転生したら竜の花嫁⁉ ~雨乞いの生贄にされた私を捨てられた女なら丁度良いと竜が拾いに来ました~
(シクル村……)
竜の姿になったレフィーが、シクル湖のほとりへと降りる。その背に乗っていた私が降りると、彼は人の姿に変わった。
シクル湖の水面は、これまで見たことがないほどに近くなっていた。旱魃で少なくなっていなければ、溢れ出していたかもしれない。
まだ、雨は止んでいない。あの後、エレベーターで私はレフィーに雨を止めて欲しいとお願いした。でも、彼はそれを頑として聞き入れてはくれなかった。
それでも数時間粘り、村を訪れることだけは何とか了承させた。大分、渋々といった感じではあったが。
シクル湖に面した広場に、置きっ放しの楽器が見えた。広場の中央に立つ大樹の前に敷かれた、儀式参列者用の絨毯もあの日のままだ。
あの日と同じく、激しい雨が降っている。
あの日と同じく、私とレフィーだけが景色から切り取られたように濡れずにいた。
竜に変わるため、レフィーはもう普段の服に戻っていて。事務服のままでいる私とのちぐはぐな感じが、今の彼との距離感に思えた。
ぬかるんでいる土の道を歩けば、パンプスの踵が沈む感触がする。けれどそれだけで、泥が靴を汚すことはなかった。
「誰もいないの……?」
家が並ぶ道に入ってしばらく、まったく感じない人の気配に、私は歩く速度を速めた。
「誰か、いませんか?」
家の中に籠もっているのかもしれない。私は手近の家の玄関まで行き、扉を叩いた。
行儀が悪いと思いながらも、扉に耳を当てて中の様子を窺う。
反応が無ければ、次の家へ。また無ければ、その次の家へ――
「……おそらく、いませんよ。ミア」
どんどんと早くなる私の足を、ずっと後ろを付いてきていたレフィーの一言が止めた。
「先日、王都へ服を受け取りに行った際に、ここは廃村が決まったことを耳にしました。異常事態の末の廃村でしたので、こんな小さな村でも噂に上っていたんです」
「廃村……?」
一段高くなった玄関の敷石から、レフィーを振り返る。彼は玄関アプローチの中頃に立ち、私を見ていた。
「旱魃に次いで長雨に見舞われたことで人口の流出が止まらず、そうなったようです。ここは既にシクル村ではなく、この辺り一帯は国が管理する平野扱いになっています」
「皆、引っ越した……ってこと?」
「そうでしょうね。もともと旱魃のときに、備えていた人間が多くいたのでしょう。だから行動が早かった。大人しくこの地で死ねばいいものを……忌々しい」
レフィーが根腐れした花壇の花を見下ろしながら、吐き捨てる。
(レフィー?)
シクル村の人々に対し、殺されればいいと言い、今もこの地で死ねばよかったのにと口にしたレフィー。額面通りに受け取れば、冷酷な言葉に聞こえる。けれどそこに何か、違和感を覚えた。
レフィーはいつも、飄々として見える。それは思い付いたら即実行、他人の評価など気にしない生き方をしているからだと思っている。そんな彼だから、普段は愚痴なんて出てこない。
たまには自分でもお菓子を食べようとして無いという状況でも、誰が多く食べたのかなんて彼は一切気にしない。何故そうなるまで自分は気付かなかったのかという、謎解きが始まるだけだ。
そんな彼がやはり愚痴めいたことを言ったのは、今日の魔王城の中庭でのこと。私が休日を取っていないと不機嫌になった彼の台詞からして、七日目から思っていたのに三日間言い出せなかったのだと思う。
他人を気にしないレフィーが、私に気を遣ってそうした。どうすれば自分の気が晴れるのかをわかっていて、強行するのを我慢した。
(だったら、この雨も本意ではない?)
