君しか考えられないーエリート御曹司は傷物の令嬢にあふれる愛を隠さないー
 それから彼は、私を押し切って支払いを済ませてしまった。

「ついでだから、自宅まで送っていくよ」

「いいえ。さすがにそこまで甘えられませんから」

「遠慮しないで。それに帰るまでの間に、亜子さんにはこの子の名前を考えてもらうつもりだから」

 断りづらい課題をもらい、彼の厚意を受け入れることにした。

 子猫は車に乗せてあったネロのケースに入れて、助手席に座る私の膝上に抱えた。
 メッシュの窓越しに見つめながら、どんな名前が似合うだろうかと想像する。
 ピンクの鼻を見ていると〝さくら〟という名前が浮かぶ。でも、なんだかしっくりこなくて〝こむぎ〟〝はな〟と、思いつくまま心の中で連想した。

「つくし?」

 オレンジがかった茶色の模様を見ながらふと口にした名前に、子猫が顔を上げた。

「かわいい名前だな」

 彼の後押しに自信を得て、もう一度子猫を呼ぶ。

「つくし」

 つぶらな瞳が、私をじっと見つめ返してくる。

「どうかな。気に入ってくれた?」

 ケースのドアを小さく開けて指を差し出すと、子猫は匂いを嗅いだ後に顔を擦りつけてきた。
 赤信号で停止していた三崎さんも、その様子を見て顔をほころばせる。

「つくしに決まりだな」

 気づけば自宅の近くまで来ていた。
 家から少し離れた場所で、車を止めてもらう。それから、あらためて彼に向き直った。

「ご迷惑をおかけしますが、つくしをよろしくお願いします」

 弱った子猫の世話はかなり手間だろう。シッターを雇えば費用も掛かる。その上さらにネロとの関係にも配慮する必要があり、彼の負担は相当大きくなる。

「つくしは責任をもって俺が面倒を見るから、安心して任せてほしい」

 頼もしい言葉にひとつうなずき、車を降りる。そうして後ろ髪を引かれる思いで、走り去る車を見送った。
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