君しか考えられないーエリート御曹司は傷物の令嬢にあふれる愛を隠さないー

プロローグ

【十五時に社長室へ来るように】

 仕事中に受け取った、たった一文のメールを見てため息をつく。
 差し出し人は私の父で、呉服屋を営む『絢音屋(あやねや)』の社長である酒々井(しすい)寛大(かんだい)だ。

 父の会社に勤めているとはいえ、事務職に就いている私がその姿を社内で見かける機会などほとんどない。
 こんなふうに個人的に連絡を受け取るのも初めてで、なにか叱責でもされるのだろうかと不安に襲われる。
 時間が進むにつれて緊張は高まり、仕事に上手く集中できないでいた。

 当然、社長直々のメールを無視するわけにはいかない。指定された時間に間に合うように、重い腰を上げた。

 重役の執務室がそろうフロアの、一番奥にある社長室の扉の前で足を止めた。腕を持ち上げて一瞬ためらった後に、覚悟を決めてノックする。

「失礼します」

 入室の許可をもらい、うつむきがちに恐る恐る足を踏み入れる。

「ああ、来たか」

 私に対して普段は高圧的なところのある父だが、今日は機嫌がいいのか声のトーンが幾分か明るい。心配していたほど悪い話ではないのかもしれないと、ひそかにほっとした。

「ここに座りなさい」

 わずかに肩の力を抜いて顔を上げたところ、促されたソファーに座る先客の存在に気がついて身を強張らせた。

 座ったままでも高身長だとわかるその男性は、とても整った容姿をしている。
 歳は三十代前半くらいだろうか。いかにもスポーツをしていそうながっちりとした体つきと、きりっとした眉も相まって厳つい印象を受ける。
 でも今はその精悍な顔に優しげな笑みを浮かべているため、ずいぶんと柔らかな雰囲気に感じられた。

 多くの女性の視線を惹きつけるような素敵な男性だが、私は違う理由で彼から目を逸らせなかった。
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