僕の愛した人は…

 澪音…。
 これが私への手紙だと知っているという事は…この人はもしかして私の本当の名前を知っているということ?

「読んでみて下さい。ずっと僕が預かっていたのですが、ここに置いておいた方が良いと思ったのです」
「…はい…」

 言われた通りメイは手紙を読んでみた。

(澪音。一人だけフランスに行かせてごめんなさい。お父さんも忙しくて家にいない、お母さんも体が弱くて寝込んでばかり。レイヤはまだ小さく手がかりお金もかかる。私も手がいっぱい。そんな中、澪音の事をしっかり見てあげられなくて辛かったの。同じ日に生まれて一緒に育ってきたのに私だけは元気で澪音は病気ばかりで…できれば代わってあげたかった…。一緒に高校を卒業して、大学まで行って。私はお医者さんで、澪音は検察官。その夢を一緒に果たしたかった。でも大丈夫よね? 澪音は必ず夢を果たしてくれると信じている。この事を直接澪音に伝える事ができていれば随分と私の人生も変わっていたかもしれないってこの手紙を書きながら思っています。…澪音、あなたの幸せを家族みんなが祈っているのよ。お父さん、忙しくていつも澪音に構ってあげられない事をすごく後悔しているの。お父さんにできる事はお金を出す事しかできないけど、澪音が元気になる為ならいくらでもお金を出せるって言っていたの。お母さんも元気に産んであげられなくてごめんなさいって言っているわ。レイヤも澪音ともっと遊びたいのにって、いつもお父さんに怒っているくらいよ。だから澪音忘れないで、貴女は愛されている事を…。私、大学はフランスの大学に行こうかな? って思っている。澪音と一緒に卒業して夢を果たしてゆけるといいなぁって思ているの…)

 一通目にはレイラからの後悔と家族の想いが書かれていた。

(澪音。私結局フランスの大学には行けなかった…。お母さんがずっと寝たきりになってしまって、レイヤもやっと高校に入学してお父さんがますます忙しくてレイヤの面倒を見なくてはならなくなってしまったの。あの時、あなたに手紙を出しておけばよかったかな? って後悔している。澪音、貴女は夢を叶えているわよね? フランスでも有名大学に合格したって、おばあちゃんから聞いているわよ。澪音はいつも笑顔で励ましてくれて、とっても良い子だってお爺ちゃんもお婆ちゃんも誉めているわ。ねぇ、澪音。大学を卒業したら日本へ帰ってきて。日本で検察官になって、私と一緒にレイヤを一人前にして。そして、私達の幸せに向かいましょう。私は澪音の幸せを一番に祈っている。澪音は好きな人できた? 沢山恋している? 私ね、駅前でとっても可愛くて素敵な高校生に出会ったの。私より年下だけど胸がキュンとして…。でも、私は家族を支えるって決めているから恋なんてしないけど。想うのは自由だから、遠くで見ている事にしたの。不思議よね、人を好きになると幸せな気持ちになれるの。そして、その人を想うだけで幸せになれるの。この前、その高校生と目と目が合ってしまってびっくりして逃げちゃった。反対側にいたのに、歩道橋を上がってきて追いかけて来たから急ぎ足で逃げたの、ドキドキしてびっくりしたけど、なんだか幸せ。…高校生だから、すぐに忘れちゃうだろうけどね。澪音、大学を卒業したら日本へ帰ってきてね…)

 二通目の手紙にはレイラの恋する思いが書かれていた。家族のために恋する事をあきらめたレイラが、想うだけで幸せだと恋を楽しんでいる姿が書かれていて、読んでいる澪音も幸せな気持ちになれた。

(澪音…お父さんとお母さんが亡くなった事は、澪音には知らせないでってお願いしたの。ちょっと、これには事件性と言うか暗い闇が隠れているの。お父さんとお母さんが亡くなる前に、内金隼人という内金コンサルティングの息子がしつこく着きまとっていて私と結婚させてほしいと言ってきたのだけど、お父さんもお母さんも断っていたの。するとね、お父さんの銀行に架空口座が作られ勝手に送金されたたり、大口契約が急に解約されたりと何かに仕組まれたように次々と…。これはきっと、内金隼人の仕業だと思う。最近、大手コンサル会社の社長令嬢と仲が良く怪しい噂を聞いたわ。…澪音、私に何かあっても決して内金隼人を恨んだりしないで。貴女は幸せをつかんでほしいから…。それから一つだけ、貴女に最大の懺悔をしなくてはなりません。…私、澪音が好きな人と関係を持ってしまったの…。大きなショックが重なり…その人は私を澪音と間違えて声をかけてきたの。…澪音の事を好きでいてくれているって目を見れば判ったわ。…澪音、日本に帰ってきたのね。安心した…。でも…私は澪音を好きでいてくれる人を騙して関係を持ったの。澪音のふりをして…ごめんなさい…。私の事恨んでもいいわ…。でもね、もし…澪音がその人と出会ったとしたらきっと澪音も好きになるって思った。経緯は分からないけど、とても純真な目をしていた。…澪音…私が幸せになれなかったとしても貴女のせいじゃない。これは私が選んだ事だから誰のせいでもないの。だから澪音は、澪音の信じた道を進み自分に正直になり嘘をつかない事。…レイヤも無事に学生から社会人へなったわ。心配しないで幸せになりなさい…)

 最後の方が震えるような文字で書かれていたレイラの手紙。
 レイラは全てを知っていて内金隼人に近づいたようだ。結婚したのも全て知っていて結婚した…何かを探ろうとして…。
 でも結果的にひき逃げされ心臓を奪われてしまったのだろう。

 三通目を読み終わったメイはその場に崩れてしまった。
 肩を震わせて声を抑えて泣いているメイ…。

「…澪音さん…」
 小さく名前を呟いた優は膝をついて、メイをギュッと抱きしめた。

「泣きたいだけ泣いて下さい。ずっと、泣きたくても我慢してきましたよね? …貴女の本当の気持ちに寄り添ってあげて下さい。…一番傍にいる貴女自身が大切です。…僕が支えますから…何も心配しないで下さい…」
 
 ギュッと抱きしめられた優の腕の中でメイは声を抑えて泣いていた。
 ずっと誤解していた部分もあった。フランスの祖父母の元へ行かされたのは、邪魔だからだと思っていた。病気ばかりしている自分なんかいない方がいいからなのだと。レイラもフランスへ行っても元気でねと言っているだけで、引き留めようともしないで。父も母も行かないでくれとは言わなかった…。だけど思い返してみると、祖父母はお金の事は一切口にしなかった。学費は心配しなくていい欲しいものがあればなんても言いなさいと言っていた。大学に進学するときも一流の家庭教師をつけてくれて…日本で検察官になると言っても反対しなかった。
 フランスに名医がいると言われたのは、今の金奈総合病院の理事長が当時フランスの病院で勤務していて祖父母の親友だったことから、日本人の医師が傍にいれば大丈夫だと言われた。
 舞とはフランスの祖父母の元にいた時から仲良くしていて、メイが日本で検察官になる為に戻ってきた時はお世話になっていた。
 7年前の事故の時も当時は院長だった舞が研修医なりたての花恋と一緒に対応してくれていた。

 7年前に転落事故に遭わなかったら…ずっと日本にいたのだろうか?
 そんな疑問も感じたメイ。
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