僕の愛した人は…

 明け方になり、まだ優が眠っている間にレイラは姿を消した。

 このまま姿を消せばいい。だって、この人が本当に愛しているのは澪音だから…。
 そう自分に言い聞かせたレイラ。

 だが…この数週間後、レイラと優は再会した。
 レイラは何もかも失った中慎ましく清掃の仕事をしていた。その中でレイラが派遣された宗田ホールディングで再会した優とレイラ。
 これがきっかけで交際がスタートした。
 しかしレイラは澪音と間違えている優に申し訳ない気持ちでいっぱいだった。

 そんな時。
 優が清掃員と交際していると知った聖がレイラを待ち伏せして優との交際を遠慮してほしいと言ってきた。
 元々は澪音と間違えられているのに本気で交際なんてできるわけがないと思っていた事からこの日を境に優に会う事をやめた。

 しかし優は聖が邪魔をしたことを知って激怒した。

 初めて優が激怒した姿に聖は驚くばかりだったが、レイラを探しても見つかる事が無かった。



 優は諦めかけていたがレイラが姿を消して1年経過するかしないかくらいの時、突然電話がかかってきた。

(優さん。お会いして話したいことがあります)
 電話を受けた優はすぐにレイラに会うために指定された場所へ向かった。




 昼下がりの公園で待ち合わせした優はやっと会える喜びに胸が高鳴っていた。


 間もなくしてレイラが現れた。
 しかしレイラはまだ生まれて間もない赤ちゃんを抱っこしてやって来た。
「優さんごめんなさい。この子は貴方の子供です」
「え? 」
 
 突然渡された赤ちゃん。
 しかし見ているだけで愛しくて間違いなく自分の子供だと実感できる。

「ごめんなさい優さん。私、あなたを騙していました」
「え? 」
「私、澪音じゃありません」
「は…はぁ…」

 驚いているようだが優はどこか冷静なような気がした。罪悪感がいっぱいで申し訳ない気持ちで、レイラは頭を下げていた。

「私は澪音の双子の姉妹で姉のレイラです」
「レイラさん…」
「ごめんなさい。あの夜は、とてもショックな事があり一人でいたくなくて。そんな時、あなたが声をかけてくれて。澪音と間違えているようだったから…一緒にいて欲しいって言いました。…でも、あなたのお父さんに身の丈を弁えてほしいと言われたとき、目が覚めました。もうお会いする事はないと決めていたのですが…この子が来てくれて…一人で育てるつもりでしたができなくなってしまって…。経済的にも私には…」

 優は赤ちゃんとレイラを交互に見ていた。申し訳ない気持ちで目を伏せているレイラの姿は、眠っている赤ちゃんとそっくりだ。でも、肌の色や輪郭を見ていると自分にも似ていると感じる。そう思うと、この子は間違いなくあの夜に授かった子供だと確信できた。
「この子の事をお願いします。…ごめんなさい、いつか澪音に会ったら分かります。澪音は、私なんかよりずっと素敵な女性ですから」
 そう言ってレイラは去ってゆこうとした。
「ちょっと、待って下さい」
 呼び止めた優をレイラは恐る恐る見た。

「僕、気づていました。あなたが澪音さんじゃない事」
「…知っていた? どうして? 」
「だって澪音さんは瞳の色が赤かったから」

 知っていたのにあの夜、私の事を…。
「…そう…知っていたのですか…」
 レイラは力なく答えた。
「僕も同罪ですから、何も責めないで下さい」
「…有難うございます…」
「一緒に澪音さんを探しませんか? 」
「え? 」
「だって、僕もレイラさんも澪音さんを探している目的は同じじゃないですか。この子と一緒に、澪音さんを探して下さい」

 何も言えない…こんなに優しい人がこの世の中にいたなんて…。 
 レイラは感無量だった。

「…少しだけ考えさせてください必ずお返事しますから…」
「分かりました。それまでは、僕がこの子を育てますから安心して下さい」

 レイラはホッとした。
 正直に話して優がどう答えるか不安だったが素直に受け止めてくれた。
 この人が澪音の事を愛してくれるなら何も心配ない…。
 そう思ったレイラ。

 優に赤ちゃんを託してレイラはその場を去った。
 

 しかしレイラはこの後誘拐犯として逮捕された。
 佳代が偽造工作してレイラを誘拐犯に仕立て上げたのだ。

 そこから優とは連絡が取れなくなった。
 やっとレイラと再会できたのは、レイラがひき逃げされて亡くなった時だった。


 レイラは出所して持っていた名刺で優に電話をかけようとしていたようだった。その名刺を見て何か関係者なのかと警察から連絡があり病院へ駆けつけた優。
 既に脳死していたレイラはドナー登録者で臓器が必要な人へ移植されることが決まっていた。そして心臓はすぐに移植されることも決まっていると言われた。
 短い時間だけ見たレイラの顔はひき逃げされたのに安らいだ顔をしていた。

 残された骨を先に火葬して、優は身寄りがいないレイラの葬儀を行った。
 誰も参列しない葬儀だったがどこかレイラが幸せそうに感じていると優は思った。

 金奈市にある緑がいっぱいの静かな霊園にある納骨堂にレイラを埋葬した優。
 レイラの両親のお墓がどこかにあると思うが詳しく分からない為とりあえず納骨を考えた。 

「レイラさん。母子手帳に赤ちゃんの名前書いてありました。有羽って素敵な名前を付けてくれて、ありがとうございます。…安心して下さい。有羽は僕が一人でちゃんと育てます。そして約束通り澪音さんを探して宇宙一の幸せ者にしますから」
 抱っこ紐の中でスヤスヤと眠っている有羽はもうすぐ8カ月になる。
 金色の髪で雪のように白い肌を見ていると、おとぎ話に出てくる皇子様のようだ。
「有羽…。本当のお母さんは、大切な心臓を必要な人にプレゼントして宇宙に帰っちゃったんだ。でもね、有羽をこれから育ててくれるお母さんがいるから一緒に探そうな」
 すやすやと眠っている有羽は何も答えないが優にだっこされ、とても安心している。
 


 それから5年の間。
 優はレイラが結婚した事となっていた内金隼人について調べ上げた。
 
 全てを知った上で優は内金隼人だけではなく、内金家全体の悪事の証拠を掴んだ。
 全ての準備を整えるため動き出したところに澪音が現れたのだった。
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