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「良かった。それじゃそのことは奈央君のトラウマには?」

「奈央のトラウマにはなっていない。だが・・・・」

「美里さんのトラウマになってしまったのね。」

「ああ。そうだ。元々(もろ)い美里の繊細な心が壊れてしまった。」

そう言って湊は両手で顔を覆った。

「美里の罪悪感はいつまで経っても癒えることはなかった。私は母親失格だ・・・もう奈央に合わせる顔がないと泣き続け、長らく部屋に閉じこもってベッドに横たわっていた。食事もろくに喉を通らずで・・・。それが・・・ある日突然スイッチが切り替わったように元気になった。食欲も元に戻った。そして執筆活動を精力的に復活させた。それは気味が悪いほどの変わりようだった。・・・そう、言葉通り美里は変わってしまったんだ。美里という人格が消えた木之内惣という人間に。」

「・・・・・・。」

「それでも最初の頃はすぐに木之内惣から連城美里に戻って来たんだ。だが・・・忙しくなるにつれ、木之内惣の人格である時間が長くなり・・・ここ3年はずっと木之内惣のままだった。自分が美里だった頃の記憶は消え、奈央の存在も忘れ・・・。」

「・・・・・・。」

「俺は奈央から美里という母親を奪ったんだ。そればかりか今でも木之内惣の執筆活動を担当編集者として支え続けている。美里の人格が戻ることより、木之内惣の小説家としての才能を俺は選んだんだ。奈央にとって最低な叔父だ。だからせめて奈央をしっかり育ててやりたい、そう思って今日まで過ごしてきた・・・。」

「奈央君には、家へ帰ってこない美里さんのことをなんて説明しているの?」

「遠くの療養所で病気を治すことに専念している、と伝えてある。奈央がどこまでその話を信じているかはわからないけどな。」

「・・・・・・。」

「渚は俺が奈央の為に作るスイーツを愛だと言ったそうだな。それは愛なんかじゃない。贖罪だ。」

「そんなことない。経緯はなんであれ、奈央君の為に精魂込めて作っていることに変わりはないもの。並大抵な気持ちでは続けられないことよ?」

「・・・・・・。」

渚の言葉に、湊は否定も肯定もせず、ただ頭を横に振った。








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