僕の愛した人は…

 パクっと素直に食べた隼人は、口の中に広がるモンブランの味がとても美味しく感じた。誰かに食べさせてもらう事なんてなかったと思うけど、大人になって食べさせてもらうなんて恥ずかしいけど。ケーキってこんなに美味しかったんだ…。
 
 ケーキを一口食べた隼人は何故か目が潤んできた。
「有難う、とても美味しいね」
「よかった」
「ねぇ、有羽君のママは何て名前なんだ? 」
 名前を尋ねられると有羽はじっと隼人を見つめた。
「僕のママはね。二人いるんだよ」
「二人? 」
「うん。僕を産んでくれたママと、これから育ててくれるママがいるよ」
「産んでくれたママと、育ててくれるママ…? 」
「そうだよ。お父さんが話してくれたよ。僕を産んでくれたママは、すごく綺麗で優しい人だから人を助けるために命をプレゼントして死んじゃったんだって。でも、その代わりのこれから僕の事をとっても大切に愛してくれる天使のように強くて優しいママが来てくれるから。僕には二人のママがいるから最高に幸せだよって話してくれたよ」

 二人のママ…。
 この子を産んだのがレイラだとしたら、これから育てるためにもう一人誰かが来たという事か…。
 そのもう一人が今現れたレイラだとすれば。二人に共通する人物がこの子の父親と言う事だ…。

「ママの名前教えてあげるね」
 そっと有羽は隼人に手に手を重ねた。
 小さな有羽の手はとても暖かくて隼人の胸にジーンと何かが伝わって来た。
「これから僕のママになってくれる人はね、澪音って言うんだよ」
「澪音? 」
 
 隼人は澪音と言う名前に覚えがあった。

 それは…7年前。隼人が慌てていて歩道橋の階段で誰かにぶつかった、その時転落した男子学生がいた。そしてその男子学生を助けようと受け止めた女性がいた。自分が原因で二人が転落したのを見た隼人だったが、大怪我をしている姿を見て怖くなりその場を逃げ出したのだ。その時必死に男子学生が「澪音さん! 」と女性の呼び掛けていたの覚えている。
 気になった隼人は人伝いに事故の状況を聞いて、女性が大怪我をしたが命には別状はなく男子学生は軽傷で済んだと聞いてほっとしていた。

 まさかあの時の…同じ名前だとしても珍しい名前の人…。
 隼人は困惑していた。

 
 ピピッ。
 隼人のスマホが鳴った。

「はい」
(…内金社長ですね? )
「はい、そうですが」
(宗田です)
「宗田副社長? どうされたのですか? 」
(今、息子と一緒ですよね? )
「え…っ…」
(あなたが公園から息子を連れ去った現場を、保育士が目撃していました。職場に伺ったのですが、今日はもう退社していると言われましたので)
「…すみません。…可愛くてつい…」
(黙って連れて行くのは誘拐と同じですよ。息子がいなくなって、大騒ぎしていたのですから)
「はい…」
(息子はどうしていますか? 傍にいるのですか? )
「はい。おやつを食べていたので、今から送ってゆきます」
(いえ、僕が迎えに行きます。ご自宅の位置情報を番号メールに送ってもらえますか? )
「分かりました…」


 電話を切った隼人はコップを手に持ってゆっくり麦茶を飲んでいる有羽を見ると、愛しい気持ちが込みあがって来た。
 子供なんて好きじゃない。いや…俺は自分の事が大嫌いだ。誰からも愛される事なんてないって思っていたから。でも…今初めて愛されているって思えた。この子に会えて…。
 そう思った隼人は有羽の隣に座ってヨシヨシと頭を撫でた。
「ごめんな。もうすぐお父さんが迎えに来てくれるって、電話がかかって来たよ」
「そうなの? 良かったお父さんと連絡できて」

 俺を見て怖がらないのは何故なんだ?まだ人を疑う事を知らないからだろうか?
 そんなことを考えていた隼人。
 

 それから暫くすると。

「隼人、いるの? 」

 佳代がやって来た。
 
「隼人、悪いんだけどお金用意してもらえない? 」
 露出の高いスリップドレスを着た佳代が濃いメイクで現れた。

「ん? 」
 ソファーで隼人と一緒にいる有羽を見た佳代はジロジロと品定めをするかのように有羽を見ていた。
「何この子」
「ああ、ちょっとな」
「もしかして、隼人の隠し子? 」
「…そうかもな」
「え? 嘘でしょう? そんなわけないじゃない。貴方に子供なんて作ること、できないもの」
「はぁ? 」

 佳代はリビングの棚から財布を取り出した。
「あら、今日はこんなにも入っているのね」
 財布の中には100万札束が入っていた。
「これだけあれば余裕だわ。今夜も帰らないと思うから、乃亜は実家に預けてきたから心配しないでちょうだい」
 
 ピンポーン。
 チャイムが鳴りインターフォンを見ると優の姿が映っていた。
「どうぞ」
 玄関のロックを解除した隼人。
「入ってきてください」

 
 佳代は有羽を見てニヤッと笑った。
「ねぇ…あなた、私の子供にならない? 」
 濃いメイクの佳代に笑いかけられると有羽は恐怖を感じて泣き出した。

 有羽の鳴き声を聞くと隼人は驚いて振り向いた。
 佳代に笑いかけられて泣いている有羽を見ると、想いより先に傍に寄って行き有羽を抱き抱え佳代から引き離した。

「なんなの? なんで泣くの? 」

 ガチャっと玄関が開いた。
「お邪魔します」

 優がやって来た。

 
 リビングへとやってきた優は泣いている有羽を見ると傍に歩み寄って行った。
「有羽どうした? 」
 隼人に抱っこされている有羽は優に手を伸ばした。
「もう大丈夫だよ、おいで」
 ギュッと優にしがみつく有羽は怖がって震えていた。

「どうして宗田さんがここに? 」
 ふてくされた顔で佳代が尋ねた。
「ちょっと、俺が有羽君を連れて来たから迎えに来てくれたんだよ」
「え? 」

 優は状況を見て有羽が怖がったのはきっと佳代を見てだと察した。

「すみません。息子がお世話をかけてしまったようで、これで帰りますので」
 優は有羽を抱いたまま急ぎ足で去って行った。

 
 去り行く優と有羽を見ながら佳代はニヤッと笑った。
「隼人とっても良いお金儲けできるわよ」
 
 はぁ? と隼人は佳代を見た。
 佳代はニヤニヤと笑いながら気持ち悪い表情を浮かべていた。

 
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