僕の愛した人は…

 宗田家は、駅から車で20分ほどの静かな住宅地に佇む、まるで物語の中から抜け出したような美しい洋館だった。大きな門をくぐり、玄関までの道のりは、まるで特別な儀式のように感じられる。周囲を囲む緑の木々が、優雅に揺れる花々と共に、訪れる者を温かく迎え入れてくれる。
 
「ここが…宗田家か」
 メイは心の中で呟きながら、優の隣を歩く。初めて訪れた宗田家の偉大さに圧倒されつつあるメイだったが、彼の存在が少しずつ彼女の緊張を和らげていく。

 途中で見えた庭には子供用の遊具が置いてあった。滑り台やブランコ、そして小さなお砂場遊び道具。
 綺麗な花壇もあり癒される空間も感じられる。

玄関を開けると、そこにはお洒落な空間が広がっていた。二階へ続くらせん階段が、まるで彼女を新しい世界へ誘うかのように美しく曲がっている。長い廊下を進むと、和室の扉が見え、その奥にはリビングとキッチンが広がっていた。和と洋が見事に調和したこの家は、まるで優の心のように、温かさと落ち着きを感じさせる。

「どうぞ入って下さい」
 スリッパを用意してくれた優。
「有難うございます」
 お礼を言うメイに優はそっと微笑みかけた。
「何も遠慮しないで下さい。この家の家事は全てお手伝いさんがやってくれます。さすがに僕一人では、やり切れませんからね」
 お手伝いさんがいるなんて、まるでお屋敷だ。
 さすがはあの宗田ホールディングの副社長。
 
 メイはすっかりおどろいていた。
 その時、二階の一番奥の洋間から、可愛らしい声が響いた。
「あ、パパだ!」
 小さな男の子が階段からひょっこりと顔を出してきて、嬉しそうに手を振って来た。
 
「有羽ただいま」
 優が呼ぶと有羽と呼ばれた男の子は階段を駆け下りてきて、優に飛びついてきた。
「おかえりなさいパパ」
 無邪気に笑う有羽の笑顔は小さな天使そのものだ。由貴のような白肌に綺麗なブロンドの短髪。ぱっちりした青い瞳は無邪気さが残っているが、どこかしっかりとしている。
 
 優は有羽をひょいと抱き上げ愛おしそうに頬を寄せた。
 そんな二人の光景を目にしているとメイの心は温かい感情で満たされた。優と有羽の親子の絆が、彼女の心に新たな希望を灯す。
 だが、次の言葉が彼女を驚かせた。

「パパ、このお姉ちゃん誰?」
 無邪気な目でメイを見つめる有羽。彼の問いかけは、まるで彼女の心の奥に潜む不安を一瞬で消し去るかのようだった。
「このお姉ちゃんは…有羽のママだよ」
 優の言葉は、メイの心に波紋を広げ、彼女は思わず息を呑んだ。
「え? ママ?」
 有羽の目はさらに大きくなり、驚きと喜びが交錯する。
 彼はメイをじっと見つめ、
「ママ。帰ってきてくれたの? 僕、ずっと待ってたよ」
 と言った。

 その瞬間、メイの心は一瞬で彼の世界に引き込まれた。
「…姉さん…」
 小さく呟いた彼女の目には涙が浮かんでいた。心の中で何かが変わり始めたようだが、この時のメイにはそれが何なのかは分からなかった。だが、有羽と優の存在が彼女にとって、新たな家族の形を示しているように思えた。

「ママ」
 有羽がメイに手を伸ばしてきた。彼女は素直に有羽を受け取った。
 初めて抱く子供の重さは想像していた以上に重く感じた。だが、有羽を抱きしめると小さな頃の記憶を呼び起こす。
 
 まだ幼い頃一緒にいた双子の姉…レイラ。
 今の有羽のように無邪気で人を疑わない心の綺麗な子供だったレイラは、いつも家族のために頑張っていた。
 それに引き換えメイは、体な弱くて寝込んでばかりだったのだ。

 メイは不意に疑問を感じた。
 まさか大切な預かりものってこの子の事? どう見ても、レイラの子供の様にしか思えない。でも、この子は優をパパと呼んでいる。そしてレイラと間違えている私の事をママと…。
 
 隼人と結婚生活を送っていたレイラがどうして彼と? 

 疑問を感じて混乱しているメイに有羽が
「ママ、今日は一緒に寝てくれる?  」
 と尋ねて来た。
「ママが帰ってきたら一緒に寝るって決めていたの。いい? 」
 満面の笑みで尋ねられて誰が断るのだろう…。
「いいわよ、一緒に寝ましょう」
「わ~い」
 ギュッと抱き着いてきた有羽。
 まだ小さい有羽だが、しっかり抱き着いてくる力を感じるとメイは戸惑いながらも守ってあげたいと思った。

 そんな有羽とメイを見ていた優はとりあえず安心したようだ。

 …レイラさん…今は彼女をレイラさんとして優に引き合わせる事を許して下さい。いずれ、全てが終わった時に有羽にはきちんと話します。その時まで…僕も彼女をレイラさんと呼ぶことにします。

 そう誓った優。
 
 
 隼人を脅して破滅への証拠を売りつける仕掛けをするだけだったメイだが、偶然を装って現れた優にすっかり引っ張られて宗田家へやってきてしまった。まさかの子供の出現でなし崩しの様に宗田家に転がり込むことになったメイ。

 
 しかしメイは疑問ばかり募った。
 
 隼人とレイラの間に子供はいないと聞いている。二人は一度も関係を持ったことがない。隼人の裏切りが明白になり家を飛び出してレイラはずっと一人で貧しい生活を送っていた。そんなある日、突然誘拐犯の汚名を着せられ逮捕された。
 住んでいたアパートの住人から、レイラが子供を産んだようだと情報を得ている。大きなおなかを抱えて仕事をしていたようで、臨月になり破水した時に救急車を呼んだと聞いているが実際にレイラが赤ちゃんを連れて帰って来たのを見た者は誰もいなかった。
 誘拐犯で逮捕されたレイラだが証拠も曖昧で、最終的には病院の理事長が出てきてレイラはどこにも映っていないと証言して釈放された。
 誘拐事件からもう5年。
 まるで作られたシナリオの様な誘拐事件だった。
 佳代が子供を誘拐したのはレイラだと偽の写真をでっちあげて逮捕させた。だがそれも偽造工作のようだと判明したが、うにゃむにゃにされ佳代は何事もないままだった。レイラは釈放されても放心状態だったと聞いている。
 釈放されたか言えり道で信号無視の車が突っ込んできて、レイラは引か入れて脳死した。そしてドナー登録者だったレイラの臓器は必要な人の元へ…一番大切な心臓は憎き内金隼人の母親理子へ移植されたのだ。

 レイラの死を聞いて疑問を感じたメイは日本へ帰って来た。
 そして内金家を徹底調査した。その結果…。
 
 
 
 


 
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