転生したら竜の花嫁⁉ ~雨乞いの生贄にされた私を捨てられた女なら丁度良いと竜が拾いに来ました~

アルテミシア

 『新婚旅行に行きましょう』
 レフィーの鶴の一声により、私と彼は今、ペーシュという名の街に来ていた。
 ちなみに旅行に行く行かないの選択肢は出されなかった。休日明けきっかり五日目の夕方、魔王城の中庭にレフィーは陛下()()でやって来た。
 彼は私の漫画にあった『週休二日制』を引き合いに出し、続いて『新婚旅行』は七日が平均だと書いてあったと語った。自分の作品ながら、そんな詳細までは覚えていない。作者より詳しい熱烈読者である。
 そして、私に提案するからにはと、レフィーは陛下にも週休二日制を認めた。どころか、あんなに取り付く島もない感じだったのに、エレベーターの使用許可まで出した。
 陛下は目の色を変えて直ぐさま中庭の時間を止め、私たちの家の方角に飛んで(比喩ではなく)行った。……そんなに乗りたかったの、エレベーター。
 閑話休題。
 ペーシュはシクル村と同じく湖のある街だ。でも、双方は真逆といっていい印象を受けた。
 湖を神聖視しているシクル村に対し、ペーシュの湖は人々の生活に密着している。湖を取り囲むようにして店舗が並び、湖は水路として使われ人や物を載せた小舟が行き交っていた。
 新鮮な光景に思わず小舟を指差した私に、「湖なんてただの大きな水溜まりです」と返してきたあたり、旅行先のチョイスはシクル村への当て付けもあったようだ。雨は止んでも竜の恨みは根深い……。

「ペーシュはどの魔物の生息地よりも遠く、このくらいの規模の街では唯一魔物素材が生活に浸透していない場所です」

 レフィーの説明を聞きながら、小さなアクセサリーから大きな家具まで、湖畔の色々な店を冷やかして歩く。乱張りの石畳に沿うように、加えて石と石の隙間から、野花が生えていた。それが、のんびりとした街の雰囲気にマッチしていて、私の気持ちをほっこりとさせた。
 ペーシュの街は、かつて陛下の先祖が愛した人間が住んでいたそうで、先代魔王が世界を侵略していた時代でもここへの攻撃はノータッチだったらしい。お陰でペーシュは緩やかに発展。農業も工業も、ここだけで完結している小さな箱庭のような街になったという話だった。

「着きました。今日は、この宿に泊まります」

 レフィーが煉瓦造りな二階建ての建物を指差す。
 ここへ来るまで宿らしき建物は、幾つか見かけた。ペーシュは観光業が盛んなのか、一部は貴族の邸と見紛うレベルの豪華な宿もあった。
 そんな中レフィーが選んだ宿は、こぢんまりとした民宿的な(たたず)まいで、正直意外に思ってしまった。

「どうぞ、ミア」
「ありがとう」

 入口の扉を開けてくれたレフィーに促され、中に入る。ロビーのすぐ隣が食堂になっているようで、入った瞬間に賑やかな声が聞こえてきた。
 そちらを見遣れば、六席ある四人掛けのテーブルはすべて埋まっていた。思いの外、人気のある宿だったようだ。

「レフィー。良い宿そうなのは伝わってきたけど、だとしたら当日に来ていきなり泊まるのは難しいんじゃない?」

 受付に向かって歩き出そうとしていたレフィーの服の袖を、ちょいちょいと引っ張る。振り返った彼は私を見て、次いで私の視線の先を見て、最後に私に目を戻した。

「先日、別の用事でこの街を訪れた際に予約を取りました。それから、ここは宿泊しなくとも食堂は入れる店なのです。時間帯で区切っているので、宿泊者が座れないということはありません」
「あ、そうなんだ」

 突然思い立ったように見えた新婚旅行は、実のところしっかりと計画されたものだったらしい。
 別の用事とは、最近になってレフィーも陛下の計画に参加し始めたと言っていたから、その関係でだろうか。
 魔王城は森に囲まれた場所にあるので、私では「ちょっとそこまで」と外に採集に行くこともできない。レフィーが協力すると言ったなら、陛下はどうしても遠方の用事を彼に頼むだろう。胃をキリキリさせながらレフィーに用事を言い渡す陛下を想像してしまい、少しだけ同情した。
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