僕の愛した人は…

「レイラさん、待って下さい」
 
 追いかけて来た優の声に先を急いでいたメイは立ち止まった。
 優はメイの背中を見つめたまま立ち止まった。

 あの時より…悲しそうな背中をしている…。一人で全部背負っているの? 
 メイの背中を見て優は何か遠い昔を思い出しているかのように目が潤んでいた。

 歩道橋の下では電車が行き交う音が響いている。

「レイラさん。僕の事…本当に覚えていてくれたのですか? 」
 そう尋ねられるとメイはドキッとなった。だが、動揺を悟られないように黙ったまま背を向けていた。
「…嬉しいです。覚えていてくれて…」
 言いながらメイに近づいてくる優の足音…。

 どうしよう…この人は私をレイラと間違えている…でも、このまま間違えられていたほうがいいような気もする。レイラの事を知っているなら、あいつ等を破滅させる道具に利用できるかもしれない。

「レイラさん」
 真後ろで呼ばれてメイはハッと驚いて振り向いた。

 間近で見る優はとても優しい眼差しでメイを見つめている。その目を見ていると、何故か懐かしい感じがすると共にちょっとだけ罪悪感も感じた。こんな目で見つめてくるとは…レイラとはどんな関係だったのだろうか? 


「レイラさん。大切なお預かりものをお返ししたいのですが」
「預かりもの? 何も預けた事はありませんが? 」
「嘘です! どうしてですか? 」

 え? 
 何のことだか分からないメイに、優は潤んだ目で見つめてきた。そして、メイの腕をギュッと掴んできた。
「僕に預けてくれたじゃないですか。絶対に引き取りに来るから、お願いしますって言ったじゃないですか」
「そ…そうでしたか? 」
 大切な預かりものって…まさか何か証拠でも預けているのだろうか?
 メイはそっと視線を反らした。

「大切にお預かりしています。約束通り、僕一人で、ずっと守ってきました。」
 優の言葉は、まるでメイの心の奥深くに響くようだった。彼の真剣な眼差しに、メイは思わず息を飲んだ。
 心当たりはないが、彼の言葉には何か特別な意味があるように感じられる。大切に預かっていると言っている。きっとそのものには、私が知らない何かがあるのかもしれない。

「…そう…ですか…」
 メイは曖昧な返事を返した。
 彼女の心は不安と期待の狭間で揺れていた。

「一緒に来てください。」
「え?」
 メイの驚く声をよそに、優の手が彼女の手を優しく包み込む。
 大きくて逞しい手はとても温かい。その温もりに、メイは一瞬、心が和らぐのを感じた。

「やっと…お返しする事ができます…」
「い、いや…そう言われても…」
 メイは戸惑いを隠せずにいた。しかし、優の強い意志が彼女を引き寄せる。
 このまま着いて行ってはダメだと、彼の手を振り払おうとするメイがいたがなぜかその手は離れなかった。

 長身の優に引っ張られながら、メイは心の中で葛藤していた。
 彼女の尖った気持ちが、優の温もりによって少しずつ癒されていく。
 優は彼女をレイラだと信じ込んでいるかのようだった。大切な預かりものとは、レイラが何を優に託したものなのだろうか?

 その疑問が頭をよぎるが、メイは優に手を引かれタクシーに乗り込み宗田家へ向った。

 宗田家へ向かう道の中、メイの心は不安と期待でいっぱいだった。だが、優の隣にいることで、何か特別な瞬間が待っているような気がした。


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