僕の愛した人は…
 金奈市。
 この街は都会でも田舎でもない、ちょうど中間的な雰囲気を持っている。駅前には賑わいを見せるショッピングモールやオフィスビルが立ち並んでいる。

 その中でも特に目立つのが、宗田ホールディングの自社ビルだ。世界規模で事業を展開する宗田ホールディングは、金奈市でも最大手の企業である。

宗田ホールディングの下請けである内金コンサルティングは、隣のオフィスビルに入居している。年商30億円と言われる内金コンサルティングの社長・内金隼人(35歳)。

 社長室でクールな表情のまま仕事をしている隼人。
 クールなイケメンタイプの隼人は女性受けもよく女子社員が夢中になるくらいだ。仕事をしている姿もさまになっていて、見惚れてしまうくらいだ。
 そんな隼人の表情が冷ややかに歪む。
 35歳にして30億円の年商を誇る内金コンサルティングの社長だが、その実体は暗い過去に塗り固められていた。

 父親の失踪、母親との貧しい生活。そんな彼の人生を一変させたのが、同じコンサルティング会社の社長の娘、佳代との結婚だった。佳代の父親との合併で内金コンサルティングは一気に大企業へと成長した。しかし、その裏では宗田ホールディングからの仕事に大きく依存していた。

 だが、そんな隼人の生活は一通のメールによって一変する。
「ん? 」
 眉間にしわを寄せてメールを開いた隼人。
「はぁ?…」
 メールを見た隼人の顔色が変わった。
「…これは…」
 メールに添付されていた写真を見ると隼人の顔色が変わった。

 メールには写真も添付されていた。その写真には妻の佳代の秘密が露呈する内容が写し出されていた。写真がマスコミに流れれば、内金コンサルティングは破綻する。
 


 ピピッ。
 スマホが鳴って着信を見た隼人。
 知らない番号の表示を見て電話に出た。
「はい…」
(内金隼人さん? )
「誰だ? 」
(…メールは見てくれたかしら? )
「お前かこんなメールを送ってきたのは」
(それマスコミに流そうかしら? )
「なんだ? 脅しか? 」
(いいえ。本気よ、事実だから。でもあなた次第でこれ消してあげてもいいわよ)
「どうゆう事だ? 」
(今夜18時に時計台の下で待っているわ。必ず来てくれるわよね)
「…さぁな…」

 隼人は電話を切った。
 相手の声に聞き覚えはない。しかし、この写真がマスコミに流れてしまえば内金コンサルティングは破滅する。
 隼人はメールをじっと見てニヤッと笑った。

 電話の相手は誰なのか。
 脅迫なのか、それとも事実の指摘なのか。隼人は電話を切ると、ニヤリと笑みを浮かべる。この写真を消し去るためなら、いかなる手段も辞さないという決意が、その表情に込められていた。復讐の始まりが、ここに刻まれていた。



 
 18時。
 夕刻の駅前は人が多く行き交っている。
 

 約束通り隼人は時計台へとやって来た。あの電話の主が誰なのか非常に興味があった隼人だが、それよりも腹の底ではある企みがあった。

 相手は女だったな。あのメールと同じ証拠を持っているのだろうが、女を落とすテクニックは十分備えているからな。ちょっと飲みに誘ってそのままホテルにでも連れ込んで、ちょっと可愛がってやれば証拠なんて手に入れるのは簡単なものだ。後は裸の写真でも撮って脅してやれば大人しくなるだろう。
 
 そんな企みを抱きながらやってきた隼人。

 多くの人が集まっている時計台。あたりを見渡しても待ち合わせしている人やちょっと休憩している人もいて誰が誰なのか分からないのが本音だ。女性なんか大勢いる…誰なんだろう? 
 
 隼人はスマホを取り出した。

「約束通り来てくれたのですね。内金隼人さん」
 後ろから声がしてハッと振り向いた隼人。

 隼人が振り向いた先にいたのは、あの忍と一緒に一夜を過ごしたメイだった。
 あの夜とは違い、高級ブランドの黒いワンピースとジャケットに身を包み、黒いピンヒールを履いている姿はモデルのように美しい。通し行く人も振り向いて二度見しているくらいだ。
 だが隼人はメイを見ると真っ青な顔になり、まるで幽霊でも見るかのように目を泳がせた。

「誰だ? お前…」
 さっきまで強気の顔をしていた隼人が怯んだ表情でメイを見ている。
「何を言うの? あなた。もう忘れてしまったの? …あなたの妻だった私を」
 隼人に顔を近づけてメイはニヤッと笑った。

