僕の愛した人は…

 メイが返事をすると静かにドアが開いて優が入って来た。
「ごめんね、こんな遅い時間に」
 お風呂上りの優はどこか艶っぽく見えた。洗い立ての髪は乾かしてきたようだが、急いで乾かしたのかまだほんのり濡れているかのように見える。グレーのスウェット姿の優はまだ若々しい学生のようで、体つきもがっしりしていて見惚れてしまう。

「ねぇレイラさん」
 呼ばれてハッと我に返ったメイ。
「暫くの間ここにいてもらえますか? 」
 話しながらメイの隣に座ってきた優。
 メイがお風呂で使った同じボディーソープとシャンプーの匂いが漂ってきた。その香りにメイはドキッと鼓動が高鳴った。
「暫くの間って…どのくらいでしょうか? 」
「うん、そうだね。…できればずっといてもらえると助かるけどね」
「ずっと? それは無理です…」
「どうしてですか? 有羽がママが帰ってきて喜んでいるのに、また有羽の事を置いていくつもりですか? 」
「そんなこと言っていません。でも…」

 なにか断る理由を見つけなくては。レイラだと思われている以上、私が母親であることは間違いないって状況だから…。
 メイは何か断る理由がないかと探していた。

「何も気兼ねする事はありませんよ。僕は両親とは別々に暮らしていまし、僕の両親は今はアメリカに行ってもらっていますから暫く帰ってきませんから。帰国するまでには、レイラさんの事をきちんと話しておきますので」
「いえ…そうではなく…」
「有羽の事、嫌いなのですか? 」
「そんなわけないじゃないですか! 」
「じゃあ、何故無理だというのですか? 」
「私は有羽君と一緒にいてな行けないと思います」
「どうしてですか? 」
「私は…誘拐犯ですから…」
 
 そう。レイラは誘拐犯だった、たとえ冤罪だったとしても一度汚名を着せられた人を世間は白い目で見続けているのだから。そう…そうよ! 
 メイは自分を納得させた。

 だが…。
 そっと、メイの手に優の手が重なった…。
「何を言うのですか? 冤罪だったじゃないですか」
「それでも…」
 ギュッと重なった手を握りしめてきた優。
「何故避けるのですか? 有羽の事を避けなくてはならない理由が、あるのですか? 」
「そんな事は…」
「じゃあここにいて下さい」
「は…はい…」

 断る事ができなくなりメイは小さく返事を返した。
 
 ここにいれば危険な事に巻き込んでしまうのに…でも今断ると逆に怪しまれるかもしれないから、とりあえずいう通りにしておこう。いずれにしても、深入りさせてはいけないのは確かだから。 

「よかった。有羽は今まで一度も「お母さんはどこにいるの」と、聞いた来たことはなかったのです」
「え? 本当ですか? 」
「はい。保育園で有羽君のお母さんは? って聞かれた事があったのですが、その時「僕のお母さんは、今は遠くに行っているの。でももうすぐ帰ってくるよ」と言っていました。僕が何も言わないのに、有羽は自分でそう判断していました。でも、有羽がそう言ってから間もなくしてレイラさんと会えたので驚いています」

 有羽君は姉さんとそっくりだ。いつも「どうして? 」「だって! 」等とわがままな事は一切言わなかった。
 ちょっとどこか冷めていて不思議なくらいだったなぁ…。

「ところで聞きたいのですが。今日はどうして内金さんと会っていたのですか? 」
「ちょっと用があったので…」
「あの人にまだ何か用があるのですか? 」
「あの人はしつこいので。それに…有羽君の事だってあるから…」
「え? 有羽のことですか? 」
「ええ。だって、有羽君は…」
「有羽は内金さんとは関係ありませんよ」

 え? だって…。有羽君は隼人と姉さんの子供じゃないの? 
 
 優はじっとメイを見つめいた。
「内金さんとは、一度も関係を持ったことはないって話してくれましたよね? 」
「あ…いや…それは…」
 
 姉さんは、どこまでこの人に話しているの? そんな詳しい事まで話している間柄なの?

 メイが動揺していると優がギュッと肩を掴んできた。

 え? な、なに? 

 掴まれた肩が痛みを感じる。どうして? 何か怒らせた? 

「どこやられたのですか? 」
「え? 」
 
 肩を掴まれながらグイっと顎を撮られたメイ。
 動揺を隠して恐る恐る優を見たメイは、見つめる優の目が何か怒っているように見えて驚いた。

「あいつにどこやられたの? 」
「ど、どこって…」
「…あいつにやられたところ、僕が浄化してあげるよ」

 はぁ? と、メイが驚くのもつかの間。唇に熱いものを感じた。
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