バツイチですが、クールな御曹司に熱情愛で満たされてます!?
 彼が差し出してきたのは、オーダーしていた持ち帰り用の茶葉だ。

「わざわざありがとうございます。帰りに立ち寄ろうと思っていたんです」

「これを見て、おそらくこの紅茶をお持ちするのが一番だと思いまして」

 こういうところまで気が付くのは、さすがホテルマンだ。

 そしてそれに添えられる、笑顔が眩しい……。

 うっかりするとついつい見とれてしまう。ここまでカッコいい人はなかなかお目にかかれないとはいえ、あまり見すぎるのは失礼だ。いつまでも見ていられそうだけれど、私は無理やり意識を別に向けた。

「お支払いを――」

 私がバックを探しながら、立ち上がろうとしたら軽く制止された。

「これはわたくしどもの気持ちですので、今日はそのままお受け取りください」

「でもこれは、最初からお願いしていたものなので、払います」

 ありがたいけれど、あまりにもあれこれしてもらいすぎている。

「いいえ、心ばかりのものですのでそのままお納めください」

 ほほ笑むその姿は美しいのに、どうしてだか妙な圧があって断れそうにない。

「わかりました。ありがとうございます」

 結局、彼におされて紅茶も受け取ってしまった。

 よかれと思ってした行為だったのに、ここまでしてもらっては逆に迷惑をかけたのではないかとすら思える。ホテル側にはなんら落ち度がないのに。

 これ以上、長居しないほうがいい。

 私は紅茶を飲み干して、ソーサーにカップを置く。

「もうお礼は十分していただきましたので。そろそろ失礼します」

 ゆっくりと立ち上がり、バッグをどこに置いたか目で探す。

 すると先に見つけた彼が、私のところに持ってきてくれた。

「お時間があるようでしたら、私から個人的にお礼をしたいと思ったのですが」

「とんでもありません。お礼はもう十分いただきましたので」

 にっこりと微笑まれてドキッとしたが、紅茶を飲んだら帰ると決めていた。

 先ほど名刺を[希鈴28]渡したので、クリーニングが仕上がったら連絡をもらって取りに来よう。

「突然で驚かれるのも無理もないとは思います。ただ――」

「ごめんなさい、私もう行かないと。お団子屋さんが閉まっちゃうので。失礼します」

 一瞬目を見開き、驚いた顔をする彼。その隙をついて出口に向かって歩きだした。ここまで強引にしないと、意思の弱い私[希鈴30]は好奇心に負けて彼にふらっとついていってしまいそうだ。

「あ……では下までお見送りを」

「いえ! 大丈夫です。クリーニングは仕上がりましたらご連絡ください。フロントにでも預けておいてもらえたら、後日取りに来ます」

 私はそう言うと、すぐに部屋を後にした。

 歩きながら冷静になる。〝個人的〟ってどういう意味だったんだろう。考えてみてもあまりよくわからない。先ほどホテルからは十分なお礼をしてもらった。本来なら過剰なほどだ。

 ホテルで起きた出来事まで〝個人的〟に責任を感じるなんて。八神さんの仕事にかける情熱はすごい。

 ロビーまで出てふと時計が目に入る。

「嘘……もうこんな時間」

 私はまだ陽射しが眩しい通りを歩いて、急いで目的地に向かった。



「遅くなってごめんなさい」

 閑静な住宅街の一角にある、一軒の平屋。手入れされた玄関の引き戸を開けて声をかけると友人、川渕環(かわぶちたまき)さんが出迎えてくれる。

「いらっしゃい、待ってたわよ」

 友人といってもかなり歳が離れている。年明けに七十歳になった友人とは、月に数度こうやって顔を合わせるようになって一年ほど経っていた。

「あらあら、汗かいているじゃないの。ほら早く中に入って」

「おじゃまします」

 日傘をたたんで玄関先の傘立てに入れ、靴を揃えて中に入る。

 年季が入っているけれど立派な平屋の一戸建ては、掃除も綺麗に行き届いており、玄関の一輪挿しにはヒメヒマワリが生けてあった。

 丁寧な生活をしている彼女の家は、本当に心地いい。

 いつか自分もこんな暮らしをしたいとひそかに憧れている。

「ほら、こっちに座って」

 扇風機の前の席を勧められて、遠慮なく座らせてもらう。

「はぁ、生き返る」

 汗で張りついていた前髪が風になびいた。

「はい、これ。麦茶よ」

「ありがとうございます」

 氷の入ったよく冷えた麦茶をいただくと、ようやく体の熱が引いた。

「やっと落ち着きました。夕方なのにまだまだ陽射しがきつくて」

「そうね。昼間なんかとてもじゃないけど外は歩けないわ」

 確かに齢七十を超える婦人にとって、この夏の猛暑は外に出るだけで体に堪えるだろう。

「なにかあったら大変ですからね。急がないお使いなら私が行きますから。と、いうことでこれをどうぞ」
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