「何を言っている。俺の妻は生きている」
 怯んだ表情をできるだけ冷静に保って隼人が答えると、メイは憮然と彼を見つめた。
「私は生きているわよ」
 言いながら隼人の頬に触れたメイ。
 その手は冷たく氷のようだった。
「ただいま…あなた…」
「ふざけるな! 」
  
 メイの手を振り払い怒鳴りつけた隼人を、通り過ぎてゆく人が何事かと振り向いて見ていた。

「まぁ。そんなに怒らなくてもいいじゃない? 私が生きていると、色々と都合が悪かったりするのかしら? 私とは…偽造結婚だったからねぇ…」
「言いがかりはやめろ! 」

 フッと小さな笑いを浮かべたメイはボイスレコーダーを取り出し再生した。
(あの女もバカよね。お兄ちゃんにすっかり騙されて。心臓もらう為に結婚したふりしてたのに)
(レイラから心臓をもらって私も若返ったみたい。言い寄ってくる男が多くて困るわ)
(あらお母様。モテ期到来ですか? )
(そうね。海外では、若いドナーから心臓を移植してもらって長生きしている人もいるって聞くわよね? )
(でもぉ、あんなに簡単に脳死するんだ。あのレイラも単純な人? )

 三人の女の笑い声が響き渡った。

「…この声は、あなたの母親の理子と妹の優子。そして現在の妻の佳代。いかにもバカそうな連中ね。こんな話し、自慢げに話しているなんて」
 ボイスレコーダーの会話に焦った隼人は乱暴に取り上げようとしたが、メイにひょいと交わされてしまった。

「これも欲しい? 」
 まるで苦虫でも噛んだような表情で隼人はメイを見ている。
「売ってあげる。あの写真と一緒に10億でどう? 」
「10億? バカな事を言うな! 」
「安いものじゃない? これが世間に出回れば内金家は破滅よ」
 今にも怒りが噴き出しそうな顔をしている隼人。しかし、目の前のメイを見ていてると違和感を感じた。

 こいつ本当にレイラなのか? 俺が知っているレイラはあの事故で死んでいる。そしてレイラの心臓が母さんに移植されている。レイラが生きているわけがない。だが…どこから見てもレイラだ…何故? 

「答えは三日待ってあげる。10億なんて大金用意するのも大変だろうから」
「俺に売りつけて終わりなのか? 」
「ええそうよ。あんたなんかと、いつまでも関わるのはごめんだわ。またいつ、命を狙われるのか分からないもの」
「分かった…。それなら三日後に我が社に来てくれ。金を用意しておく」
「さすが内金コンサルティングの社長ね。話が早いわ」

 ボイスレコーダーを鞄の中へしまったメイは隼人を見てニヤッと笑った。
「三日後を楽しみにしているわ。このまま成金社長を続ける方が、あなたの為だものねぇ」
 クスっと笑ったメイ。


「内金社長じゃないですか」

 突然の声に振り向いた隼人は、そこに立っていたのが、スラリとした長身の男性だと気づいた。
 推定180cm以上の優しい顔立ちで、きりっとした切れ長の目が魅力的な、まるで女性のような美しさを持った男性だった。着ているスーツはブランド品で、靴も高級革靴。

「これは、宗田ホールディングの副社長様じゃないですか。いつもお世話になっております」
「いいえ、こちらこそ」

 優は、メイを見て驚いた表情を浮かべた。
「あれ? レイラさん?」
 メイは、自分の名前を呼ばれても、相手の人物が誰なのかわからない様子だった。
「覚えていませんか? 宗田です。宗田優です」
 宗田優という名前を聞いて、メイは宗田ホールディングの副社長であることを理解した。
「はい、存じ上げております。宗田ホールディング副社長の宗田優さんですね?」
「は、はい…」

 優は、メイの反応に少し物足りなさを感じたようだが、何も言わずにその場を静かに見守った。

 隼人は、メイと優を交互に見つめると疑念が生じた。
 レイラと宗田副社長の面識があるとはどうゆうことだ? レイラは我が社の社員だったはずなのに、なぜ宗田副社長を知っているのだろうか。

「さて、内金さん。三日後にお会いしましょう」
 とメイは去っていった。

「内金社長、あの方とは何か関係があるのですか?」
 と優が尋ねる。
「いいえ、特に何もありません」
 と隼人は答えるが、何か隠しているような様子だ。
「そうですか。何か気になることでもあるようですが」
 と優は追及する。
「いえ、何でもありません。では、失礼します」
 と隼人は急ぎ立って去っていった。

 優はメイの背中を見つめ、気になって彼女の後を追った。
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