バツイチですが、クールな御曹司に熱情愛で満たされてます!?
 ここの方がより〝安らぎ〟を感じる。だから小さな頃から、嫌なことがあるとここに逃げ込んでいた。

 両親に問題があったわけではない。しっかりとした教育を施し、周囲から見れば羨ましい限りの環境を与えてくれた。しかし俺が求めたものがそれではなかったというだけだ。

 多少ビジネスライクではあるものの、今でも両親との関係は良好だ。

「こんなおばあちゃんのところじゃなくて、かわいい女の子のところに行きなさいよ。癒してくれる彼女もいないの?」

「別にいいだろう。俺はここが好きなんだ」

 寝返りを打って祖母を見る。するとあきれたような顔の下で喜んでいるのがわかる。

「ほら、食べなさい」

 祖母が運んできた皿とお茶を受け取る。

「ありがとう」

 黒檀の座卓に置いて、ひと口食べる。

「お、いける」

 なるほど、これが彼女が言っていた〝お団子〟か。

 とろりとしたあまじょっぱいみたらしあんが、柔らかい団子によく合う。

「でしょう? 少し硬くなってしまったけれど、それでも十分美味しいわよね?」
 祖母はニコニコと上機嫌だ。
「どこの店の?」
「さぁ? お友達が持ってきてくれたものだからわからないわ。今度聞いておくわね」

「お友達ねぇ」

 俺の含みのある言い方に、祖母は嫌な顔をする。

「あのね、私のお友達をそんな風に怪しむのはやめてちょうだい」

「別になにも言っていないだろ」

 俺の反論に、祖母は目を三角にして怒る。

「いいえ、顔に書いてあるわ。あなたが私を心配しているのはわかっているけれど、失礼じゃないの」

「だったら、独り暮らしなんかやめて、八神の家で暮らせばいいだろう」

 家族が祖母を拒否しているわけではない。ただ祖母は後妻という立場から遠慮があるようだ。

「私はあの人の思い出があるここがいいの。もう老い先短いんだから、好きにさせてちょうだい」

「そんな言い方しないでくれよ」

 顔を覗き込み、様子をうかがう。

「本当に伊都ちゃんはいい子なの。もしだまされたとしても、私はかまわないわ」

「わかった、わかったから」

 祖母の〝伊都ちゃん〟へのすさまじい肩入れにあきれる。

 なぜそこまで、彼女を気に入ったのだろうか。

 頭の中にある彼女の情報を思い浮かべる。

 佐久間伊都、二十八歳。一年前くらいから祖母の家をたびたび訪問しているのを知って、懇意にしている調査会社を使って調べさせた。

 IT企業、『()(かど)システムズ株式会社』営業担当。主に国内企業へのルート営業や官公庁への入札がメインの仕事のようだ。

 レポートにはまじめで優秀と書いてあったが、紙面上でわからないこともある。とくに人は金が絡むと周囲の想像がつかない事態を引き起こすのは珍しくない。

 祖母から聞いた話では、困っていたところを助けてもらったという話だったが、親切にしてターゲットに近付くのは詐欺師の常套手段だ。

 うちのホテルのカフェラウンジに出入りしているのは知っていたが、これまで顔を見る機会がなかった。

 本当に今日たまたまトラブルに巻き込まれた彼女と接触できた。問題がなければ放置しておこうと思っていたけれど、せっかく相手を知るチャンスだと近づいた。

 それに祖母があまりにも彼女に肩入れするので、どんな人なのかと興味があったとういうのも理由のひとつになるだろう。

 話をしてみたところ、向こうから感じる俺に対するよこしまな気持ちは感じられなかった。

 他人から向けられる気持ちを察するのは得意だ。期待に満ちた感情はとくにわかりやすい。物心ついた時には、目的はさまざまだが誰もが俺に取り入ろうとしていた。

 誰もがうらやむ家に生まれ、美しいと表現さえる容姿。周囲からすれば羨望を向ける対象であろうが、俺にとっては煩わしいものだ。

 それを誰かに伝えても理解してもらえないことは、これまでの経験上よくわかっている。

 誰もが様々な思惑を持って近づいてくる。最初はそうでなくても、長い時間を一緒にすごせば俺の価値を利用するようになる。これまでの人生で〝人間とはそういうものだ〟という結論に至っていた。

 彼女もきっとその他大勢と一緒だ。だからこちらから接近するのはたやすいと思っていた。

 だから小さな罠をしかけてみた。スイートルームとブランドの洋服を用意し、手ずから紅茶を提供した。しかしどれに対しても、喜んでいるものの食いついてくるという感じではない。最後の食事の誘いは断られる始末だ。

 俺と一緒にいるよりも、お団子を買いに行く方を優先した。
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