁ、美味しい。

 トラブルでばたばたしていたけれど、大好きな紅茶を飲んだらリラックスできた。

「美味しいです」

「それはよかったです。先ほども紅茶でしたので別のものをお持ちしようと思ったのですが」

「いいえ、私ここの紅茶がすごく好きで。それでここに通っているんです。ですからいくらでも飲めちゃいます」

「自慢の紅茶ですので、そう言っていただけるとうれしいです。あと、こちらを――」
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