僕の愛した人は…

 内金コンサルティング。
 隼人はいつも通り仕事をしているがずっとレイラの事が頭から離れなかった。

(隼人さん私なんかと結婚してくれて有難う)
 結婚したふりをしたのにレイラは満面の笑みで喜んでいた。
 その頃の隼人は女性を見下し性的奴隷にして当然だと思っていた。レイラの事もどうせ偽造結婚で心臓だけ奪って捨てると決めていた事から、好きなだけ性の奴隷にでもしてやろうかと思っていた。しかしレイラは毎日美味しいご飯を作ってくれて、お弁当も作ってくれていた。いつも外食していた隼人にとって手作りお弁当はとても嬉しかった。会社では佳代が作ったと言っていた隼人だが、美味しいお弁当を食べるたびに心のどこかでレイラに興味を持っている自分がいるような気がしていたがそれを認める事は出来なかった。
 家に帰ると笑顔で出迎えてくれるレイラがいる。綺麗に部屋も掃除してくれていて、洗濯も丁寧にしてくれて、お風呂も綺麗に洗って用意してくれている。
 隼人は生まれて初めてこんな生活を味わったと思っていた。
 レイラと結婚したふりをしている傍ら大手コンサルティング社長令嬢の佳代と結婚している隼人だったが、少し気持ちが傾き始めたのは確かだった。しかし予定外に佳代が現れレイラと偽造結婚していた事がバレてしまった。


 社長室で仕事をしていた隼人は、お弁当を忘れた事でレイラが届けてくれると連絡が入り待っていた。
 しかし突然佳代が連絡もなく現れたのだ。

「隼人さんお疲れ様」
 連絡もなしに現れた佳代に隼人は驚き仕事の手を止めた。
 派手な露出の高いワンピースを着た佳代はお金持ちのお嬢様の雰囲気を醸し出している傲慢な女性に見える。
「ねぇ隼人さん喜んで。私妊娠したの」
「え? 本当か? 」
「ええ、今6週目。性別はまだ分からないけどね」
「そうか。…おめでとう」
「有難う。ところで…あの女はどう? 上手くいっているの? 偽造結婚は」
「ああ、上手くいっている」
「そう。ねぇ、私いい事思いついたの」
 
 ん? と佳代を見た隼人。

「あの女を陥れて、もっと精神的にズタズタにしてやるのはどう? 」
「どうゆうことだ? 」
「例えば…冤罪を着せてやるとか」
「冤罪? 」
「そうよ。ただでさえ両親を亡くして傷心でしょう? そこに冤罪なんか着せられれば、もっとショックを受けて死にたくなるんじゃないかしら? 」

 隼人は何も言い返すことなく黙っていた。
 
 そこまでする必要があるのだろうか? そんなに痛めつけていいわけがない…。
 少しだけ隼人は良心の痛みを感じた。

「死にたくなれば、最後に人の役に立つために心臓提供してって言えば簡単に応じそうだけどねぇ」
「…そんな簡単にいくのか? バレたら逆に、こっちが裁かれるぞ」
「大丈夫よ。その辺りはパパの力でねじ伏せてくれるもの」
「いくらお前の父親が力があっても、法律まで動かせないだろう? 」
「心配しないで、パパの友人には警察官もいるのよ」
 
 言いながら隼人に歩み寄った佳代はギュッと後ろから隼人に抱き着き頬を摺り寄せた。
「もともとあの女は、心臓をもらう為に偽造結婚しただけでしょう? いつまでも生かしておくことはないと思うのよね。それに、あなたのお母様だって早く移植してあげないとねぇ」

 カタンと物音がしてハッとなった佳代が顔を上げると、そこにはお弁当を持ってきたレイラがいた。

 隼人はレイラに気づくと少しだけ目を見開いた。

「あら…奥様がいらしたようねぇ…」
 口元に笑みを浮かべたまま佳代はレイラに近づいて行った。

「初めまして奥様。私、隼人さんの友達で佳代と言います。よろしくお願いしますね」

 レイラは憮然としたまま佳代を見ていた。

「あら? お弁当? 内金コンサルティングの社長にこんな粗末なお弁当を食べさせているの? 」
 小ばかに笑う佳代を冷静な目で見ていたレイラがそっと笑みを浮かべた。
「はい。こんなお弁当を食べてもらっています。だって…」
 レイラは凛とした視線で隼人を見た。
「…嘘つきには、この程度がお似合いですよね? 」
 嘘つきと言われて隼人は今の佳代との会話を聞かれていた事を悟った。

「おかしいと思っていました。婚姻届けはあなたが提出すると言って、一人で提出して。結婚式は喪が明けてからと言って。いつも帰りは深夜になる事が多く、お弁当も食べていない様でしたから」

 佳代はくすくすと笑いだした。

「あらあらバレちゃった様ね隼人さん」
 居直った佳代は腕組みをしてレイラに歩み寄って行った。
「アンタみたいな女が隼人さんと本当に結婚できるって、思っていたの? 天城財閥のお嬢様だったようだけど、今では倒産して財産は親戚に乗っ取られてなにもないのよね? そんな女が、隼人さんに吊りあうわけがないじゃない? 私の様に社長令嬢なら話は分かるけど」

 レイラの傍に来ると佳代は見下し目で見て笑い出した。

「そうですね。私はただの普通にどこにでもいる女です。あなたの様に社長令嬢でも何でもありませんから」
「へぇー。よく判っているじゃない」
「はい。よく判りました。でもよかったです早目に気付けて」
 レイラは隼人をじっと見た。
「隼人さん。私の事を好きだと言ったのは、その気がないまま言ったのですか? 」
 そう尋ねられると隼人はちょっとだけ迷う気持ちが走った。だが、そんな気持ちを抑え込んだ。
「当然だろう? 偽造結婚なのだから」
 そう応えた隼人だが少しだけ目が泳いでいた。
「そうですか。…」

 ギュッと唇をかみしめたレイラは持っていたお弁当を床に投げつけた。

 無残に散らばったお弁当をじっと見たレイラ…。
「これで偽造結婚は終わりです…。そこまでして私の心臓が欲しいなら、奪ってみればいい。奪えるものならね」
 それだけ言ってレイラは去って行った。

「負け惜しみだけは一人前ね。でもこれでいいんじゃなくて? 隼人さん。私たちの子供も来てくれたことだし。レイラを落とし入れる方法はまだあるもの。いつだって、心臓を奪う事はできるわ」
 勝ち誇ったように笑っている佳代だが、隼人は視線を落としたまま複雑そうな顔をしていた。

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