僕の愛した人は…

 ガラス窓からは心地よい日差しが差し込んできて、その光が虹色に輝いている。
 そんな中に立っている優の姿はまるで俳優の様に絵になっている。

 メイはそっと視線を反らした。
 案外早く再開するものだ…黙っていお出て言った事を責めるのだろうか? 

「…有羽が泣いています…」
 少し上ずる声で優が言った。

 有羽君が泣いている…それは姉さんを恋しがっているからだから。私を必要としているわけじゃない…。
 そう言い聞かせたメイ。

「有羽が…ママがいないって、毎晩寝付くまで泣き続けています。こんなことは初めてで、正直、僕にも手に負えません。本当は、有羽はとても人見知りなのです。でも、あなたを見た時は満面の笑みで案内喜んで素直にママって言ってくれて安心しました。僕も感心するほど、有羽は良い人と悪い人を見極める事ができるようで。心を許した人にしか、、笑顔を向けないのです」

 似ている…私と…。
 私も幼い頃は人見知りで、心を許さない人には絶対に笑顔を見せなかった。それを姉さんは分かっていて、いつも守ってくれていた。
 
 有羽君…どうして私と似ているの? 

 優はスッと頭を下げた。
「僕がついていながら、怖い思いをさせてしまって申し訳ございません」
「謝らないで下さい。あなたは何も悪くありません」
「でも…約束したじゃないですか…」
 
 ゆっくりと顔を上げた優は潤んだ目でメイを見つめた。今にも泣きそうな優の眼差しは見ているだけで吸い込まれそうで、メイはドキッとなった。
「一緒に幸せになろうと…言いましたよね? 初めての夜に…」

 初めての夜。思い出すだけでも恥ずかしくて、メイはほんのりと赤くなった。レイラと間違えている勢いで、優と結ばれてしまった事を後悔していないわけではない。

「…戻ってきてください…」
「それは…できません…」
 断るメイをじっと見つめた優はフっと小さく笑った。
「戻ってきてくれないのは、あなたが…レイラさんじゃないからですか? 」

 やっぱり聞いていたんだ。いずれ分かる事だけど…

「そうです。私は…城里メイ。この病院の理事長の娘です。…だから…」
「それでも構いません。有羽が必要としているのですから」
「有羽君が必要としているのは。…レイラでしょう? 」
「いいえ有羽はきっと、貴女を必要としています」
「…どうして? …」

 返す言葉が見つからずメイは唇をかみしめた。

「あなたがいなくなって、有羽が一番悲しんでいるのです。夜泣くだけじゃなくて、ご飯もあまり食べてくれなくて保育園でも先生が心配しているくらいです」
「そんなに…」

 メイは思い出した。
 寂しくて泣きたいときはいつもご飯をあまり食べなかった。すぐに体調を崩すメイを心配して、祖父母が好きな物を作ってくれたりご機嫌を取っていた。でもメイが本当に欲しかったのは…両親の愛だった…どんな手段を使われても満足するわけでもなく。次第に諦めていたのだ。

「もう、怖い思いはさせないと約束します」
 俯いているメイの手をそっと握って来た優。
「あなたの背負っている重荷を、僕にも分けて下さい」
「どうして? レイラじゃないのに…初めての夜だって…レイラじゃないのに…」
「あなただから…後悔していません」
「え? 」
「あなたと結ばれて、僕は最高に幸せです。だから…一緒にいたいのです。…」
「…どうしてよ…私…」
「有羽じゃなくて、本当は僕があなたを必要としているのかもしれません」

 ここで戻ったらまた危険な事に巻き込むかもしれない。有羽君は姉さんだと思い込んでいるのに…。
 メイは迷っていた。

 すると…。

「メイ」
 
 ゆっくりと歩み寄ってきたのは背の高いスラっとした女医。
 メガネをかけて長い黒髪を後ろで結って白衣を着ている姿は、とてもカッコいい。

「…理事長…」
 そう呟いたメイが少し悲しげな眼をしていた。

「初めまして、私、金奈総合病院理事長の城里舞と申します」
 丁寧な挨拶をした舞を見て優は違和感を感じた。
 
 メイと舞を見ていてもどこからも親子関係が感じられなかったのだ。

「初めまして宗田優です」
「あら、あの宗田ホールディングの方? 」
「はい」
「そうでしたか。メイがお世話になっているようで」
「いいえ、こちらこそ」
「メイはとても頑固で困るくらいです。でも、あなたのような素敵な人が傍にいるなら安心ですね」

 舞はそっとメイの肩に手を置いた。
「何も心配しなくていいわ。貴女を必要としている人がいるなら、力を貸してあげなさい」
「でも…」
「心配しないで。あなたの邪魔にならないように、SPを雇っているわ。危険な事はもう起こらないから」

 メイは複雑だったが、有羽が必要としているならと…とりあえず優の言うとおりにすることにした。


 
 遠くで見ている花恋がいた。
「どうやら上手くまとまったようね。良かった」
 ホッとした笑みを浮かべて花恋はそのまま去って行った。

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