僕の愛した人は…

 納骨堂に連れてこられると有羽はお行儀よく手を合わせた。
「ママ、僕の事を産んでくれて有難うございます。これからは、澪音ママと一緒にパパと楽しく過ぎしてゆくから。ママは天国で楽しく過ごして下さい」

 子供らしい言葉の中にしっかりとした大人びた言葉も入っている有羽。
 なんとなく納骨堂が光とはなっているように見えた。そしてレイラが安心している笑顔が見えたような気がする。



 一ヶ月が経過した後、澪音は拘留されている隼人に面会に行った。地味なグレーのスウェットを着て、髪を短く切った隼人は、逮捕される前に比べてかなり痩せており、急激に老けたように見えた。隼人は澪音に顔を向けることができず、申し訳なさで頭を下げていた。
 

「顔を上げて下さい。内金さん」
 そう言われた澪音の声が前よりもずっと優しく聞こえた隼人はゆっくりと顔を上げて澪音を見た。

 仕切り越しに見える澪音は、現在レイラとはまったく異なる印象を与える。初対面の時よりも優しい眼差しをしており、きちんとした紺色のスーツを着こなし、かつてのボブカットだった髪は伸びて後ろで束ねられている。そして、スーツの襟元には金色のバッジが光っている。

「内金さん。あなたの弁護は私が引き受ける事にしました」
「え? …君は…弁護士だったの? 」
「はい。一度は検察官になりましたが、事故で記憶が曖昧になってから暫くして弁護士に転職しました。被告人の弁護は得意なので任せて下さい」
「…でも俺は…」
「分かっています。7年前の事故も、あなたの不注意で起こった事も。姉レイラの心臓を奪うために偽造結婚をしたことも。そして、私の両親を毒殺した事も。全てを承知の上で、あなたの弁護を引き受けます」

 隼人は信じられないほどの目で澪音を見つめていた。
「まさか…俺の罪を最も重くするために、それを引き受けるというのか?」
「いいえ、私はただ…あなたの敵を愛することに決めただけです」
「あなたの敵を愛するとは?」
「はい。あなたへの憎しみに駆られて復讐を試み、あなたに近づいて挑発してきました。しかし、その度に邪魔をする者がいました。結局、成功したと言えるものは一つもありませんでした。しかし、その過程で気づいたことがあります」

 驚きの表情を浮かべる隼人に、澪音は優しく微笑みを向けた。

「憎しみは何も生み出さないということ、そして真の敵は自分自身の中にいるということです。汝の敵を愛せよです。私は自分自身の中の憎しみを愛に変えるため、あなたを弁護し助けることに決めました。それが自分自身を救うことにも繋がると信じています」

 言っていることは理解できるが、隼人にはまだ澪音の感情を完全には理解できていなかった。しかし、なんとなく澪音を見ていると、心が落ち着き安心感を覚えた。

「…どうぞよろしくお願いします…」
そう言って隼人は頭を下げた。


 隼人には重複する罪があるため、裁判が長引く可能性が高い。多くは極刑を避けられないと見ているが、澪音は彼が生きて罪を償うことを望んでいる。



 警察病院精神科に入院していた優子は、患者同士でトラブルを起こし階段から転落して脳挫傷で亡くなった。亡くなる前は幻覚が見えて一人で暴言を吐いたり被害妄想が酷く何もしていない人に言いがかりをつけトラブルを起こしていた。転落した時も独り言のように喧嘩をしていて周りを巻き込んでいったようだ。だが亡くなった優子の表情はとても穏やかでやっと解放されたような顔をしていたようだ。

 一方、心臓発作で入院していた理子は、危篤状態が続き、約5日後に亡くなった。
 危篤状態の間、理子は「レイラさん、ごめんなさい」と何度も言っていたという。そして、亡くなる直前には、「レイラさん、あなたが隼人と結婚することを望んでいた」と微笑みながら話したそうだ。
 心臓が完全に停止し、理子の死因は心不全と診断された。


 そして佳代は…。
 複数の罪が重なる中、実は母親を殺害していたことが発覚した。父と仲が良い佳代を妬んでいた母親は佳代に虐待を繰り返していた。そんな母親に逆上して佳代は寝ている間に包丁で刺殺した。だが父親が隠ぺいして家の畳の下に遺体を埋めていた。その事が発覚して父親も逮捕された。佳代は情状酌量の余地はないと言われているため極刑になる確率が高いと言われている。


 それぞれが決着に向けて歩み始めた。

 優は内金コンサルとの契約を破棄せずに継続していた。今回の件で内金コンサルティングは倒産の危機に瀕していたが、宗田ホールディングが株式を買収し、社員をそのまま引き継ぎ、合併する形でコンサルティング部門を拡大し、吸収合併した。途方に暮れていた社員も宗田ホールディングによって救われ、安堵しているようだ。


 汝の敵を愛するという事で澪音は憎き隼人の弁護を引き受けた。
 両親を殺して姉の心臓を奪った憎き敵を救う…それがどんな形にになろうとも…全てが完璧なのかもしれないと今は思える。


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