転生したら竜の花嫁⁉ ~雨乞いの生贄にされた私を捨てられた女なら丁度良いと竜が拾いに来ました~

エピローグ 物語のような幸福な結末

 新婚旅行から戻ってきてそう間もなく、私の妊娠が発覚した。(医者に診せるまでもなくわかるものらしい)
 子供が出来なくとも構わないと言っていた割りには、相当励んでましたよね貴方……と思いながら引っ越しの荷解きをしているレフィーを眺める。
 妊娠後も触媒の世話を続けたいと言った私の言葉を受けたレフィーは、何と魔王城の一室を陛下からせしめてきた。しかも陛下は、近々子供の世話を手伝ってくれる魔族まで紹介して下さるらしい。何という手厚い育児手当……。

「……レフィー、妊娠したといってもまだお腹も大きいわけじゃないし私も――」
「駄目です。ミアはそのソファに座っていて下さい」

 中庭に隣接する部屋に移るや否や、レフィーは部屋の隅にふかふかなソファを取り出し私を座らせた。そこから延々、私は作業する彼をひたすら眺めるという状況になっている。

「作業させてもらえないなら、私はいっそ部屋を出ていた方が――」
「駄目です。目の届くところにいないと気が気でありません」
「……そう」

 私は諦めて、心配性な夫を大人しく眺めることにした。
 初めての妊娠だし、しかも相手は人間ではないということで、私も緊張はしていたはずだった。しかし、自分以上に狼狽えている人を見ると冷静になれるというのは、本当だったらしい。明らかに落ち着かない様子のレフィーを見ているうちに、私の心は大分凪いでいた。

(あ、そういえば……)

 ぼんやりとしていたことで、突然ふっと昔の記憶が蘇った。
 『私より長く生きるように』
 『どうか素敵な相手と幸せに』
 両親との約束。必ず叶えると誓った、あの約束を思い出す。

(レフィーは、その両方を叶えてくれる旦那様ね)

 ふふっと、自然と笑い声が出る。
 そんな私を、レフィーは少し呆れた表情で見てきた。

「ミアは呑気過ぎます。先人がいないということは、今ミアの中で子供がどうなっているのか本当にわからないということです。竜と同じ卵なのか、それとも人間と同じ胎児なのかすら定かでないんですよ?」
「卵⁉」

 その発想はなかった。何の疑いもなく、お腹の中にいるのは胎児だと思っていた。
 そんな私の考えが見て取れたのか、レフィーがさらに畳み掛けてくる。

「卵の場合は、当然普通の竜の大きさと比べてかなり小さいうちに出てくるでしょう。そこから割れて出てくるまでに、どのくらいの期間を要するのか見当もつきません。胎児の場合は、人間と同じ大きさで出てくる可能性が高いでしょうが、こちらはその大きさに成長するまでに必要な期間が不明です」
「……」
「心配です……。以前に人間の女を妻にしていた竜がどうして白い結婚をしていたのか、最近になって理由がわかった気がしました……」
「……だ、大丈夫よ。だってほら、運の強いレフィーが、望む方の運命に転がしてくれるんでしょう?」

 レフィーの狼狽えっぷりにさすがに影響されそうになり、私は慌てていつぞやの彼の台詞を引っ張り出してきてみた。
 伝家の宝刀ではないが、私と在るために運命すら曲げたと言い張った彼のパワーワードだ。効果はあるはず。少なくとも私にはあった。本当に落ち着いてきた。

「子供の記録はいつ頃まで取る予定なの?」

 レフィーの方も多少は落ち着いて見えたものの、まだそわそわとしている。私は彼の気を逸らす作戦に切り替え、彼が腰から提げるウォレットチェーンの先にある財布――ではなく育児記録用の手帳を指差した。
 実験記録ではなくなったはずだが、多分やっていることは変わらない。「そんな情報いる?」ってくらい、滅茶苦茶詳細に書いてあると思う。
 レフィーが自身の腰に目を遣り、手帳に手を掛ける。
 レフィーは私が寝てから手帳に纏めているらしく、私はまだ一度も内容を見たことがない。彼のことだからきっとすぐに一冊を書き終えてしまうだろう。そのタイミングで見せてもらおうか。また一つ楽しみが出来た。

「そうですね……独り立ちしても、番との出会いが早ければ孫を見せに来るかもしれませんし。やはり私が死ぬまで――でしょうか」
「それは大長編な育児記録になりそうね」

 レフィーのお陰で私の寿命は長くなったとはいえ、それよりずっとずっと彼が亡くなるのは先の話だろう。丸々育児記録が仕舞われた本棚を想像して、私はまたくすくすと笑い声を上げてしまった。

「――――そうですね」

 そんな私に微笑む彼は、本当に幸せそうに、そう返してくれた――


 -END-
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