バツイチですが、クールな御曹司に熱情愛で満たされてます!?
会社の名刺を渡したのは、私がどこの誰かわかった方が安心すると思ったからだ。純粋な親切心だけれど、押しつけになってはいけないと、環さんから連絡があった場合だけ対応したほうがいい。
『ご丁寧にありがとう」
にっこりと笑う様子を見て、私は上がり框から腰を上げた。
『いいえ。では私はこれで』
『あら、もう行っちゃうの?』
社交辞令でもそう言ってもらえると、うれしい。
『はい、これからまだ会社に戻って仕事をしなくちゃいけないので』
実は直帰の予定だが、あまり長い時間居座っても悪いので、この辺で切り上げる。
『あらそう。本当にお電話していい?』
その表情に、亡くなった育ての親でもある祖母の顔が思い浮かぶ。
『もちろんです。ぜひ』
その日のやり取りを忘れかけた二カ月後……環さんから電話で連絡があった。
最初の半年は玄関先でお茶を受け渡すだけ。なにがきっかけか忘れてしまったけれど、気が付けばご自宅に上がらせてもらっておしゃべりを楽しむようになっていた。
心身ともに疲れ切っていた私は、彼女と過ごすことで温かい気持ちになれた。
人には理解されづらいかもしれないが、年の離れた環さんとの交流は私の人生においてとても大切な時間なのだ。
「伊都ちゃん、今日はなんだか雰囲気が違うわね」
お団子を食べながら環さんが指摘する。
「するどいですね。実はちょっとトラブルがあって、このお洋服を着たんですけど」
「そうだったの。てっきりこの後デートかと思ったのに」
デートという単語を聞いてなぜか八神さんの顔が思い浮かんだ。
どうして今、彼が思い浮かんだのかしら。不思議に思いながら環さんの言葉を否定する。
「そんなはずないじゃないですか。それに私はもう恋愛はいいかなって」
「そう……もったいない。こんなにかわいいのに」
「そう言ってくれるのは環さんだけだよ。今日はたまたますごいイケメンが魔法をかけてくれただけ」
自分では選ばない洋服。今までの自分とは違う一面を見られたのは彼のおかげだ。
「その彼に恋しそう?」
「まさか。それはないわ。残念だけど。私は仕事が恋人だから」
笑ってごまかしながら私は串に残っていた最後のお団子を食べた。
恋愛……かつての私は人並みに恋を経験してそれなりに幸せだった。でも今の私にとっては必要のないものだ。
あんな思いは、もう二度としたくない。
暗い過去がよみがえりそうになり、私はそうなる前に心にふたをした。
「私そろそろ帰るね」
楽しい時間はあっという間だ。ここに来てすでに一時間以上経過している。
「あら、ごはん食べていかない?」
「うれしいけど、実は今お腹がいっぱいで……」
昼からあれこれ食べてばかりの私のお腹はすでにパンパンだ。
「じゃあ詰めてあげるから、持って帰りなさい。牛肉のしぐれ煮作りすぎちゃったの」
「いいんですか!? 私、環さんのしぐれ煮大好きなんです。明日のお弁当に入れよう!」
環さんの作るごはんは、丁寧で優しい味がする。
「うれしいこと言ってくれるわ。今すぐ準備するわね」
キッチンに向かう環さんの背中を見て、穏やかなこの時間を大切にしたいと心から思う。
駅から十分。十階建てのマンションの五階の角部屋が私の部屋だ。
築十年だけれど二年前の入居時にはリフォームされており、快適に暮らしている。
扉を開けると、玄関においてあるポプリの香りが鼻をかすめる。
「ただいま」
誰もいない部屋に、私の声が響く。
「あ……」
その時になって、環さんの家に日傘を忘れてきたのに気が付いた。
また今度でいいかと思いつつ、冷蔵庫に環さんからもらったタッパーを入れてから、部屋着に着替えた。
脱いだ洋服はしわにならないようにハンガーにかける。それをソファに座って眺めていると、今日の出来事が頭に浮かんできた。
あの子あんまり気にしていないといいな。
ジュースをこぼしたのはわざとじゃなし、子どもならよくある。私としてはやりすぎだというくらい、お礼をしてもらった。
それに今日の最終目的である、環さんへのお届け物も無事渡せたし。
環さんの家は心地いい。高齢女性の独り暮らしだけれどよく手入れされている。環さんが亡き旦那様と過ごした家を、大切にしているのが伝わってくる。あちこちに、大切な思い出があるのだろう。
同じ独り暮らしの私の部屋とは違う。
温かい思い出はないけれど、それでも私にとっては大切な場所だ。
失意の中で暮らし始めたこの部屋は、私を守る殻のようなものだ。ここにいる間は強い自分でなくてもいい。
