君しか考えられないーエリート御曹司は傷物の令嬢にあふれる愛を隠さないー
「亜子。酒々井社長もこう言っていることだ。絢音屋の社長令嬢としてではなく、ただの亜子として、俺のところへ嫁いでおいで」

 私を振り返った彼が、心底うれしそうに微笑みかける。

「なっ、なにを言ってるんだ」

「それはこっちのセリフですよ、酒々井社長。亜子はあなたの所有物じゃない。とっくに成人した、ひとりの女性だ」

 打って変わって、彼は厳しい口調で父を突き放した。

「私はもう、あなたの言葉に従うつもりはありません」

 晴臣さんに守られているだけではいけない。勇気を振りしぼって立ち上がり、父にきっぱりとそう告げた。

 私が本気で逆らうなど、父はまったく予想していなかったのだろう。この人が晴臣さんの忠告を無視してきたのも、そんな思い込みがあったからに違いない。

「これまで育ててやった恩を忘れたのか」

 父の怒りの矛先が、再び私に向けられる。
 けれど、不思議と怖いとは感じなかった。

「言われた通り、私は三崎晴臣さんとの縁談をお受けしました。それだけではありませんが、恩返しはもう十分にしてきたはずです」

 そう言いながら、わずかな物音を拾ってチラリと父の背後を見る。興奮しきっている父は、その気配にまったく気づいていないようだ。

「馬鹿なことを言うな。いったいお前にいくら金を使ってきたかわかっているのか? お前は酒々井家の娘として嫁いで、三崎の跡継ぎを産め。そうして子どもを使って三崎を乗っ取るんだ」

 父のありえない発言に眉をひそめる。
 婚約を結んだ頃から、父は私を呼びだしてそんな妄想を繰り返し聞かせてきた。ただ大抵が酔っぱらっていたときの言葉だったため、単なる妄言だろうと聞き流していた。
 それがまさか、本人の前で本気で言うとは思わなかった。 
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