僕の愛した人は…
知らいないふりも愛だから
 
 隼人とメイが別々の方向へ去ってゆく様子を反対側の路肩に車を止めて見ていた優がいた。
 二人の様子を見ていた優は車の中で静かに考え込んでいた。
 外では、夕暮れのオレンジ色の光が街を染め上げ、彼の心の中に渦巻く感情を映し出すように揺らめいていた。
「どうする? 優」
 隣から声がして優はハッと我に返った。
 優の隣には父・聖がいた。優と似ている顔立ちでメガネをかけて鋭い目をしているが、全体的に優しそうな雰囲気が強い。

 隣にいる聖は、優の気持ちを察しているのか、じっと前を見据えていた。鋭い目つきは彼の冷徹さを物語っているが、その奥には優に対する深い愛情が隠れていることを優も知っていた。聖が優を見つめると、優は思わず目をそらした。彼の心の中には、何か大切なものを守りたいという思いが渦巻いていた。

「…ようやく役者がそろってきたようだね」
 と聖が言った。
 彼の声は静かだったが、重みがあった。
「でもあの優子って思い込むと危険かだら気を付けないと」
 優はその言葉に少し眉をひそめた。
「内金社長。なんとなく見る目が違うような気がするが?」
 彼の口から出た言葉は、少しの不安を含んでいた。
「うん。そりゃあそうだよ…彼女はとても魅力的な女性だから、内金社長だって惹かれてゆくと思うよ」
 と優は言った。
「確かにそうだな」
 優はメイの魅力を良く知っているようだ。それ故に不安を感じないわけではなかった。確かに以前の隼人の目つきと比べると、明らかにメイを見る目が変わっているのは確かだった。


「優。このまま知らないふりを通すつもりなのか?」
 聖の声が優の思考を遮った。
 優は小さく笑った。
「…それが僕の愛だから。…彼女が本当のことを話してくれるまで、待っているつもり」
「話してくれそうなのか?」
 聖が問いかけるが、優は無言のまま、遠い目をしていた。
「僕は彼女を信じています」
「そうか。それなら、私も信じるよ。だが、そろそろ私にも孫を抱かせてほしいのだけど。無理なのか? 」
「…いや…無理じゃないよ。そろそろ、有羽と会わせようと思っていたから」



 二週間前、優は聖にアメリカに行っているふりをしてもらうよう頼んできた。
「どうしても守りたい人がいるから」
 と真剣な目で彼は言った。
 その瞬間、聖の心に何かが刺さった。優の目は、過去の悲劇を思い起こさせるようだった。
「分かった。まぁ私の仕事はリモートでできるから問題はないからな」
 と聖は言った。
 優はホッとしたように微笑んだ。
「有難う父さん」
 素直にお礼を言う優に聖は安堵の笑みを浮かべた。
「理由をちゃんと話してくれないか? 」
 聖が問うと、優は一瞬戸惑い「え?」という声が漏れた。聖は優の肩に手を置き、優の気持ちを理解しようとする。

「お前に信頼されていないとは思っている。私は、お前の幸せを邪魔してばかりだからな」 
 と聖は言った。
 優はその言葉に胸が痛んだ。彼は一人で全てを背負うことに決めていたが、それが父親を遠ざけてしまっていることを理解していた。

「そんなことはない…けど…」
 と優は言葉を濁した。
 聖は優の表情を見て、過去の記憶が蘇る。昔、彼自身が愛する人を失った時のことが思い出されて、胸が締め付けられるようだった。

「お前には、私と同じ思いはさせたくなかったけど。形は違っても、同じ思いをさせてしまったな。本当にすまない…」
 聖の言葉は優の心に深く響いた。
「私は、柚香と結婚した初めの目的は復讐の為だった」
「復讐? 」
「私の母は、柚香に殺されたと思い込んでいた。だが、実際は違っていた。柚香は、宗田家の正当な血筋の人間だった。だが、男の子に恵まれなかったことで私の父が、親友に子供を交換してほしいと頼み込んだのだ」
「そんな事…」
「ありえないって思えるだろうが、事実だ。父は私を見てなぜか引き取りたいって思えて、無理を承知で頼み込んだのだ。私にはもう一人、兄がいたからね。それでも父はずっと、柚香の事が気になっていて陰ながら学費を出して手助けをしていた。勿論、私の本当の両親も影ならがら私の事を支えてくれていてた。まだ小さかった私は、母を失った悲しみを誰かを憎むことで押さえようとしていた。その矛先が柚香だった」