外ではしっかりしていないと、いつまでもかわいそうだと思われたくないし、思いたくない。
今時、離婚なんてよく聞く話だ。
『ご丁寧にありがとう」
にっこりと笑う様子を見て、私は上がり框から腰を上げた。
『いいえ。では私はこれで』
『あら、もう行っちゃうの?』
社交辞令でもそう言ってもらえると、うれしい。
『はい、これからまだ会社に戻って仕事をしなくちゃいけないので』
実は直帰の予定だが、あまり長い時間居座っても悪いので、この辺で切り上げる。
『あらそう。本当にお電話していい?』
その表情に、亡くなった育ての親でもある祖母の顔が思い浮かぶ。
『もちろんです。ぜひ』
その日のやり取りを忘れかけた二カ月後……環さんから電話で連絡があった。
最初の半年は玄関先でお茶を受け渡すだけ。なにがきっかけか忘れてしまったけれど、気が付けばご自宅に上がらせてもらっておしゃべりを楽しむようになっていた。
心身ともに疲れ切っていた私は、彼女と過ごすことで温かい気持ちになれた。
人には理解されづらいかもしれないが、年の離れた環さんとの交流は私の人生においてとても大切な時間なのだ。
「伊都ちゃん、今日はなんだか雰囲気が違うわね」
お団子を食べながら環さんが指摘する。
「するどいですね。実はちょっとトラブルがあって、このお洋服を着たんですけど」
「そうだったの。てっきりこの後デートかと思ったのに」
デートという単語を聞いてなぜか八神さんの顔が思い浮かんだ。
どうして今、彼が思い浮かんだのかしら。不思議に思いながら環さんの言葉を否定する。
「そんなはずないじゃないですか。それに私はもう恋愛はいいかなって」
「そう……もったいない。こんなにかわいいのに」
「そう言ってくれるのは環さんだけだよ。今日はたまたますごいイケメンが魔法をかけてくれただけ」
自分では選ばない洋服。今までの自分とは違う一面を見られたのは彼のおかげだ。
「その彼に恋しそう?」
「まさか。それはないわ。残念だけど。私は仕事が恋人だから」
笑ってごまかしながら私は串に残っていた最後のお団子を食べた。
恋愛……かつての私は人並みに恋を経験してそれなりに幸せだった。でも今の私にとっては必要のないものだ。
あんな思いは、もう二度としたくない。
暗い過去がよみがえりそうになり、私はそうなる前に心にふたをした。
「私そろそろ帰るね」
楽しい時間はあっという間だ。ここに来てすでに一時間以上経過している。
「あら、ごはん食べていかない?」
「うれしいけど、実は今お腹がいっぱいで……」
昼からあれこれ食べてばかりの私のお腹はすでにパンパンだ。
「じゃあ詰めてあげるから、持って帰りなさい。牛肉のしぐれ煮作りすぎちゃったの」
「いいんですか!? 私、環さんのしぐれ煮大好きなんです。明日のお弁当に入れよう!」
環さんの作るごはんは、丁寧で優しい味がする。
「うれしいこと言ってくれるわ。今すぐ準備するわね」
キッチンに向かう環さんの背中を見て、穏やかなこの時間を大切にしたいと心から思う。
駅から十分。十階建てのマンションの五階の角部屋が私の部屋だ。
築十年だけれど二年前の入居時にはリフォームされており、快適に暮らしている。
扉を開けると、玄関においてあるポプリの香りが鼻をかすめる。
「ただいま」
誰もいない部屋に、私の声が響く。
「あ……」
その時になって、環さんの家に日傘を忘れてきたのに気が付いた。
また今度でいいかと思いつつ、冷蔵庫に環さんからもらったタッパーを入れてから、部屋着に着替えた。
脱いだ洋服はしわにならないようにハンガーにかける。それをソファに座って眺めていると、今日の出来事が頭に浮かんできた。
あの子あんまり気にしていないといいな。
ジュースをこぼしたのはわざとじゃなし、子どもならよくある。私としてはやりすぎだというくらい、お礼をしてもらった。
それに今日の最終目的である、環さんへのお届け物も無事渡せたし。
環さんの家は心地いい。高齢女性の独り暮らしだけれどよく手入れされている。環さんが亡き旦那様と過ごした家を、大切にしているのが伝わってくる。あちこちに、大切な思い出があるのだろう。
同じ独り暮らしの私の部屋とは違う。
温かい思い出はないけれど、それでも私にとっては大切な場所だ。
失意の中で暮らし始めたこの部屋は、私を守る殻のようなものだ。ここにいる間は強い自分でなくてもいい。
外ではしっかりしていないと、いつまでもかわいそうだと思われたくないし、思いたくない。
今時、離婚なんてよく聞く話だ。