僕の愛した人は…

 花恋に連れられてメイがやって来たのは駅から歩いて5分ほどの場所にあるタワーマンション。
 20階建てで最上階は一軒しかなく5LDKでかなり広い。花恋がすんでいるのは12階で隣が一軒あるが長期出張で今は不在だそうだ。4LDKの間取りでリビングは南向きで日当たりがよく眺めもいい。駅から近いがそれ程騒音もきにならない。

 リビングへ通されたメイはゆったりとしたソファーに座らされた。
 黒皮の高級そうなソファーに木材のテーブル。壁に沿って大きなテレビが置いてあり、サイドボードが置いてある。キッチンと繋がっていて冷蔵庫や食器棚やシンクも広くて綺麗にしてある。

「ねぇお腹空いているでしょう? 」
「あ…」
 花恋に言われてメイは朝のモーニングを食べた切り何も食べていない事に気づき、お腹がグーっとなるのを感じた。

 お腹空いたの久しぶりかもしれない…。
 メイはそう思った。

「ちょっと待ってね、私も夕飯まだだから」
 言いながら手際よく調理器具を使って料理を始める花恋。
 素早い包丁さばき…ジューっと何かを焼いている音や鍋でゆでている音が、とても早く聞こえる。

 メイは黙って待っているしかできなかった。



「お待たせ」
 テーブルの上の置かれた美味しそうなミートスパ。ミンチが沢山入っていてソースも手作りのようだ。入っている玉ねぎやピーマンは丁寧に細かく切ってありお店で食べるような盛り付けだ。パスタの横には新鮮な野菜サラダが小皿に乗せておかれた。フォークとスプーン。中央に好きにかけていいようにドレッシングも置かれグラスにレモン水がつがれた。

「簡単なものでごめんね。パスタ好きだったよね? 」
「はい大好きです」
「良かった。じゃあ、先に食べましょう」

 懐かしい…ミートスパって小さい頃よくお母さんが作ってくれて、ソースは全て手作りだった。あまり食べられなかったけど、いつも姉さんが残った分を食べてくれていたから、お母さんは全部食べてくれたって喜んでいた。

 メイはパスタを一口食べた。
 すると口の中いっぱいに広がるミートソースがとても美味しくて思わず表情がほころんだ。

 こんなにおいしい料理を作れる人ならレイヤもきっと幸せになれるわね。

 久しぶりに美味しいパスタを食べてメイの表情も緩んでいた。

 
 特に会話を交わさないまま食事を済ませて、メイはかたずけはやりますと言ったが食器洗浄機に任せるから大丈夫だと花恋が言った。

 
 時刻は気づけば20時を回っていた。
「そろそろ帰ります」
「え? 帰るの? 」
「はい。もう遅いので」
「泊まって行けばいいじゃない」
「い、いえ…そんな事…」
「もしかして今からどこかに行くの? 」
「そ…そうゆうわけではありませんが…」
「じゃあ泊まって行ってよ」

 花恋はそっとメイの隣に座った。
「好きなだけここにいていいから」
「はぁ? 」
 花恋はちょっと真剣な眼差しでメイを見つめた。
「優の家を出てきたのでしょう? 」
「ち、違いますよ…」
「大きな荷物を持って駅前を歩いていたのは、宿泊場所を探していたのでしょう? 」
「だから…その…」

 図星を指されてしまいメイは何も言えなくなった。

「もしかして優に迷惑かけるって思った? 有羽君もいるから。昨日、あんなことがあったから。巻き込んではいけないって、そう思ったの? 」
 違うと否定したいのにその言葉が出てこなかったメイ。
 どうしてだろう…宗田さんもこの人も、何故か言っている言葉が優しすぎて嘘がつけない。心の奥まで入ってきて安心っせてくれる…この優しさに甘えてはいけないと思うけど…。

「私には、本当の事を話してくれないかしら? これから家族になるのだから。隠し事はしたくないの」
「本当の事って…? 」
「あなたの本当の目的。そして…本当の名前を教えてほしいの」
 
 なに? そんなこと言うなんてどうして? みんな私を見てレイラだと思い込んでいるのに…どうして? 

「7年前。私、医師になったばかりで研修医だった。その時、歩道橋の階段から転落した一人の女性が運ばれてきたわ。その人は…優を庇って頭を怪我したの」
 
 7年前? 確かに私も7年前に歩道橋の階段から転落して怪我をしたと聞いたけど。私は何も覚えていないから…。

「覚えていない? いえ、覚えていないというより思い出せていないって言った方が正解よね? 」
「思い出せていない? 」

 7年前の転落事故で怪我をした。でも、どうして転落したのか覚えていない。誰がを助けたとか聞いたけど全く記憶になくて。転落した後は祖父母が来て私はすぐにフランスに帰ったから日本に来ていた理由も忘れてしまったけど…。
 
 優に会ったとき何故か前にも会ったような気がした。そして…

 メイは額にそっと触れた。そこには7年前にけがをした時に残った傷跡がある。目立たなくなったが、よく見ると分かる傷跡だ。
「…私は…レイラではありません。…私の本当の名前は、天城澪音です。今は目的があって城里メイと名乗っています…」
 呼吸を整えながらメイは正直に言った。

「素敵な名前ね。7年前もそう思ったのよ、まるで天使のような人だって。怪我のせいで何も覚えていないって言われて何とか助けたいって思ったけど。忘れている方が、その人にとっては幸せな事もあるからって思ったの」
「…ごめんなさい…」
「謝る事はないわ。あなたの気持ちはよく判るから。でも一人で頑張る事はないわ、レイラさんを失ってあなたと同じ気持ちの人は他にもいるもの」
 花恋はそっとメイの首に触れた。

「今聞いたことは二人の秘密にするから安心して」
「有難うございます…」
「二人きりの時は、本当の名前で呼んでもいい? 」
「はい。…本当の名前で呼ばれる事なんて、ずっとなかったから…」

 本当の名前を名乗ったらメイは心が軽くなったのを感じた。レイラとして内金家を破滅させるために仕組んできた事だが、どこか心では罪悪感を感じていた。レイラの無念を晴らすと決めているがレイラは本当にそれを望んでいるのだろうか? 内金家を破滅させたら本当に満足できるのだろうか? そんな気持ちに駆られていたのだ。

 
 とりあえず今夜は花恋の家に泊まる事にしたメイ。
 首の怪我もある事から暫く安静にするように花恋からは言われた。

 
 なんだか疲れがどっと出てきたのか、メイはお風呂に入るとすぐに寝てしまった。きっと本当の事を打ち明けた事で、心が軽くなったのかもしれない。
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