僕の愛した人は…
産んでくれたお母さんと育ててくれるお母さん

 昼下がり駅から少し奥へ入った場所にある大きな公園。
 遊具も沢山ありアスレチックもある。芝生もあり並木道もあって伸び伸びと過ごせる公園。

 今日は有羽の通う保育園児はこの公園に遊びに来ていた。

 有羽は年中さんだかサッカーが得意。まだ小さいながらもキック力があり、小学生相手でも一緒にプレイができるくらいだ。
 
 芝生で優は園児たちと一緒にサッカーを楽しんでいる。
 
 園児たちが楽しんでいる公園に何故か隼人が歩いてきた。
 どこか営業へ行ってきた後なのだろうか? 大きめの鞄を手に並木道から歩いてきた隼人は、園児達が遊んでいる姿を目にとめながら歩いている。

 芝生の方へ歩いてきた隼人は元気よくサッカーボールを蹴っている有羽の姿に目を止めた。
 他の園児たちに比べて有羽はひときわ目立つ。日本人離れの顔立ちをしているのもあるが、表情も明るく普通の事はちょっと違う。

 隼人は足を止め有羽をじっと見た。

 有羽の笑う表情は優しく微笑んでくれたレイラとそっくり。髪の色もそっくりで、まるで自由に駆け回る天使のように見えた。
 そんな有羽の姿を見ていると隼人は胸がキュンとなった。

 もしレイラと普通に結婚していたら…あの時…レイラと関係がもてていたとしたら…あのくらいの子供がいたのかもしれない。いや…それはないか…だって俺は…。


 コロコロ…。
 サッカーボールが足元に転がって来た。
 ん? と、隼人はサッカーボールを見ていた。すると、まだ幼い足取りで走ってくる有羽の姿が目に入った。

 有羽は隼人の傍に来るとじっと見つめてきた。まだ小さな有羽は背の高い隼人を見上げているが、その目は純粋で優しくて…。
「やぁ、サッカー好きなのか? 」
「うん」
 なにも警戒しないで有羽が応えた。その反応が嬉しくて隼人は有羽をそのまま抱きかかえた。

 間近で見る有羽はレイラとそっくりな目をしていた。
「名前教えてくれるかい? 」
「有羽」
「有羽君か。素敵な名前だね」
 そう言いながら隼人は辺りを見渡すと、他の園児は遊びに夢中で保育士は他の園児に気をとられていて有羽が隼人と一緒なのを気づいていないようだった。
 それを確認した隼人はそのまま有羽を抱っこしたまま走り去っていった。


 全速力で走って…走って…遠くへ行こう! 遠くへ逃げよう! それだけを思って走ってきた隼人。

 途中でタクシーを拾ってとりあえず自宅へ戻る事にした。
 

 隼人の自宅は駅から車で15分かかる住宅地に建っている。一般的な建売よりも広い二階建ての一軒家。
 
 
 家に戻った隼人は有羽を食卓の椅子に座らせた。
 
 有羽は怖がることもなく落ち着いて隼人を見ていた。

 
 隼人は冷蔵庫を覗いた。
 確か昨日買ったケーキがあったと思うけど…。
 冷蔵庫を開けると白い箱に美味しそうなモンブランケーキが入っていた。

 そのケーキを取り出して白いお皿に乗せて冷たい麦茶と一緒に有羽に出した隼人。
「悪かったな突然連れてきて。そのお詫びだ、食べていいぞ」
「有難うお兄ちゃん。でもね、食べる前には手を洗わなくちゃいけないんだよ」
「おお、そうか。じゃあこっちにおいで」

 有羽の手を引いて言洗面所へ向かった隼人。

 洗面台で一生懸命一人で手を洗っている有羽の姿を見ていると、隼人は何故か喜びを感じた。
 佳代との間に生まれた娘の乃亜はほとんど佳代にくっついて隼人にはなつかない。抱っこしても泣き出し手を繋ぐと怒り出す。いつも怒った顔で隼人を見ている乃亜。だが有羽は素直な笑顔で隼人を見てくれる。

 子供の姿にこんな気持ちになれるなんて…俺にもまだ善人の心が残っているのか? 
 無邪気に笑って手を洗っている有羽の姿を見ながら、隼人は自分が子供の頃にしてほしかったことを有羽にしてあげたいと思えてきた。


 食卓に戻った有羽は頂きますと手を合わせてケーキを食べ始めた。
「すごいな、ちゃんと手を合わせて頂きますって言えるんだな」
「うん。だってお父さんが、食べる時は作ってくれる人とか用意してくれる人に有難うって気持ちをこめて。頂きますって言うんだよって、教えてくれたもん」
「お父さん…」
 
 もぐもぐと美味しそうにケーキを食べている有羽の姿を見ていると。有羽の向こうに優しいお父さんの姿が見えてくるような気がした。

 俺の父さんってどんな人なのかな? いなくなったって聞かされただけで、全然覚えていない。あの母さんが好きになった人ってどんな人なんだ? いなくなった理由はハッキリ聞いていない、ただ母さんが女を作って出て行ったとは言っていたが今の母さんを見ていると本当にそうだったのか? って思えるけど。

「はい、どうぞ」
 
 目の前に有羽がフォークでケーキをとって隼人の口の前に持ってきた。
 突然のことに驚いた隼人はどうしたらいいのか分からず戸惑った目をして有羽を見ていた。

「お兄ちゃんも一緒に食べよう」
「え? 一緒に? 」
「うん。だって、僕だけ食べていたら。せっかく美味しいケーキなのに、お兄ちゃん一緒に楽しめないでしょう? 」
「一緒に楽しむって…」
「だって美味しいもの食べると嬉しくて、ワクワクして楽しくなるよ。楽しい事はみんなで一緒に楽しむ方が、もっと楽しくなるってお父さんがいつも言っているよ。だから、お兄ちゃんも一緒に食べよう」

 一緒に…そんな事今まで考えた事もなかった。優子は誰かからもらってくることが得意だったが、俺に分けてくれることなんかなく余ったものを食べたり優子が嫌いな物だけもらう事はあったが。一緒に何かをすることなんて考えた事なかった…。

「ありがとう。でもケーキは一つしかないだろう? 」
「うん、一つしかないけど。こうやって分け合ったらいいでしょう? お兄ちゃん、ケーキ嫌いだった? 」
「いや…好きだよ」
「じゃあ食べて。美味しいよ」

 美味しいよと言われて隼人はぎこちなく口を開けた。
 嬉しそうに笑って有羽は隼人の口にケーキを運んでくれた。
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