僕の愛した人は…
小さな目撃

「あなたは内金さん? 」
 茫然と佇んでいる隼人に声をかけてきたのは恋花だった。
「内金隼人さん? 」
 もう一度訪ねる恋花に隼人は怪訝そうな目を向けた。
「あんた誰? 」
「私は宗田花恋。宗田優の妹で、この病院の外科部長よ」
「宗田さんの妹? 」
「ええ。あなたの事は良く知っているわ。5年前、ドナー待ちの患者を差し置いて強引に自分の母親に優先的に心臓移植させたって有名だもの」
 
 ほう? と隼人は顔色一つ変えず花恋を見ていた。

「あなたには黒い噂が尽きないわね」
「なに? 」
「天城風太さんとヴァレンティアさん。亡くなる直前にあなたに会っていたそうね。亡くなった死因は、飲み物に毒が入っていたようだけど。あなたはが混入した証拠は出なかったそうだけど…」
「何を言っている。その話なら俺は無実だ」
「そうね、証拠が出なければ罪には問われないから」
「分かり切っている事だ。今更何を言っている」
 居直っている隼人に恋花は口元で軽く笑いを浮かべた。
「いえ。警察には話されていない情報だけど、あなたが天城さんに会う前に。薬物保管室前をウロウロしていたって証拠が出てきたものだから」
 ん? と隼人は恋花を睨み付けた。花恋は鋭い視線などどこ吹く風で、淡々と続ける。
「天城夫妻に会う前。あなたは人がいないのを確認して、薬物保管室に入って行った。そして、こっそり毒薬を盗み出してきた。…そうよね? 」
 違う! と言いたい隼人に、恋花は写真を突き付けた。
 その写真は5年前の日付で、隼人が薬物保管室に入ってゆく姿と出てくる姿が写っている。そして出てきた隼人の手には何かの瓶がもたれているのがハッキリ写っている。
 隼人は絶句した。
「これは私が設置していたカメラ。前から何者かが、薬物を持ち出している様子があったから設置しておいたの。この後、急に海外出張が入ったものだから確認するのが随分と遅くなってしまって。この写真の人物が、あなたであることを確認するまで時間がかかってしまったわ」
 まるで苦虫でも噛んだかのような顔をして隼人は何も言い返せなかった。
「この証拠は警察へ提出するわ。隠ぺいしようとして、私を狙っても無駄。既にこの証拠は拡散されているわ」
「そうか…。それで、何がしたい? 」
「別に。私は真実を明らかにするだけ、あなたが人を殺害してまで何を手に入れたかったのか分からない。でも、あなたは人の心臓まで奪う計画を立てていた噂もあるわ。そんな危険な人物を野放しにはできない。ただ、それだけよ」 
 何も言い返すことができず隼人はただ恋花を睨み付けるしかできなかった。

「内金さん。私、1つだけ引っかかっている事があるの」
「なんだ? 」
 恋花はじっと隼人を見つめ、彼の瞳の奥深い所まで見通しているようだった。隼人も恋花に見つめられると何か胸の奥までズキンと痛みが走るような衝撃を受けた。

「あなた…本当はレイラさんの事、愛していたのではなくて? 」
 愛していた…そう言われると、隼人の胸の奥の痛みが強くなった。

(おかえりなさい。夕飯で来ているわよ)
 そう言ってレイラはいつも温かいご飯を用意してくれていた。手の込んだものばかりで、煮物は心から温まる美味しさがあり、ハンバーグも手作りでジューシーなもので、サラダも新鮮な野菜を使っていた。小さな頃、インスタントばかりっ食べていた隼人にとって手作りを食べる事はとても新鮮で心から美味しいと感じていた。シレっとしている隼人も自然と笑顔になれて仕事で疲れてもレイラの待っている家に帰ると、その疲れも吹っ飛ぶくらいだった。
 
 愛していた…そうなのだろうか?
 
「私の勘違いだったかしら? 」
 そう言われると隼人は複雑な心境だった。
「天城夫妻を殺してまで、あなたがレイラさんを手に入れたかった。それは、ただ彼女の心臓が欲しかっただけじゃなくて。本当は彼女を愛していたから手に入れたかったのだと。私は思ったの」
「それは…ないと思う…」
 シレっと答えた隼人。
「そう。…まぁ、これは人を介して聞いたことだけど。あなたがレイラさんと結婚したふりをしていた時、あなたの表情が優しくなったと言っていた人がいたものだから。レイラさんがよく、お弁当を忘れたあなたにお弁当を届けに来てくれていたとも聞いているわ。その時、レイラさんを見るあなたの目はとても優しくて幸せそうに見えたとも言っていたの。…それも勘違いなのね…」
 それだけ言うと恋花は去って行った。

 去り行く花恋を遠い目で見ていた隼人は、遠ざかる恋花の背中を見ていると幼い日の事を思い出した。幼い頃の隼人を置いて行った母である理子の姿を…。
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