僕の愛した人は…

 駅前の歩道橋。
 スーツ姿で忍が外回り営業の為歩いていた。
 
 すると…後ろからこっそりと忍の後を着いてくる優子の姿があった。
 理子とそっくりな顔立ちでふっくらとしている優子。だが服装はまるで中学生の様な格好で、年齢に相応しくない幼稚な格好である。靴も厚底で、長い髪には頭のてっぺんに大きな白いリボンをつけている姿は痛々しく見える。

「し・の・ぶさぁ~ん」
 気持ち悪いぶりっ子な声がしてギョっとした表情で振り向いた忍は、気持ち悪いくらい若作りしている優子に引いてしまった。
「ゆ、優子さん…どうしたの? 」
 ひきつった表情で忍が尋ねると、満面の笑みで優子が近づいてきた。 

 その笑みが怖くて忍はその場を逃げ出した。
「まってぇ~忍さぁ~ん」
 追いかけてくる優子の姿はまるでモンスター。若作りしている格好で気持ち悪い声を上げている姿は、周りからも変な人が男を射かけている異様な光景に見える。

 逃げてきた忍は歩道橋を駆け上り、反対側に降りる為全速力で走って来た。
「ちょっと待ってよ忍さぁ~ん」
 負けずと走ってきた優子は、意地で全速力で走り切り思いきり忍に後ろから抱き着いた。

「わぁ!! 」
 優子が忍に抱き着いたとき、忍は階段を降りようとしていた。だが、勢いよく抱き着かれた事でバランスを崩してそのまま転落してしまった。
  
 階段を転がり落ちる忍の姿を優子はニヤッと笑いを浮かべて見ていた。
「いい気味だわ。私の事を捨てるから天罰よ」
 不気味な笑いを浮かべて忍が転落する姿を見ていた優子は、周りが騒いでいる声すら耳に入らないくらい愉快な気分で笑いながら忍が頭から血を流す姿を見ている。その姿はまるで本当のモンスターのようだ。 
 
「人が落ちた! 」
「誰か救急車呼んで! 」

「…さすが、人の心臓を奪うために殺人まで犯す人ねぇ…」
 笑っていた優子の表情が怯んだ。声がして振り向くと、そこにはメイがいた。
「レイラ、あんたまさか…」
 全てを見られたのか優子は焦った表情を浮かべてメイを見ていた。そんな優子を鼻で笑ったメイは、呆れた表情を浮かべていた。
「全部見ていたわよ」
 そう言ってメイはデジカメを見せた。そこには、優子が忍を追いかけて勢いよく忍に抱き着いてその反動で忍が転落してゆく様子がしっかり映っていた。そしてその光景を見て怪しく笑っている優子の姿も映っている。
「なによ! 返しなさいよ! 」
 取り上げようとした優子をひょいと交わしたメイ。
「残念ね、これじゃあ殺人になるわ。きっと」
「あんた、私達に復讐しているの? 忍さんの事、私の婚約者だって知っていて近づいたんじゃないの? 」
「さぁ…。でも、自分がやった事って自分に返ってくるっていうじゃない? 」
 イラっとした優子はメイに駆け寄りガシッと襟首をつかんだ。
「なによ! あんたなんか…死ねばいいのよ! 」
 グイっと、メイの首に手を回して締め付けてきた優子。
「ぐっ…」
 苦しそうなメイの表情を見て優子は狂ったように笑いだした。
「もっと苦しめ! あんたはね、しょせん私達に命を奪われる側の人間よ。それしか役に立たないのだから。仕方ないじゃない! 」
 ギューッとメイの首を締めながら優子は狂った邪気の様な顔をして笑っている。

「何をしている! 離せ! 」
 走ってくる足音が近づいてきた。
 
「離せ! 」
 言葉と同時に優子は突き飛ばされた。
「ちょっと何するのよ! 」
 怒鳴りつけた優子だったが、突き飛ばした相手が優であることを確認すると真っ青になった。
「ゴホッ…ゴホッ…」
 急に空気が入ってきた事でメイはむせ込んで胸を押さえた。
「大丈夫? レイラさん」
 とりあえず大丈夫だとメイは頷いた。

「どうしたのですか? 」
 二人の警察官が駆け寄って来た。
「この人が一方的に彼女の首を絞めてきたのです」
 優が優子を指さして言った。
「ち、違うわ! あの女が私の事突き飛ばしたのよ! 」
「突き飛ばした? 君は歩道橋で、転落した男性を見ていたじゃないか」
「えっ? 」
「僕はさっき、階段から転落した男性がいたから救急車を呼んだ。駅から出て歩いてきた所だったから、転落した姿が見えたんだ。そうしたら、君は突然彼女にとびかかってきて首を絞めた! 」
「ち…ちが…」

 警察官は優子を取り押さえた。
「とりあえず署まで来てもらう。我々も、今ちょうど階段から男性が転落したと通報をうけてきた所だ」
 
 1人の警察官に取り押さえられた優子は渋々いう通りにした。  
  
「大丈夫ですか? 他の怪我はありませんか? 」
 もう一人の警察官がメイに尋ねた。
「大丈夫です…」
 呼吸を整えながらメイは答えた。
「被害届を出された方がいいです。一緒に来てもらえますか? 」
「は…はい…」

 答えたメイの首には優子が締め付けた爪の跡が残っている。
 その姿を見ると優は胸が締め付けられるように痛みを感じた。
「あの、僕も付き添っていいでしょうか? 彼女一人では心配なので」
「あなたはこの方とどんな関係の人ですか? 」
「僕は彼女の…夫です…」
「ご主人ですか? 」
「はい。事情があって、まだ籍は入れていませんが。一緒に暮らしています」
「そうでしたか。それならご一緒に来てください」
「はい」

 歩き出したメイを支えて優も着き添う事にした。

 僕は彼女の夫です。優はそう答えた。でも、それはメイの事をレイラだと思っているからだ。私はレイラじゃない…この支えている手も本当はレイラの為のものなのに…メイは優に支えてもらいながら少し罪悪感を感じていた。




 警察署に連行された優子は気が狂ったかのように「レイラが私の結婚を邪魔した」「レイラが突き飛ばしてきた」「レイラが私を殺そうとした」など言っている事が支離滅裂だった。だが優子は現在働いている職場の同僚からも過剰な嫌がらせで被害届を出されていた。何か気にいらないとデーターを消したり、バッグを切り刻んだり、交際している二人を引き裂こうとしたり。時には熱湯をかけられてやけどをした女子社員がいる。やっていない、知らないと通している優子だがとうとう動画に撮られてしまい証拠を上げられ被害届が提出されていた。それでも知らないと嘘を突き通す優子。
 被害届が出された事で優子は5年前にひき逃げしたのではないかと疑惑を持たれていた。そのひき逃げは、優子がまだ学生で同級生の女子が信号無視の車に惹かれて亡くなったが。そのひき逃げした車が優子がよく乗っていた車と同じだったが、警察が確認にきた時は優子の車は別の車に変わっていた。そしてその女子がひき逃げされた車とレイラがひき逃げされた車が同じだったのだ。それも時刻は違うが、ひき逃げされた現場も同じ場所だった。その他にも優子の周りでは不審死している女子が複数名いる。中には行方不明のまま帰ってきていない女子もいる。その相手はいつも優子が狙っている男子と交際していた女子が多い。
 今回の忍を突き落とした現場も通行人が大勢見ていたが、優子はやっていないと言い張っている。現在は近くの防犯カメラを確認している事もあり優子は暫く拘留されることになった。
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