君しか考えられないーエリート御曹司は傷物の令嬢にあふれる愛を隠さないー
 膝にハンカチを敷いて、その上に子猫を置いて汚れを拭いてやる。思ったほど綺麗にはならなかったが、どうやらぶち模様をしているらしいとわかってきた。
 小さな体を包み込むようにしながら背をなでていると、そのうち子猫は寝入ってしまった。
 その穏やかな姿に安堵すると同時に、冷静さを取り戻す。そういえば彼は仕事中だったのではないかと思い至り、にわかに慌てた。

「お時間は大丈夫でした? 仕事だったんじゃないですか?」

「用を終えて帰るところだったからかまわない。それより、あの場で会えて本当によかった。放っておいたら、その子はどうなっていたことか」

 きっと私だけでは、あの場でおろおろしていただけだろう。 
 

「その」

 ここまで私をリードしていた三崎さんが、きまり悪そうに切り出した。
 どうしたのかと隣をうかがうと、彼の眉はすっかり下がっていた。

「先日は、本当にすまなかったと思っている。俺の反応で、気を悪くしたんじゃないか?」

 動物病院で私の傷を見たときの話しだと気づいて、ドクリと鼓動が跳ねる。
 私からどう返せばいいのかわからず、顔をうつむかせた。
 車内は気まずい沈黙に包まれて、ジワリと手が汗ばんでくる。

「……勘違いしないでほしいんだ。君のこめかみの傷跡を見て、どうしてケガをしたのかとか、痛みも大きかっただろうと心配になってつい反応してしまった。決して見た目をどうこう思ったわけではないんだ。でもそれで不快な思いをさせていたら、すまない」

 訴えるように少し早口で三崎さんが言う。

 まさか彼がそんなふうに考えていたなんて気づかなかった。
 その真摯な謝罪に肩の力が抜けていく。こんなふうに私を気遣ってくれる人もいるのだと知って、なんだかほっとした。

「気持ちは十分伝わったので、もう気にしないでください。その、私も過剰に反応してすみませんでした」

「あなたが謝る必要はないから」

 抱えていた蟠りが解けて、ふたりを取り巻く空気が徐々に軽くなる。
 それからしばらくして、いつも世話になっている石黒動物病院に到着した。
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