僕の愛した人は…

ただいま…あなた

運命の糸が絡み合う。静かに流れるバーの時間。そこに現れたのは、妖艶な美しさを纏う女性。
彼女の目には、深く隠された闇が宿っている。

それでも、男は魅了されるままに、彼女に近づいていった。

そのきっかけとなる声は
「いらっしゃいませ」
だった。

 コツン…コツン…。
 足音とともに現れたのは綺麗なブロンドのショートヘヤーに可憐な顔立ちをした綺麗な女性だった。上品な黒いロングドレスはワンショルダーで首元には綺麗なダイヤのチョーカー。靴はかかとの低い黒いヒール。長身で好いて170cmはありそうでスタイルも抜群である。

 カクテルを呑んでいた男性は思わずその女性に見とれてしまった。

 さりげなく男性と一つ間を開けてカウンターに座った女性はバーテンダーにお任せカクテルを注文した。
 女性はチラッと流し目で男性を見ている。それに合わせて男性も女性を見ている。
 何度目か目が合いそうになった時、男性から女性へ近づいて行った。

「あの、隣いいですか? 」
「どうぞ」

 隣に座った男性は女性をじっと見つめた。
「お名前聞いていいですか? 」
 尋ねれると女性は再び流し目で男を見ると小さく微笑んだ。
「城里メイ」
 答える声が綺麗で魅力的な声に、男性はドキッと胸が高鳴った。

「メイさん。素敵なお名前ですね、僕は上坂忍です。ここの近くのオフィスで働いています」
 生真面目な表情のまま名乗る男性を女性メイはそのまま見つめていた。
「とても真面目なかたのようですね? 」
「はい、よくそう言われます。でも、実際中身はそうでもありませんよ。メイさんは? 」
「私? どう見えます? 」
「うーん…。僕と同じで真面目な人かな? って気がします」
「正解。その通り、私は普通のOLよ」
「OLさん? なんだかモデルさんのように見えました」
「誉めても何も出ないわ」
「いえ、本心です」
 カクテルを一口飲んだメイは、クスっと笑いを浮かべて忍を見つめた。
 忍もメイを見つめながらカクテルを呑み続ける。

 忍はまだ気づいていない。この優雅な振る舞いの裏に隠された、危険な企みを…。


「メイさん。今夜は僕と一緒にいてもらえますか? 」
 そっとメイの手を握って忍が言った。
「…いいですよ…」
 妖艶な眼差しで忍を見つめるメイ。だがその裏では、罠にかかった単純な男へ利用価値が上がったと喜んでいるメイの本心がる事を忍は夢に思っていないだろう…。


 
 シティーホテルの一室をとった忍。
 
 先にシャワーをすませた忍はバスローブ姿でソファーに座った。

「じゃあ、私もシャワーを浴びてくるわね」
 そう言ってバスルームへと向かうメイ。


 ゆっくりと服を脱ぐメイはか鏡に映る自分の姿を見て少しだけ躊躇する思いが込みあがった。
 だが…
「…安心してレイラ。…一度きりだから…」
 そう自分に言い聞かせてメイはバスルームへ入って行った。


 二人きりの部屋で、女は男を翻弄する。
 優雅な仮面の下に隠された、執念に満ちた眼差しが、男を使ってを確実に破滅の道へと誘っていく。
 これこそが、彼女が望んでいた事の始まりなのだ。


 シャワーを済ませたメイがバスローブ姿で戻って来た。

 ベッドで待っていた忍がじっとメイを見つめてくる。
 その眼差しに吸い込まれるようにメイは忍に覆いかぶさった。

「忘れられない夜にしてあげる…」
 そう囁いたメイ。

 この囁きが破滅の始まりになる声だとは気づきもしない忍。

 
 こんなに簡単に落ちるなんて…やっぱりお坊ちゃんね。優子なんかと結婚したら絶対に尻りに敷かれ続けるわよ。
 忍と体を重ねながらメイは心の中で怪しく笑っていた。

 
 だが…
 二人の部屋の外。

 薄暗い廊下で佇むスラっと背の高い男性らしき姿がった。暗がりで顔は分からないが、その者の手には高級シャンパンがもたれている。
「…安心してレイラさん。…僕が、彼女を守りますから…」
 そう囁いた優しい声。
 
 その声の主は暗がりの廊下を静かに歩いて去って行った。

 破滅の為に歩き出したメイ…だが隠れた場所で誰かが守ろうとしている姿がある。




 朝の早い時間にメイと忍はホテルから出てきて、それぞれのタクシーで帰路に就いた。
 
 忍は昨日より穏やかな表情で喜びに溢れていた。

 メイは満足そうに微笑んでいるが、その笑顔はどこか暗い闇を抱えていた。

 朝日が昇る中タクシーで帰る二人の想いは、それぞれ違っているようだ。
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