転生したら竜の花嫁⁉ ~雨乞いの生贄にされた私を捨てられた女なら丁度良いと竜が拾いに来ました~
「ス、スーツ……」

 その神々しいアイテムに、私はよろめいた。
 焦げ茶色の革靴を履いたレフィーは、同じく茶系の無地なスラックスを穿き、揃いの上着に袖を通しているところだった。中の白いワイシャツもピシッと着ているが、青いネクタイはまだ首に掛けただけの状態だ。
 レフィーのいつもは下ろしている髪は、一つに括られて右肩に流されている。彼が私の前で少し屈んだことで、その紫の髪の房がサラリと揺れた。

「ミア。私のネクタイを締めて下さい」
「わ、わかったわ」

 変な声が出そうになったのをギリギリ抑えて、頷く。
 私が持っていた服をレフィーがいったん預かってくれて、私は空いた手で彼のネクタイに触れた。

(これはいい社長。これは間違いなく、高層ビルの最上階から地上を見下ろしている社長……!)

 打ち震えながら、レフィーのネクタイを締める。
 この世界に転生してからは初体験だが、私がネクタイの締め方を忘れるなんて有り得ない。しっかり一発で綺麗に決まった。
 前世では、男装したコスプレイヤーの友人のものしか締めたことがなかったのに。そんな私が夫のネクタイを締めている……何という感動!
 一歩下がり、完成したエリート社長を上から下まで眺める。
 下から上へと眺める。
 左から右へ、右から左の角度も忘れない。
 ()(かん)(あお)りも欲しいところだが、そこは妄想でカバー。

「眼……福……‼」

 この世界に生まれ変わって以来、スーツに飢えていたという背景もあり、私の興奮は最高潮に達していた。

(こ、呼吸が……夫に、萌え殺される……っ)

 よもやまさかこのファンタジー世界で、こんな光景を目にする日が来ようとは。
 それにあの店なら、これに続く新作も期待できそうではないか。オフィスラブをこの世界にも広めたいという、私の密かな野望を叶えてくれそうではないか。
 夢が……広がる‼

「ミアも着替えて下さい」
「えっ、あ、そう、そうね」

 祈りのポーズを決めている場合ではない。レフィーの言う通りだ。私自身もこの壮大な企画に参加しなくては。

「着ている服を脱いだら、こちらに渡して下さい。それまで事務服はこのまま持っていますので」
「うん。……うん?」

 今日の私の服装は、若葉色のマキシ丈シャツワンピース。ちんまりした白いボタンを上から三つ外したところで、私は、はたと手を止めた。

「なんでエレベーターで着替え……?」

 ここは家の庭である。つまりすぐそこに着替えるに適した室内という場所がある。
 何故、着替えてから乗らなかった。そんなに一刻も早くエレベーターを見せたかったのか。
 まあこれほどの大発明なら、それも納得――

「ああ、ミアの着替えが見たかったからです」
「ふぁっ⁉」
「ここだと隠れようがないので」
「……ああ、うん」

 台詞だけなら、私のあられもない姿を見たいように聞こえる。が、ことレフィーに関しては、違うとわかる。彼は(ひとえ)に、この事務服をどうやって着るのかが知りたいだけだ。
 服が本題と言ってはいたが、本当に大発明なエレベーターの方が前置きだった……。
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