そう思い至って空を見上げて、暗雲の狭間を走る雷にハッとする。
私は、あくまで雨を止ませないという態度こそが、レフィーの強い怒りを表していると思っていた。でも、それは少し違っていたのかもしれない。
雨を止ませないというのが、レフィーの極限の譲歩だったのかもしれない。彼はきっと、私が着ていた生け贄の装束をそうしたように、この村を灰にすることだってできたのだから。
竜の姿になったレフィーが、シクル湖のほとりへと降りる。その背に乗っていた私が降りると、彼は人の姿に変わった。
シクル湖の水面は、これまで見たことがないほどに近くなっていた。旱魃で少なくなっていなければ、溢れ出していたかもしれない。
まだ、雨は止んでいない。あの後、エレベーターで私はレフィーに雨を止めて欲しいとお願いした。でも、彼はそれを頑として聞き入れてはくれなかった。
それでも数時間粘り、村を訪れることだけは何とか了承させた。大分、渋々といった感じではあったが。
シクル湖に面した広場に、置きっ放しの楽器が見えた。広場の中央に立つ大樹の前に敷かれた、儀式参列者用の絨毯もあの日のままだ。
あの日と同じく、激しい雨が降っている。
あの日と同じく、私とレフィーだけが景色から切り取られたように濡れずにいた。
竜に変わるため、レフィーはもう普段の服に戻っていて。事務服のままでいる私とのちぐはぐな感じが、今の彼との距離感に思えた。
ぬかるんでいる土の道を歩けば、パンプスの踵が沈む感触がする。けれどそれだけで、泥が靴を汚すことはなかった。
「誰もいないの……?」
家が並ぶ道に入ってしばらく、まったく感じない人の気配に、私は歩く速度を速めた。
「誰か、いませんか?」
家の中に籠もっているのかもしれない。私は手近の家の玄関まで行き、扉を叩いた。
行儀が悪いと思いながらも、扉に耳を当てて中の様子を窺う。
反応が無ければ、次の家へ。また無ければ、その次の家へ――
「……おそらく、いませんよ。ミア」
どんどんと早くなる私の足を、ずっと後ろを付いてきていたレフィーの一言が止めた。
「先日、王都へ服を受け取りに行った際に、ここは廃村が決まったことを耳にしました。異常事態の末の廃村でしたので、こんな小さな村でも噂に上っていたんです」
「廃村……?」
一段高くなった玄関の敷石から、レフィーを振り返る。彼は玄関アプローチの中頃に立ち、私を見ていた。
「旱魃に次いで長雨に見舞われたことで人口の流出が止まらず、そうなったようです。ここは既にシクル村ではなく、この辺り一帯は国が管理する平野扱いになっています」
「皆、引っ越した……ってこと?」
「そうでしょうね。もともと旱魃のときに、備えていた人間が多くいたのでしょう。だから行動が早かった。大人しくこの地で死ねばいいものを……忌々しい」
レフィーが根腐れした花壇の花を見下ろしながら、吐き捨てる。
(レフィー?)
シクル村の人々に対し、殺されればいいと言い、今もこの地で死ねばよかったのにと口にしたレフィー。額面通りに受け取れば、冷酷な言葉に聞こえる。けれどそこに何か、違和感を覚えた。
レフィーはいつも、飄々として見える。それは思い付いたら即実行、他人の評価など気にしない生き方をしているからだと思っている。そんな彼だから、普段は愚痴なんて出てこない。
たまには自分でもお菓子を食べようとして無いという状況でも、誰が多く食べたのかなんて彼は一切気にしない。何故そうなるまで自分は気付かなかったのかという、謎解きが始まるだけだ。
そんな彼がやはり愚痴めいたことを言ったのは、今日の魔王城の中庭でのこと。私が休日を取っていないと不機嫌になった彼の台詞からして、七日目から思っていたのに三日間言い出せなかったのだと思う。
他人を気にしないレフィーが、私に気を遣ってそうした。どうすれば自分の気が晴れるのかをわかっていて、強行するのを我慢した。
(だったら、この雨も本意ではない?)
そう思い至って空を見上げて、暗雲の狭間を走る雷にハッとする。
私は、あくまで雨を止ませないという態度こそが、レフィーの強い怒りを表していると思っていた。でも、それは少し違っていたのかもしれない。
雨を止ませないというのが、レフィーの極限の譲歩だったのかもしれない。彼はきっと、私が着ていた生け贄の装束をそうしたように、この村を灰にすることだってできたのだから。