僕の愛した人は…

 レイラと間違えて声をかけてきた優だった。でも…なんとなく見ていると胸の奥からジーンと伝わってくるものがあった。流されるまま宗田家に連れてこられても拒むことなく着いてきた自分に驚いていたが。理由もなく安心できるこの気持ちは何なのかと思っていた。正直、優に抱かれていると幸せだった…レイラと間違えていると思っていても、心から愛されていると感じた…。

「…澪音さん…」
 名前を呼ばれると澪音はハッとなった。
「もういいですよね? 全部終わったのだから。澪音さんに戻っていいですよね? 」
 そっと肩に置かれた優の手を感じると、何かがスーッと胸の奥に入ってくるような気がした。


(あっ、すみません)
 まだ学生の若かれし優が鞄を落としてしまい拾い始めた。
(ごめんなさい、ボーっとしていました)
 まだ帰国してきたばかりの澪音はきょろきょろしながら歩いていて、優とぶつかってしまい鞄を落としてしまった。

 お互いが散らかった中身を拾っていた。

(はい、学生証)
 最後の一つが残っていて澪音は優に渡した。
(有難うございます)
 そう言って澪音を見つめた優は、その瞬間に胸がドキッと高鳴ったのを感じた。
 
 澪音の綺麗な赤い瞳…少しやせ細っているが綺麗な顔立ちで、きりっとしためをしている。綺麗なブロンドの髪をショートにして、キャリアウーマンの様にビシっとスーツで決めている姿は大人の女性そのものだ。
 優は澪音から目が離せなかった。

(怪我はないようで良かったです。本当にごめんなさい、日本に戻って来たばかりで色々見ていたものですから)
(やっぱりそうなのですね? でも、日本語とても上手ですね)
(父が日本人なので中学生までは日本にいたのです)
(そうだったのですか)
(それじゃあ、失礼します)

 軽く会釈をして去ってゆく澪音を見えなくなるまで優はずっと見ていた。
 だが…。
(あれ? )
 足元を見ると手帳が落ちていた。

 拾ってみるとそれは澪音の手帳だった。
 優はまだ近くに澪音がいるかと探してみたが見つからなかった。

 
 仕方がなく翌日検察庁へ届けようと思った。

 だが翌日、検察局に行ったが澪音は不在でどうしても本人に渡したく出直すことにした。



 残念な気持ちで歩いて優が歩いていると、不意に澪音が歩道橋の階段近くにいる姿を発見した。
 弾む気持ちで駆け寄って行った優。

(すみません、この前ぶつかった時にこれ拾っていたので)
 息を切らせながら澪音に駆け寄って来た優が手帳を渡すと、澪音は驚いた目で優を見て満面の笑みを浮かべた。
(有難うございます。ずっと探していたのですが、見つからなくて再発行してもらおうかと思ていたのです)
 その満面の笑みは優には天使の笑顔に見えた。

 その笑顔につられて優は澪音の隣を歩いて他愛ない話をしながら階段を下りていた。

 すると…スマホばかり見て周りを見ていない隼人が階段を駆け上がってきて優にぶつかった。
 そのはずみで優は死を踏み外して転落しそうになったが、澪音が優を庇って転落してしまった。

(澪音さん! )
 優の呼ぶ声が聞こえるが遠くで聞こえているような…
 そんな中…

 優さん…私は大丈夫… 
 薄れゆく意識の中で澪音はそう言っていた…。



「…優さん…」
 
 澪音はゆっくりと優を見つめた。
 まだ初々し学生だった優だが見つめる視線はとても暖かくて優しかった。その目を澪音はずっと忘れる事ができず、ずっと想っていたが、あんなに若くて素敵な男性が自分なんかを相手にするわけがないと思っていた。二度目に会った時は胸が高鳴り、ずっと一緒にられたらいいなぁと思っていた。

 何も分からないまま優と再会して今日まで…胸の奥から込みあがる想いは…この人と一緒にいたいという気持ち…。
「…有難うございます。…ずっと守ってくれていて…」
 スッと澪音の頬に涙が伝った。その涙優がそっと指でぬぐった。
「僕は宇宙一の幸せ者です。澪音さんと言う素敵な女性に出会えて、澪音さんのお姉さんから有羽を託されて。…愛する人を守る事が出来た事を、最高の幸せだと思っています」
「…私もきっと同じ気持ちです。…」
 
 優はそっと澪音を抱きしめた。抱きしめた澪音はちょっと細くなったような気がする。一人で全部抱え込んでいたその荷物がやっと降りて軽くなった澪音は、とても素直な気持ちを優に向けてくれている事を嬉しく感じた。
「さっき怒っていると聞いたことは…初めての夜なのに、場を考えていなかったことを申し訳なく思っていたので聞きました」
「え? 場所? 」
「はい…。勢いの任せてしまったとはいえ、ソファーの上でしてしまった事を申し訳ないと思っていたので。きっと、怒っているだろうなと…思って…」
 
 そんなことを考えていたの? 

 澪音は優の事がとてもかわいいと思えた。確かに勢い任せだったけど…初めての場所にするには、違うかもしれない。でもそこを気にしてくれているという事は、私の事をすごく大切におもっていてくれているのだと痛感できる…。
「そんな事、全く気にしていなから安心して」
「本当ですか? 」
「…あの夜は最高の夜だったから。場所なんて気にしていないから。…私の初めてを、あなたに捧げる事が出来て幸せだと思っているから…」
「良かった…」
 ギュッと力強く抱きしめてきた優。
 ドキドキと鼓動が伝わってくるくらい強く抱く抱きしめられると、澪音は心から安心できた。
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