 父と母が実は憎み合っていたとは夢に思わなかった優は、衝撃を受けた。だが、聖はいつもどこか母・柚香に申し訳ない気持ちを抱いているように感じていたのは事実だ。
「私の実の両親は、殺されていたことが分かった。そしてその犯人は、私の育ての母親を殺した犯人と同一人物だったんだ」
「え? 」
「それを知ったのは柚香がもう、私と離婚を決意していた時だった。しかし、その前から私は気持ちが揺らいでいた。柚香が本当に人を殺す事なんてできるのか? と。自分の本当の気持ちに気づいたとき、柚香から離婚を申し出られて何とか引き留めようとした。そんな中で人を介してだが、柚香が子供を身ごもっている事を聞いて絶対に離れてはいけないと思って離婚しないでくれと懇願したが。柚香は子供を堕胎したと嘘を真でついて離婚の意志を変えなかったよ」
「そうだったの。…でも、母さんは今一緒にいてくれているって事は。離婚しなくてすんだわけだよね? 」
「ああ、柚香がまだ子供を堕胎していないと教えてくれた人がいたんだ。変だとは思っていたよ、優しい柚香が授かった命を簡単に堕胎するなんて考えられなかった。柚香に本心を伝えて、お互いに全てを許そうと決めて現在に至るよ」

 優は聖の過去を知り、形は違っても同じような痛みを抱えていたことを痛感した。
 その時、優の心に1つの決意が産まれた。本当の事を全て話そう。きっと今の父さんなら理解してくれる。そう思えた。 

「父さん…有羽は、僕とレイラさんの子供だよ」
「そうか」
 驚くと思っていた父が意外にも冷静に受け止めてくれたことに、優はちょっと拍子抜けした。だが、聖の瞳は嬉しそうに潤んでいた。
「でも…僕とレイラさんは、お互いの心の傷を癒す為だけに一夜の関係を結んだだけだった。僕が本当に心から愛している人は、まだ父さんには会わせていないし詳しく話していない人だから」
「もしかして、あの時お前を庇ってくれた女性か? 」
「え? 」
 驚いた目で聖を見た優。
 聖は優しく微笑んだ。
「あの女性の事を、お前が探していた事知っていたよ。お前も恋する年頃なんだって、見守るしかできなかったけど。怪我のショックで、相手の女性は何も覚えていなかったのだろう? 」
「その通りだよ。それでも気持ちが変わった事はなくて…その人が、日本に戻ってくるって情報が入ったんだ」
「そうなのか? 」
「うん。うちの顧問弁護士が、フランスに妹がいて。その妹さんが、その人と親しいようで。日本へ帰ると話していたと教えてくれたんだ。検察官だったけど、今は国際弁護士になっているから。弁護士同士で情報が分かったそうだよ」
「なるほど。話は読めてきた。私は応援するから、あまり無理をしないようにな」
「分かったよ」
 全てを打ち明けた優は肩の荷が少し降りたような気がした。

「それからもう一つ訂正しておきたいのだが」
「なに? 」
「私がレイラさんに、お前と別れるように言った事なのだが。あれは、私のたんなる嫉妬心だ」
「嫉妬? 」
「まだ私も子供っぽい所があるのだと、その時痛感したよ。レイラさん、清掃員の格好していたが。私は彼女が、ただの清掃員じゃないって見抜いていた。あんな格好でも、レイラさんはとても綺麗で。社内では注目されていたんだ。そんな素敵な女性と、お前が付き合っていると知って勝手に嫉妬したんだ。本当は、お前と堂々と付き合っていいと言いたかったのだが。思いとは正反対の言葉を言ってしまった。すごく後悔しているよ」
 
 なんだ…そんな事だったのか…。
 優は怒りを感じるところか、聖の子供っぽさに笑えて来た。
 
「これからのお前の幸せを応援する」
「有難う、父さん」
 一人で有羽を育てるため、優は宗田家を離れマンションを買って住んでいた。住所は知られないように観覧制限もかけるくらいで。
 でも今こうして聖と本心で話してみると、お互いに似ている部分があり同じ道を歩いていたのだと思った。
 今まで知らなかった父の姿を見る事ができ本心を知る事ができて父との絆がまた強く深まったようにも思えた。
 
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