バツイチですが、クールな御曹司に熱情愛で満たされてます!?
第二章



第二章 敵か味方か

 もう何日自宅で眠っていないのか。

 わずかに渋滞した街中を、車を走らせふと考えた。

 しかしすぐに意味のないことだと考えるのをやめる。この仕事をしていたらホテルが自宅のようなものだ。

 いつものことなので問題はない。そんなことを言えばこれから行く先にいる人物は「早く帰って寝なさい」と俺を叱咤するに違いないけれど。

 目的地に車を停める。周囲を確認してから中に入る。

「環さん、いる?」

 預かっている鍵を使って解錠した玄関の引き戸を開け、靴を脱ぎながら声をかける。

「もうお祖母様と呼びなさい。三十五にもなって礼儀もわからないのかしら」

 中から顔を出した祖母の元気そうな顔を見てホッとする。

「ここに来る時くらいはいいだろう。誰か来てたのか?」

 玄関に見慣れない紺色の日傘がある。

「あら、忘れていったのね。ほら、前に言ったでしょう。かわいいおい友達ができたって。その子がさっきまで来ていたの」

「なるほどな」

 興味がないふりをして部屋に入る。日傘の持ち主の予想はついたがそれについては今は深く尋ねないようにした。

「食事は?」

「いらない。ちょっと顔を出しただけだから」

「そうなの」

 祖母の少しさみしそうな顔を見たら、申し訳なくなる。本当ならもう少し時間を取りたいが、あいにくそんな時間はない。

『八神ホールディングス株式会社』。グランドオクト東京を始めとしたホテル事業を中心としたグループ企業だ。

 数年前にそのホテル事業を父親から引き継いて、社長として一挙に手掛けている。

 会長となった父からは好きに経営すればいいと任されたけれど、やりがいとプレッシャーを感じる日々だ。時間の許す限り仕事に没頭するのは嫌いじゃない。だからこそこうやってリラックスする時間がなによりも大切だと自覚している。

「それならお団子食べる? いただきものがあるの」

「あぁ、頼むよ」

 キッチンから声をかけられて返事をしながら、部屋に変なものが増えていないか、またなくなったものがないか確認した。

 この家に住む川渕環は、俺の祖母だ。

 祖父の後妻として八神家に嫁いできた。そして祖父亡き後は、八神とは一線を引いて生活している。

 相続したのも祖父と暮らしたこの家と、どうしてもと祖父が言い張ったわずかな資産だけだった。

 苗字も結婚前のものに戻している。それが祖母の決意の表れのようで潔い祖母だと改めて実感した。

 ただわずかな資産といっても、戦前から栄え続けている八神家と、一般家庭との差は大きい。

 しっかりしているとはいえ、もう七十歳だ。

 資産のある老人のひとり暮らし。悪事を働こうとする輩にとっては、祖母はよいターゲットだったのだろう。巧みな話術に騙された祖母をすんでのところで助けられた。

 しかしそのあとの祖母の落ち込みようがひどかった。しばらく食事もあまり採れなかったようで、その姿を見ているのがつらかった。

 立ち直るまでずいぶん時間がかかった。もう二度とあんな姿は見たくない。

 だからこうやって、祖母の周囲にいる人物のチェックは怠らないし時間が空いた時には顔を見せるようにしているのだ。

 いや、もちろん俺が祖母といて落ち着くというのも理由のひとつだけれど。生まれた瞬間から八神家の跡取りとしての立場を背負った俺にとって、家でも気が休まる時間はほとんどなかった。

 俺が中学に上がった年、祖父と環さんが結婚をした。

 彼らはつねに背伸びをしている俺が、子どもらしくあることを喜んでくれた。そのせいか、祖父が亡くなった今でも環さんのところでは、普段身にまとっている緊張感や責任感を脱いでリラックスできる。

「はぁ」

 疲労のたまった体で畳に横になると、心身ともに軽くなる。目をつむって深呼吸すると畳のいい匂いがした。

「本当、ここに来たら恭弥はお行儀が悪くなるわね」

「いいだろう。落ち着くんだ」

 実家である八神の家は、都内でも有数の高級住宅街にあり設備も広さも十分。誰が見ても立派だが、この祖母の家で感じる安らぎは得られない。
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