転生したら竜の花嫁⁉ ~雨乞いの生贄にされた私を捨てられた女なら丁度良いと竜が拾いに来ました~
「ほら、もう触っても大丈夫」

 軽くぺちぺちとレフィーの額を叩けば、正気に戻った彼は呼吸を再開した。そして恨みがましい目で、私を見てきた。

「貴女という人はっ……怖い目に遭ったというのに」
「それがどこも痛くなかったし、今も痛くないのよね。寝て起きただけ、みたいな?」

 上体を起こし、素知らぬ顔でレフィーのフードを取れば、ようやく彼が浮かせていた手をベッドの上に下ろす。そこをすかさず私は、彼の手袋も剥ぎ取った。

「どこか焦げたわけでもないし。レフィーに大切にされている証拠ね」

 レフィーの胸元にあるトグルに手を伸ばす。何か言いたげにしていた彼にはやはり知らん顔で、私は最後の仕上げとばかりにマントも脱がせた。
 レフィーが、ベッドの上に放られた手袋とマントに目を落とす。

「……焦げていなくとも、怪我はさせてしまいました。風の魔法で強引に私から剥がしましたから」

 言われてみれば、何となく左半身がチクチクするようなジンジンするような気が、しないでもない。でも本当に「言われてみれば」な程度だ。レフィーが最大限に注意を払ってくれたことが、よくわかる。
 第一、無理矢理剥がしたのは私が感電していたからだろう。感電した人間は筋肉が収縮するのが原因で、簡単には引き剥がせないと聞いたことがある。電源であるレフィーは自分の手が使えないわけだから、力技で離れさせるのは仕方がない。彼の取った方法は正しい。
 でも、正しいか正しくないかじゃないのだろう。
 さっきまで私の手を弱々しく握っていたレフィーの手は、酷く震えていた。私が彼と同じ立場なら、やっぱり怖くて後悔もしたと思う。

「また勝手をしてしまったのは私だもの。私の方こそ、レフィーに怖い思いをさせてしまってごめんなさい」

 だから謝るなら私もだ。
 私は俯き加減のレフィー以上に、彼に頭を下げた。
 途端、弾かれたように彼が顔を上げた気配がした。

「いいえ、あの人間を殺すことでミアの心が傷付くなら、私こそ、そうするべきではなかったのです。貴女がそんなことを望まないのは明白。貴女は他人を恨んだとしても、殺すような真似は絶対にしない。そのことを、私は知っていたのですから」
「でも、レ――」
「ミアは、私が貴女のことを優先してばかりと思っているようですが、私からすれば貴女だって大概です」

 反論しようと彼の名を呼びかけた私の声に、知らん顔をされた仕返しとばかりにレフィーが言葉を被せてくる。

「日に日に私の好物が食卓に上る頻度が高くなるのは、貴女が毎回、食事中に私の反応を見ているからでしょう。ブラウニーたちが、自発的にそうするはずありませんからね。今だって、そうです。私が貴女に触れようか迷っていれば、貴女から私に触れてきました」
「ひゃっ」

 それでも反論の機を見ていた私の野望は、レフィーに抱きすくめられたことで完全に打ち砕かれた。何を言いたかったのか、綺麗さっぱり頭から抜け落ちてしまった。

(うう……落ち着く)

 残ったのは、私をすっぽりと包み込む彼の腕がくれる幸福感のみ。もうこの場所を堪能することしか、考えられない。
 わかっていてやっているのか、わからないでやっているのか。多分……後者なんだろうな。天然タラシだから、私の愛しい旦那様は。

「ミア。この際です、また堂々巡りになってしまう前に、決め事をしてしまいましょう。お互い、また自分は身勝手なのだという思いに囚われたなら、『私たち』は身勝手なのだと置き換えましょう。貴女は私の身勝手を自分のせいだと言い、貴女からすれば私が貴女の身勝手を肩代わりしていると言う。それならもう、どちらがという境など要らないでしょう。『私たち』で纏めてしまえばいい」
「……うん、そうする」

 もう彼が打ち出す無茶苦茶な理論にも、二つ返事で頷いてしまう。
 何もかもがどうでもよくなり――かけたところで、

「あっ、叔父さん!」

 私は、はたと自分がここで寝ていた経緯を思い出した。
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