君しか考えられないーエリート御曹司は傷物の令嬢にあふれる愛を隠さないー
「どうしよう……」

「あの」

 そのとき、背後から男性に声をかけられてギクリと動きを止めた。
 そろっと振り返って目にした人物に、全身がますます強張る。

「よかった。思った通り、あずきちゃんの飼い主さんだ」

「ネロちゃんの……」

 彼と顔を合せるのは、こめかみの傷跡見られて逃げ出した以来、数カ月ぶりになる。
 瞬時にあの日の出来事がよみがえり、心が恐怖に支配される。無意識のうちに、一歩後ろに身を引いた。

「早く獣医に診せた方がいいんじゃないか?」

 私の反応に気づいたのか、三崎さんはそれ以上近づこうとはしない。
 彼の視線が私の手の中にいる子猫に注がれているのに気づき、ようやく我に返った。

「そ、そうなんですけど、その」

「この近くに車を止めてあるんだ。俺が乗せていくから、ついてきてほしい」

「いえ、大丈夫なので」

「その子を助けたいのは俺も同じなんだ。俺が連れて行った方が早い」

 私を見つめる彼のまっすぐな視線に、尻込みしている場合じゃないと自分を鼓舞する。
 今はとにかくこの子猫のためにできることをしなければと、気を取り直して彼の後に続いた。

 三崎さんが足を止めた前には、濃いグレーのスポーツカーが停められていた。いかにも高級そうなこの車に、ドロドロに汚れた子猫を乗せていいものかと怖気つく。

「ネロだって乗せているし、汚れてもかまわない」

 その言葉を聞いて、ようやく車内に足を踏み入れた。
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